第7話 こうして魔法障壁管理者になったのだ
ごごごごご、という音と共に重厚な扉が開いていく。
とうとう王様に謁見か。
お、お、落ち着け俺。
中の様子はというと、人、人、人。
王様に謁見する部屋なのでそれなりに広いはずなんだが、その中は整然とはしているが隙間なく人が敷き詰められている。
主に武器を持った兵士のようだけど、急に襲ってこないよね?
その人の塊は、中央を空けて左右に分かれている。
まるでモーセが海を割ったかのようだ。
俺は文系なので歴史には詳しかったんだけど、それももう20年ほど前。
すっかり忘れてしまった。
人が中央で別れているため、入口から玉座と思われる立派な椅子がよく見える。
玉座までは赤いじゅうたんが敷かれており、謁見する者、つまり俺はこの上を歩くのだろう。
「勇者をお連れしました」
案内ちゃんが発言すると、軽快なラッパの音が響き渡る。
「さあ勇者よ、ここからはお一人でお進みください」
え、一人でこの中を進めっていうの?
ちょっと待って、心の準備が。
案内ちゃんに目で訴えたが、進むよう無言で促される。
わかりました、行きます。
これ以上カッコ悪い所を案内ちゃんに見せられない。
玉座の間に足を踏み入れる。
手と足が一緒に前に出ていないだろうか。
まっすぐ歩いているつもりだが、ふらふらと歩いていないだろうか。
緊張してよくわからん。
ラッパの音とかもう頭に入ってきてないし。
脚がガクガクしながらも玉座の前まで歩ききる。
やった、なんとかやったぞ。
おれは達成感を噛みしめる。
「王様のおなーりー」
誰かの声と共に、周囲の人間が一斉に跪く。
え、え、ちょっと。
俺もあわてて跪く。
そういう作法があるなら先に教えておいてもらわないと。
異世界転生初心者なんだからね、こっちは。
カツカツカツと床と靴が擦れる音が聞こえる。
そして、玉座の間の向かって右の通路から、王様と王妃様が現れる。
そのまま王様は玉座に腰を下ろす。
頭に王冠をかぶって白髭を蓄えた王様。
年は50代くらいかな。
背は高くなく、贅沢三昧なのか太り気味のようだ。
これは心の中で言ってることなので、セーフだ。
王妃様は美人。文句の付け所もないくらい美人。
それに王様にくらべて圧倒的に若い。20代後半から30代前半かな。
頭にはターバンを大きくしたようなふわっとした帽子をかぶっている。
薄い水色のような、それでいて透き通った髪の毛。
腰のあたりまで伸ばした綺麗な髪の毛だ。
白い肌に映える薄青色の口紅が圧倒的な高貴さで俺に襲い掛かってくる。
ゆったりとした感じの体のラインは分かりにくいドレスを着ているけど、大きな胸が俺の目をくぎ付けにする……って、いかんいかん。
そんな失礼な目で見てはだめだ。申し訳ございません!
王妃様は……王様と一緒に玉座には座らず、出てきた通路近くに陣取っている。
あれ? 王妃様じゃないのかな?
確かにお二人には年齢差が結構あるけど、後妻という可能性もある。
「面を上げよ」
王様の一声。
ああ、すいません、下げてませんでした。
さっきからずっと顔を上げたままガン見してました。
ふぅ。
跪いていたらちょっと落ち着いてきた。
冷静になって、失礼の無いようにしないと。
国家元首だからな。即首跳ねがあるかもしれないし……、
「勇者よ、此度はよくぞこの国に転生してくれた。まずは王として礼を言おう」
王様が語りだした。
もしかして、異世界転生者=勇者っていう図式なのか?
「この国、ファルナジーンは歴史は古く由緒正しい国であるが、過去には他の大国や魔族達から狙われ、紙一重の平和の上を歩いてきた」
ふーむ。過去にはってことは、現在は平和ってことかな?
裁判官のじいさんも言ってたけど、魔族には結構ひどい目に合わされたんだろうな。
「貴君のことはアマンダ殿より聞いておる。異世界転生した勇者であると」
おお、アマンダさん、王様に話を通せるなんてやっぱり有力者だったのね。
「アマンダ殿によると、勇者は強大な力を持ち、悪を打ち滅ぼすことができるのだと。
それがお前だ、勇者よ」
勇者勇者って、おれはヒロっていう名前があるんだが。
せめて勇者ヒロよ、って言って欲しいな。
「アマンダ殿はそう言っておったが、鵜呑みにするのは良くないので、わが国の精鋭魔術士たちに調べさせた」
ん? 王様、案外心配性?
美人の言うことは信じようよ。
俺だったらアマンダさんのような美人に声をかけられただけでもいいなりになってしまうものを。
ああでも、王妃様みたいな美人といつも一緒にいたら美人耐性が出来てるのかな。
それはそれで羨ましい。
「そこからは私がお話しましょう」
おっと、その王妃様だ。
綺麗な声。美人は何をやっても美しくて良いな。
「古文書によると数百年前に我が国にも勇者が転生した記録が残っていました。
当時、魔族により滅亡寸前だった我が国に現れ、魔族を打倒し平和を取り戻したとのことです」
待って待って、なんか話が怪しくなってきたぞ。
「あの……」
俺にはそんな力は無いぞ。やばい。
「ああ、申し遅れました。私はエンリと申します。この国の魔術士達の長です」
ふむふむ、魔術士の長、エンリさんね。
王妃様じゃなかったんだ。こんなに美しいのに。
って、ちがーう!!
そういうことを聞きたかったんじゃないんだ。
「いや、その、お話の途中で申し訳ないのですが、俺にそんな力はありません。
期待させて申し訳ないのですが、俺は普通の人間です」
「おい、エンリよ。大丈夫なのか?
余もそう思っていたところなんだが。
だって、見た目、痛い恰好したオッサンだぞ?」
ちょっと、王様、本当のことだけどひどくない?
もうちょっとオブラートに包むとかさ。
「ご安心ください王よ。年齢のことはさて置き」
さて置くのか……。
「この古文書によると、当時の勇者も転生したすぐには強大な力を使うことができなかったようです。しかしながらその潜在能力を露にすることで、力を解放したとあります」
「ふーむ」
髭をいじっている王様。まだ疑っているようだ。
「今日はこの場でその儀式を行う準備をしております。
勇者の威光を広めるにはまたとない機会となるでしょう」
んー、もしかして俺が気づいていないだけで、実は凄い力が眠ってるのか?
だんだんそんな気がしてきたぞ。
諦めていた異世界チートハーレムの夢が現実になるのでは?
そんな流れで、儀式の準備が始まった。
儀式の準備と言っても、俺の目の前に台座に置かれた丸い水晶玉のようなものが設置されただけだ。
「エンリよ、それでどんな儀式になるのだ?」
まだ髭をいじっている王様。
暇そうだな。臣下の前でそういう様子を見せても良いものなんだろうか。
「はい。勇者にはこの水晶玉に触れてもらいます。
水晶玉が勇者の潜在能力を読み取り、光を放つと古文書には書かれています」
「ふーむ」
「神の武器を操り、どんなものでも両断することのできる、バスターブレイダーなら赤色に。
古今東西のあらゆる魔法を操り、時空さえも歪めると言われている、スペルマスターなら緑色に」
「ほうほう。他には?」
王様の目の色が変わった。
興味を示してるみたいだ。
「神の寵愛を一身に受け、指先一つでアンデッドを浄化することができ、果ては死者を蘇らせることができるという聖女、ハイプリエステスなら青色に。
空を飛び地を駆け、その気配を誰にも察知されることのない孤高の暗殺者であるマスターニンシャーなら黄色に。
強大な生物である竜を使役し、己も竜のように強靭な肉体を持つグランドドラグーンであれば黒色に」
ほほー、なんかすごいな!
俺はいったいどんな職の勇者なんだろうか。
「というように、光によって勇者の適性を判断するのがこの儀式となります」
「なるほど、よくわかった。早くやって見せよ」
王のテンションがアゲアゲだ。
いや、わかる。わかるよ王様!
年をとっても心は少年だよね。俺もそうだ。
今の話を聞いてわくわくしている。
きっと期待に応えてみせるぜ!
「わかりました。それでは勇者よこちらに」
エンリさんが屈んだままの俺の前にきて、手を差し出す。
これは手を取って立ち上がれってことだよな。
いいよね。あとでセクハラだとか言われないよね?
俺は念のためにエンリさんの顔を見上げる。
ニコリと微笑み返してくれた。
OKの合図だ!
俺は差し出されたエンリさんの手を取った。
なんか柔らかい。女性の手って柔らかい。
35になるまでそんな経験無かったんだからね!!
おっと、これ以上は怪しまれるので、立ち上がらねば。
すっと立ち上がる。
名残惜しいが手は放そう。
俺は背は高いので、今度はエンリさんを見下ろす形になる。
さあ、水晶玉に、と目で合図された。
水晶玉の前に立つ俺。
目の前には王様。一段高い玉座から俺を見下ろしている。
後ろにはエンリさん。
さてドキドキしてきたぞ。
ゆっくりと手を伸ばす。
いったいどんな力が目覚めるんだ?
そしてそっと両手で水晶玉に触れた。
ん、なんにも光らないぞ?
と思った瞬間、まばゆい光が玉座の間中を覆ったのだ。
まぶしい、目を開けてられないぞ。
色は、色はなんだ。
赤か、青か、黄色か?
そして、その光が落ち着き、ようやく色を確認できるようになった。
その色とは……。
「なんじゃその色は?
黄色、ではないようだが。どうなんじゃエンリ」
そうだ、王様の言う通り、これは……黄土色。
水晶玉は黄土色の光を湛えている。
これ、黄色判定してマスターニンシャーでいいの?
「お、お待ちください。
古文書には先ほどの職業以外についての記載もあります」
ぱらぱらと古文書のページをめくるエンリさん。
「赤、青、黄、緑、黒、白、ええと……その他の色は……。別冊で解説……」
その他の色って、それに別冊って……。
なんか悪い予感がしてきた。
「ハイネ、急いで別冊を」
エンリさんが傍に控えていた魔術士に指示をだす。
ハイネと呼ばれた女魔術士は慌ただしく奥の通路に消えていった。
・
・
「エンリ様、こちらです」
少したって、別冊を持ち帰ってきた魔術士。
息が上がっている。相当走ったのだろう。
「その他の色、その他の色……」
別冊のページをめくるエンリさん。
そのペースは速いけど、ちゃんと読めているのだろうか。
「あ、ありましたね。ええと、黄土色は……」
「黄土色は?」
待ちくたびれた王様がオウム返しする。
「ファイアウォールエレメンタラー、ですね」
何それ、かっこいい。
当たり? 当たりだよね?
「ほほう。つまりどういうことだ?」
「はい。ファイアウォールエレメンタラーは、いわゆる魔法障壁管理者です。
先ほど上げた勇者専用職とは異なり、現在それなりに人数のいる一般の職業となります」
ま、魔法障壁管理者!?
それも、結構人数のいる一般職だって?
おれ勇者じゃないの? チートは、ハーレムは?
「なんだ。がっかりだ。アマンダ殿が言うからどんなものかと期待してみれば」
いや、俺最初からそう言いましたよね。特別な能力なんか無いって。
勝手にテンション上げて勝手に下げただけですからね。
そりゃあ俺も期待しましたよ?
夢見てもいいじゃないですか。
「王よ、一般職であったとしても彼は曲がりなりにも勇者です。
それ相応の身分を与えるのが良いかと」
お、一応は勇者判定してくれるんだ。
「ふーん。そのへんはお前に任せる。わしはもう戻る」
そう言って、王様は玉座を降り、元来た通路へと消えていった。
部屋の中がざわついている。
これから一体どうなるんだ。
「さて勇者よ。
王から処遇を一任されたので、申し渡します。
勇者オオサカ=ヒロをファルナジーン魔法障壁管理部で魔法障壁管理者の職に命じます」
またざわついている。
魔法障壁管理部ってどこの部署だ、とか聞こえる。
「どうしました勇者よ。この話受けませんか?」
魔法障壁管理部がどんなところか知らないが、右も左もわからない世界で定職に着けるのはありがたい。
魔王を倒せるような勇者じゃなかったけど、これはこれでありなんじゃないかな。
「いえ、身に余る光栄です。謹んでお受けいたします」
俺はエンリさんの前に跪き、エンリさんの手を取り、その手の甲に口づけをした。
だいたいこんな感じだろ、任命の儀式っていうの。
映画とかで見たことあるよ。
「おい、あのオッサン、エンリ様の手の甲に口づけしたぞ! 許せん!」
え、後ろから怒号が聞こえるんですが。
あの、エンリさん、間違ってました?
顔を上げてエンリさんに確認する。
ん、なんか、顔が真っ赤だ。もしかして、やっちまった?
「お、おほん。それではこれで儀式は終了します。
追って勇者には身分証をお渡しします。それでは」
そういうとエンリさんはそそくさと去っていった。
ぽつんとその場に残された俺。
後ろから男性兵士の憎しみが刺さる刺さる。
いやさ、そりゃね、人間なんだから間違うこともあるよ。
やましい気持ちは無かったっていったら嘘になるけど。
怖くて振り向くことはできなかったが、その後、兵士達は上官の指示により玉座の間を退室していった。
そう。
そんなこんなで俺はこのお城の魔法障壁管理者になったのだ。