第67話 あれが全部魔法障壁なのか!?
「こら、ファルナ、やめなさい」
そんな勘違いな事を言って後で恥ずかしい思いをするのは俺なんだからやめてっ。
「い、いえ、私はそんな……」
前方で組んだ手と手の指をもじもじと組み替えながら、また俯いてしまったエンリさん。
ほら、答えてもらわなくても分かるのに……すみませんエンリさん。
うちのファルナが下世話な事を言って申し訳ない。
「ヒロも……うんうん。
おぬしの事を好いておるようじゃぞ」
んがっ、何を言い出すんだこの自称精霊幼女は。
確かに俺はエンリさんは美人で素敵だと思ってるよ。
でもさ、それは城の男達がみんな思っている事で、本人の前で言う事じゃないよね?
「いや、俺はその……」
ふと、俺とエンリさんの目が合ってしまった。
いつもならエンリさんから視線を外すのだが、今日はそうではない。
図らずとも見つめ合う形になった。
「ちょっと、だめ、ダメです! それは間違いに違いないです!」
ベルーナがその間に割って入る。
「だって、わしそういうの分かるんじゃが」
この幼女、超感覚の持ち主かよ。
たしかに人の素振りから相手への好意があるかどうかを見分ける術があるのは分かるけど、この幼女の言ってるのはそういうのじゃない気がする。
「そんなのウソに違いないです!
じゃあヒロさんが私の事を好きかどうか教えてくださいよ」
「そうじゃな、よかろう。ぬぬぬ……」
え、なに?
やっぱり心を覗く系!?
ガードガード!
心にチャックよ!
「わかった、ヒロはべるうなの事もす、もがっ」
俺はファルナの口が開く前に手でその言葉を遮った。
「こら、人の心を読むんじゃない」
「もがーもがー」
「だめですよヒロさん、答えが聞けてません。
直接教えてくださってもいいんですよ!」
「あ、私も聞きたいな。
未婚のモテないオジサンが誰が好きなのかは気になるところっしょ」
未婚のモテないオジサン……。
確かに間違ってはいないけど……結構傷つくぞハイネ。
「お、大人をからかうんじゃない。
そう言うのは修学旅行の夜にお友達とやりなさい。
そうですよねエンリさん」
「え、ええ、そうですね。このお話はここまでにしましょう」
ええー、と若人たちは不満を漏らしているが、俺ならともかくエンリさんには強く出ることが出来ないようだ。
これが人徳、いや人間の大きさの違いってやつね……。
「さあファルナ、帰るぞ」
もうこれ以上人様に迷惑をかけることが無いよう、しっかりとファルナの体を確保する。
「はーなーせー、わしは祝福を与えるんじゃ。
マナを吐き出すんじゃ。じゃないと気持ち悪いのじゃ」
ん?
マナを吐き出す? 気持ち悪い?
「おいファルナ、それって」
「うぶっ……」
俺が言い終わらないうちにファルナがえずいた。
口をパンパンに膨らませて、何かに耐えているようだ。
「お、おいファルナ大丈夫か? 気持ち悪いのか?」
やばいぞ、これはリバースする感じだ。
えっと、どっか吐いていい場所、吐いていい場所……。
俺は目に止まった場所へとファルナを緊急輸送する。
そこは王城を囲む城壁の辺。
「うぼえええええええ」
間一髪だ。
リバース適正場所に着いた瞬間ファルナは嘔吐した。
吐き出したと言っても、どうやら胃の内容物ではないようだ。
液体なのか気体なのか、ドライアイスの気化している状態のような瘴気のような……そんなものを吐き出している。
俺はファルナの背中をさすってやる。
一体どれだけ吐き出すのか、一向にその流出は止まることが無い。
追いついてきた女性陣も心配そうに見守っている。
「うえっ、うえっ……」
どうやら流出は終わりのようだ。
しばらく吐き出し続けたものの勢いはなくなり、そして止まった。
俺は引き続きファルナの背中を撫で続ける。
これだけリバースしたのだ、かなり辛いに違いない。
「うぼえええええええええ」
そして続きが始まった……。
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しばらくしてようやくファルナの嘔吐は終焉を迎えた。
「いやあ、すまんかったのじゃ。
まさか口からマナが逆流するとは思わなんだわ」
すっきりした笑顔でそう語るファルナ。
あの瘴気みたいなのがマナだったんだ。
祝福と称してあれを口移しで送り込まれていたなんて。
健康に害は無いんだろうな……心配。
「久しぶりに実体化したからかのう、なんかマナの調子が悪いのじゃよ。
こう、吐き出すくらいに内から込み上げて来るような。
封印される前はそんな事なかったんじゃがのう」
腕を組んで首をかしげるファルナ。
「あの、ファルナ様、それってマナを大量に作りすぎているのでは?
何十年も大量に作っていたので、その感覚が元に戻らないのかもしれません」
「そうじゃのう。封印前と同じつもりなんじゃが……。うえっ……」
「お、おいファルナ?」
ファルナがえずき始めたぞ。
思った以上に症状は深刻なのか?
「大丈夫じゃ。魔法障壁に循環させる」
そう言うとファルナはごつごつした石の城壁に手で触れ、そしてそれに口づけした。
「ああーっ! ファルナだめ、ばっちいからやめなさい!」
城壁に口を付けるとか雑菌が入ってきたらどうするんだ。
何でもかんでも誰にでも口づけするのはよしなさい!
いや待てよ?
精霊は……菌とかウイルスとか効かないのか?
などと思っていると、城壁が、いや魔法障壁が淡い光を帯びていく。
「なるほどのう。それが原因じゃったか」
自分の背の何倍の高さもある城壁を見上げながらつぶやくファルナ。
意味深にスカートと髪の毛がひらひらとはためいている。
「原因って?」
「わしが封印されている間に大部分の魔法障壁が使用不能になっておる。
大方、封印を施した事によりマナの流れが変わったせいで魔法障壁として管理できなくなった部分を破棄したのじゃろう」
「今の魔法障壁は全盛期の魔法障壁じゃないってこと?」
「そのとおりじゃ。
今動いているのは全盛期の半分程度にすぎん。
故にわしのマナが溢れてしまうというわけじゃな」
「それって、なんとかなるのか?」
「無論じゃ。ただマナが流れていないだけじゃ。
そこにわしから溢れ出すマナを無理やり注ぎ込めばよい。
こんなふうにな」
ファルナは魔法障壁に口を付けると目一杯口を膨らませて、そして自分の内からあふれ出すと言うマナを勢いよく魔法障壁に吹き込んだ。
長い長い祝福。
俺達の中でも一番長かったであろうエンリさんの時間をゆうに超えて長い祝福。
それだけファルナの中にマナが溜まっていたのだろう。
「ヒロさん、あれを見てください!」
ベルーナが指差す先、そこはこの王城から見下ろせる城下。
その城下をぐるり取り囲んでいる城壁が、王城に近い部分から順に淡い光を帯びていく。
「まさかあの城壁、ただの石壁だと思ってたあれが全部魔法障壁なのか!?」
「そのとおりじゃ。
このファルナがあやつと創り上げた魔法障壁のすべてなのじゃ!」
祝福を終えたファルナは両手両足を大きく大の字に広げてドヤ顔をしている。
その大きさを表現しているんだろう。
なんだかほほえましい。
「建国王ジーン1世の事ですね。
大精霊ファルナと協力しこの地に魔法障壁を築き、そしてファルナジーン王国を建国したと伝えられています」
おお、さすがは魔術士長のエンリさん。博識だ。
「ふふふ、あやつは嫌なヤツじゃった。まあ嫌いではなかったがの」
本当に精霊なんだなファルナは……。
なんか遠くに行ってしまった気がするぜ。
「そこに惚けて立っておるヒロもあやつと同じ感じがするのじゃ。
まあ、あやつとは雲泥の差なんじゃがな」
「えっ、おれが同じ?」
――どぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ
俺の言葉は直後に起こった巨大な爆発音か崩壊音かにかき消された。
「エンリ様、あそこです!」
ハイネが指さすそこはファルナジーンの街の入り口。
外敵の侵入を防ぐ城門がある場所だ。
そこからもくもくと土煙が上がっている。
ここからじゃ遠すぎて何があったのかを見て取ることは出来ない。
「ぐ、ぐうっ、ぅぅぅぅぅぅ……。
魔法障壁が……わしの魔法障壁が破壊された……」
悲痛な表情を浮かべ、ファルナがそう呟いた。
ドタバタの展開も一区切り。
次からはサイドストーリーとなります。




