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第70話 side キョウコ その3

 プンスコの頭部は鼻から上下に真っ二つとなり、鮮血が噴出した……とはならなかった。

 

 真っ二つになる替わりに大剣の分厚い腹で後頭部を殴りつけられたプンスコは、勢いのあまり体ごと大通りを滑ることになった。

 金属の鎧と石畳がこすれあう音があたりに響き渡る。


 無表情だった恭子もさすがに顔をしかめた。


「プンスコ様がやられた!

 兵士の我々よりもちょっと腕が立つからっていつも威張ってる、親バカの貴族様のコネで城下警備部隊の隊長に任命された、プンスコ隊長が。

 相手の力量も測れず自分の力を過信して返り討ちにあったボンボンの隊長が!」


 彼の部下から追加の説明が必要無いくらいに的確な説明が入った。

 やはり部下からの評判は今一つのようだ。


 目障りなゴミを排除した恭子は、お前たちも私の邪魔をするの? と目線で兵士達に問いかける。


「くそっ、おいみんな、さすがにイキプンのヤツがやられたからってぼさっと突っ立っているわけにはいかんぞ。

 俺達は王都を守る警備部隊。上司は嫌いだが住民の皆さんは大好きだ」


 イキプンとはイキったプンスコの略だ。

 普段から酒場やらなんやらで愚痴を吐くときは周囲にばれないようにこのあだ名で呼んでいるのだ。


 あだ名を公衆の面前で使うのはさて置き、私情と任務とは分けて考えられるの兵士として当然の能力だ。


 兵士達が恭子を取り囲もうと決意したその時……。


「ぐうっ、よくもやりやがったな」


 再起不能だと思われたプンスコが起き上がって来た。


「ぷ、プンスコ隊長ご無事でしたか!」


 先ほどの台詞を聞かれていたのかいないのか、気が気ではない兵士代表。


「当たり前だ。今のは少し足を滑らせただけだ。

 そうでなければ貴族の俺様がこんな小娘に遅れをとるわけなどない」


 後頭部をしきりに気にするプンスコ。

 彼も何が起こったのかは理解できていない。

 ただすっ転んで、やたらと滑ってしまった。

 そういうことにした。

 そしてなぜか後頭部が痛いという状況に……これも転んだ時に打ったのだという事にした。


「さすがに潰れたトマトを見るのは嫌なので手加減をしたんですが……私の僅かばかりの情けも通じなかったようですね」


 王都の中で食事をしようと考えていた恭子。

 王都への道中に食事をとるのは控えていたため、まだ朝食を食べていないのだ。


 プンスコへの情けの理由は、せっかくの王都料理の前に自主規制が必要なものを見て食欲が落ちるのを嫌った節もある。


「減らず口を。貴様などこの俺様の敵ではない。

 この貧乏くさい剣を使ったせいで足を滑らせたが、この宝剣の前ではそんなことも起こるまい」


 わざわざ部下から借りた剣を放り投げるプンスコ。

 そして自身の腰から家宝の宝剣を抜いた。

 

 柄の装飾からも想像できたが、剣身には鎧と同様に細かな装飾が施されている。

 どう見ても儀礼用であり実戦で使うような剣ではない。


「もういいですか?

 あなたの相手をしている時間が無駄でたまりません」


 朝食の事を考えたらおなかがすいてきた。

 早々に切り上げて朝食にしようと恭子は企んでいる。


「小生意気なガキが!

 その下民が好きそうなデザインの大剣ごと叩き切ってくれるわ!」


 力の差をまざまざと見せ付けられたはずのプンスコはそれをなかったことにして、己の力量を省みず恭子に向かっていく。


 恭子は辟易とした様子で軽くため息をついた。


「バカにも分かるように力の差を示すのって難しいのよね」


 今度は恭子も構えを取る。

 腰をかがめ、体勢を低くし、その大きな剣(グガランナ)を体の左側に構える。

 片手ではなく両手で柄を持った恭子に向かってプンスコが突進してくる。


 飽きもせず上段からの袈裟切りを狙うプンスコ。

 大振りの一撃に対して恭子も大きく踏み込む。

 後ろで束ねた恭子の黒髪が棚引く。


 がら空きのプンスコの懐に入り込んだ恭子は手に構えた大剣の柄でプンスコの腹を突き上げた。

 金属にしては聞きなれないような打撃音がしたかと思うと、プンスコの体はまるでサーカスを見ているかのように、宙を舞い、恭子の頭上を越えて後方へと落下した。


 丁度兵士達の前方に落下したものの、当人の信頼の無さから誰もプンスコに駆け寄って助けようとはしない。

 むしろ巻き添えを恐れて距離を取っている。


 腹にキツイ一撃をもらったため(むせ)こんでいるプンスコ。

 いかな金属の鎧を身に纏っていてもその衝撃を殺すことは出来なかった。


 そんなプンスコの前にゆっくりと近づく恭子。

 そして冷ややかな目線で眼下のプンスコを見下ろした。


「そろそろ先に進みたいの。

 この大切断で真っ二つになるといいわ」


 恭子は大剣を頭上に掲げる。

 右手だけで身の丈ほどもある大きな剣を持ち上げる様はとても16歳の少女とは思えない。


「げほっ、げほっ、大切断だと……。ハッタリだ。

 それは勇者のみが使えるという伝説の技。

 お前のような小娘が使えるわけがない」


「だからさっきから言っていますよね。

 (わたくし)の名前はキョウコ=キリハラ。

 クレスタ帝国の勇者で、職業は勇者専用職のバスターブレイダーです、と」


 言い終わらないうちに恭子は頭上の大剣を振り下ろした。

 

 轟音と共に、石造りの大通りに大きな裂け目が出来た。

 まるでクレバスのようなそれは、底を覗き通すことが出来ないくらいに暗く吸い込まれそうになる程だ。


 プンスコは自らのすぐ横に生じた地割れを目の当たりにし、言葉もなくぺたりと座り込んでその場から動くことが出来なかった。


「あわあわあわ、こ、これは報告に行かなければ。

 プンスコ様、殿(しんがり)の役目まことにありがとうございます。

 お教えいただいた通りに、速やかに状況をホウレンソウしてきます!」


 想像しえない状況に慌てふためいていた兵士達だったが、我に返ると自分の役目を果たすために行動を開始する。


「ちょっと待て、おい、お前達!」


 プンスコを除いた兵士達は殿(しんがり)をプンスコに任せ、一目散に去っていった。


 状況の伝達も大切な役目だ。

 いかに迫りくる脅威から王都を守るのか。


 現在の状況から現場の判断だけでは対処しきれないと考えた彼らは、最低限の足止めを残して速やかに役目を果たすことを選択した。


「ぐぬうううう!」

 

 上級貴族の俺を置いて逃げるんじゃない。

 その思いは言葉にはならなかった。

 兵士達の後姿を目の当たりにしたプンスコの頭の中にはボーナスをカットしてやるという怨念が渦巻いていた。


「あなたはどうされますか?」


「へっ?」


 振り向くとそこにはすました表情で剣の切っ先を向けている恭子の姿があった。

 見慣れない服装に額に赤いハチマキをしている黒髪の少女。


 その姿はまるで悪魔を見ているかのようにプンスコの目には映った。


 先ほどまでのボーナス云々はもはや霧散し、恐怖が彼の心を支配する。

 その表情は今までの自信に満ち溢れたものとは程遠く、生も根も尽きた病人のように今にも崩れ落ちそうなほど儚げだ。


「あ、そうでした。

 伝え忘れていましたけど(わたくし)、この国の勇者に会いに来たのです。

 偉い方にそう伝えてください。

 伝えるのが嫌なのであればここで死んでもらいますけど」


 切っ先をコンッっと軽く金色の鎧に当てたかと思うと、鎧に大きな切れ目が入り……役目を果たせなくなったそれはプンスコの体から脱げ落ちた。


「は、はい!

 謹んでそのお言葉伝えさせていただきます!

 そ、それではー」


 プンスコも脱兎のごとくその場を逃げ出していった。

 ご自慢の剣と、もはや用をなさないガラクタの鎧とをその場に置き去りにして。


「はぁ、勇者はどこにいるんでしょうか……」


 恭子はそう呟くと、自らが割った大地の裂け目の横をまっすぐ進んでいくのであった。


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