第68話 side XXXX その1
本話から何話分かは、とあるキャラのサイドストーリーとなります。
ファルナジーン王国。
大陸東部に位置するこの国は、ジーン1世による建国から約160年の歴史を持つ王政の国家である。
このファルナジーン王国は王都ファルナジーンと3つの中核都市、それに多数の農村で構成されており、王都ファルナジーンには約5万人、3つの中核都市と多数の農村には約15万人、合わせて約20万人もの人々が生活している。
王都ファルナジーンの周辺は精霊の祝福を受け肥沃な土地が広がっている。
しかしその祝福された土地から一歩外れれば、そこには乾燥した荒野が広がる。
だが、世界中がすべて荒野であるというわけではない。
精霊は各地に点在し、その地を自らの魔法力で活性化させており、それによって緑豊かな山や森などが存在しているのだ。
古くからこの世界の人々は精霊の生み出すマナを恩恵として享受し、恩恵を与えてくれる精霊と共に生きるために魔法障壁を創り、それに囲まれた内側を街としてその土地で生活してきたのだ。
そして舞台は王都ファルナジーンに移る。
王都の周囲にそびえたつ石造りの壁。
その高さは20mにもなり、尖塔、いやビル5階分もの高さがある。
間近で見上げると圧倒的な威圧感を放つそれはファルナジーン王国が誇る魔法障壁。
もちろんただの石造りの壁ではない。
石造りの壁を基礎として、マナで形作られた鉄壁の壁。
雄々しくそびえ立つそれは流星のように降り注ぐ魔法や矢を防ぎ、万の軍勢の侵攻をも防ぐ防衛の要。
その見た目から『壁』と表現されることが多いが、目で見えない不可視部分の魔法障壁は街全体をドーム状に覆っており、空からの強襲も無意味である。
そんな無敵の魔法障壁の下。
一人の女性がそびえ立つそれを見上げている。
「これはなかなかの物ですね。
帝国の首都の城壁も荘厳ですけど、ここはここでまた違った凄みを感じる……」
圧倒的な存在感に女性は感嘆の声を漏らす。
この大陸で帝国と言えばクレスタ帝国の事だ。
かの軍事大国であればこの城壁と並ぶほどの城壁が存在しているだろう。
「これは……イルミネーションですか。
帝国では考えられないことですが、中々オシャレですね」
見上げた城壁が遠くの方から徐々に淡い光に包まれていく様子を見て、女性はひとりごちた。
「お嬢ちゃん、列を乱さないでくれよ」
後ろに並ぶ男が壁を見上げている女性を注意する。
「ええ、分かっています」
その女性はボロボロになったフードを深くかぶると、列に戻って行った。
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ここは王都ファルナジーンの城門。
王都に入ることを希望する人はここでチェックを受けることになる。
王都ともなるとその希望者は膨大な数に上り、現在長蛇の列を作っているという訳だ。
丁度スレイプニル便が到着したようで、その長蛇の列にさらに人が追加された。
彼らもこれから王都に入るためにかかる時間の事を考えると、うんざりしていることだろう。
「次の人、身分証を見せて」
城門横でチェックを行っている兵士が身分証の提示を求める。
「あの、私は観光で来たので身分証は持っていないのですが」
先ほど城壁を見上げていた女性だ。
「お嬢さん一人かい? 一人で観光だなんて珍しいね。
じゃあ観光用の証明書を発行するから、出身地と名前と年齢と職業を教えて」
兵士は女性を列の脇に設置された机に案内し、必要な情報を伝えるように促す。
「出身地はクレスタ。名前は桐原恭子。16歳。職業は勇者です」
「出身地がクレスタ、名前はキョウコキリハラ、16歳」
兵士は手元の魔法機器に情報を入力していく。
魔法機器とはマナで動く機械のことだ。
必要な情報を入力すると、この魔法機器が観光用証明書を発行してくれるという訳だ。
「職業は……、もう一度言ってくれるかな」
「勇者です」
「職業は勇者、と……」
兵士がオウム返しで魔法機器に勇者と打ち込む。
「って、そんな訳があるか!
あのねお嬢ちゃん、俺は忙しいの。見てこの行列」
兵士は手振りで女性の後ろの長蛇の列を表す。
この兵士が観光用証明書の発行のために列を離れたため、全体のチェックスピードは落ちることとなり、列は長くなっていく一方だ。
「そう言われましても、私は勇者ですし」
「はいはい、じゃあもう家に帰ってね」
話の通じない人間に無駄な時間を費やしたために仕事が溜まっていくことは不毛である。
兵士は立ち上がると、座っている女性の肩に手を置き退席を促す。
「ワタシにっ、触るな!」
女性は自身の肩に置かれた兵士の手をひねり上げ……そしてまるで宙を舞うかのように兵士の体が一回転し、音と共に地面に叩きつけられた。
その動作により女性が身に纏っていたぼろ布は脱げ落ちた。
すっと立ち上がる女性。いや、少女だ。
まだあどけなさを残すその顔立ちは、自己申告の16歳相応のものである。
腰まで伸びたストレートの黒髪は、先端の方を赤色のリボンで結んでいる。
そのリボンとおそろいなのか、額には赤色のハチマキを巻いている。
それ以上に珍しいのはこの少女、恭子の服装。
この世界では見慣れないものだ。
2個2個のボタンが中央に付いた紺色の4つボタンのブレザーに、赤色と緑色のチェックのスカート。
ブレザーの下は白のカッターシャツ、そして首元には赤色のネクタイ。
黒色の革靴と紺の靴下をはいているその姿は、まぎれもない高校生。
「おいっ、なんだ!」
すぐさま異変に気付いた兵士たちがやって来て、恭子を取り囲んだ。
「何が目的だ、言え!」
「何がと言われましても、そこに伸びている方にも言いましたけど、観光です。
別にあなた方に危害を加えるつもりはありません」
武器など何も持っていないとアピールするかのように、両手を開き前に出す恭子。
「なにをしゃあしゃあと、帝国のスパイだな。ひっとらえてやる」
周囲に5人の兵士達。
それぞれが槍の先を恭子に向けている。
「人に刃物を向ける覚悟、分かっているんですか?
まあ、あなた方にそんな感情が理解出来ているのかは分かりませんが」
恭子は右手をすっと空に向かって伸ばす。
「おい、動くな。抵抗するんじゃない!」
「おいで、グガランナ」
その言葉と共に、恭子の手を伸ばした先……その宙が、空間が歪む。
まるで異空間とつながったかのように黒い歪みから、一振りの大剣が出現した。
その剣はまるで吸い込まれるかのように恭子の右手に収まる。
すると何事も無かったかのように、空間の揺らぎも消え去った。
「お、おい、なんだその剣は。お前、それをどうする気だ」
状況整理が出来てはいないだろうが、視覚から入ってくる現在の情報は兵士を怯えさせるのには十分だ。
「もちろん切るのよ。あ、手加減はしてあげますよ」
自分の身長もあろうかという巨大な剣を片手で持つ恭子。
その姿に屈強であるはずの兵士たちは一歩二歩後ずさる。
そして恭子は自身の前方の兵士に向けてその剣を振り下ろした。
空を裂く様な音が聞こえたかと思うと、辺りに轟音が響き渡り、土煙が宙を舞う……。
「な、なんなんだよ……」
一陣の風が周囲の視界を遮っていた土煙を吹き払う。
何かのすさまじい衝撃に尻もちをついている兵士。
兵士の手に持った槍は先端の刃の部分がすっぱりと切れ落ちている。
だが、兵士の目が見ていたのはその槍では無かった。
その目が捉えたのは、高くそびえ立つ無敵の城壁の一角が裂け、王都の街並みが見えている様。
恭子はただ剣を振り下ろしただけ。
その動作だけで、兵士の後方にあった城壁が轟音と共に崩れ去ったのだ。
「だから言ったじゃないですか。勇者だって」
そう言い残すと恭子は大剣を手に持ったまま、自分が今裂いて出来た王都への入り口へと歩き始めた。
ひらひらと風になびいているチェックのスカート。
束ねた髪の毛と赤いハチマキもふわりと舞っている。
その様子に、列に並んでいる人を含めた誰も一言も発することは出来ず、ただその後ろ姿を見送るだけであった。