第61話 コップでも間接はできるんです
勤務時間開始前のこんな時間にこの魔法障壁管理部を訪れる人物ななど一人しかいない。
顔は幼女の両手で固定されているので、かろうじて動く視線だけをそちらに向ける俺。
視界に入ったのは緑色の髪をツインおさげにした赤色眼鏡の女の子。
間違いなく俺の天使、ベルーナである。
「べ、べるーな!」
これはタイミングが良いというか悪いというか。
なんとかして助けて欲しいと思うものの、幼女に襲われているから助けて欲しいという情けないおっさんの図と、はたから見ると幼女と接吻したいおっさんが幼女に無理矢理迫ってるかのように見える図の二面性を孕むこの状況。
助けを乞う事と弁解と、俺はどっちを選択するべきなんだ!
「なんじゃって言われてものう。
これは精霊の祝福じゃ。
大精霊が己の力を分け与える時に行うものじゃ」
そんな説明はいいから、早く俺の顔を離してくれ。
話はそれからだ。
ベルーナに誤解されてしまうだろ。
あっこら、爪を立てるんじゃない!
「ひ、ヒロさん!
どこの子ですか!?
それに、き、キスしてましたよね!」
え゛……俺のファーストキス見られてたの!?
じゃあ確認しなくても今の状況わかってるよね?
ていうか、見ていたのならなんで今このタイミングで登場したんだベルーナ?
俺の疑問をよそに、どかどかと宿直室の中に入ってくるベルーナ。
それでもきちんと土足は脱いで俺とファルナが激闘を繰り広げている聖域(床から一段上になった場所)に上がってくるあたり、ルーニーさんのしっかりとした躾けを窺えるぞ。
「私にこれっぽっちも興味を示さないのは、幼女趣味があったからなんですね!」
え、ちょっとまって誤解。それは誤解。
確かに絵面から行くとそう見えるけどさ、ひどい誤解が入ってるよ?
「とにかくっ、離れてくださいっ!」
弁解する間も無く、ベルーナが俺とファルナを力づくで引きはがそうとする。
あ、痛いですよベルーナさん。
俺の腕を握る力に憎しみ込めてません?
それに離そうとするなら俺の手じゃなくファルナの手を掴んで欲しい。
じゃないと隙を突いて、この力つよ幼女に唇奪われちゃうから。
ほら、俺の手はファルナを引き寄せようとしてるんじゃないでしょ。ね?
顔を真っ赤にしながら、あらんかぎりの力を込めていると言わんばかりのベルーナ。
「なんじゃお主、お主も祝福がほしいのか?
よかろう。ほれ」
力つよ幼女の手が俺の顔を離れたかと思った、まさにその瞬間だった。
――ぶっちゅー
「んんんんん!」
あ、ベルーナが唇を奪われてる。
あの純真なベルーナの唇を奪うなんて許せん!
じゃない、キスは辛いものなんだ、さっき俺も味わった。
その辛さにベルーナが涙目になってきてる!
「こ、こら、ファルナ、ベルーナから離れろ」
俺はファルナの腰辺りを両手でつかみ、力いっぱい引っ張る。
だが、予想通りこの力つよ幼女はびくともしない。
あ、そうだ、無理矢理はがそうとしたら爪が、ベルーナの頬を捕まえているファルナの指が爪を立てるから、無理矢理は良くないぞ。
俺は作戦を変えてファルナの指を狙い、何とかこの悪魔の接吻からベルーナを救い出すことに成功した。
「何するのじゃ罰当たりめ」
ベルーナからファルナを剥がすと、勝手に襲い掛からないように持ち上げたまま捕まえておく。
じたばたと手足を動かしているが、俺の身長を舐めてはいけない。
「げほっ、げほっ、ヒロさんと間接キス……」
両手をついて地面に向けてむせ返るベルーナ。
虚ろな目をしながらポツリとそう呟いた。
おおーいベルーナ、間接キスがショックなのはわかるけど帰っておいで。
俺はベルーナにロリコン呼ばわりされたことがショックだよ?
だから痛み分けにしよ?
「なんじゃおぬしら、精霊の祝福は初めてか?」
俺達の悲しみを知ってか知らずか、俺の手から脱出することをあきらめて足をぶらんぶらんさせているファルナが口を開く。
「さっきも言ってたけど何それ?」
「聞いとらんかったのか、けしからんのう。
精霊の祝福というのはじゃな、精霊が自ら生み出しているマナを人の子に与える事じゃ。自らのマナを与えることにより、相性の良い人の子を見極める意味もあるのじゃ」
「それじゃあ口から入ってきたのはマナだったのか?」
「その通りじゃ。すごいじゃろ、わしを大精霊だと認めるか?」
そうだったのか……。
初キッスだったから勘違いしたけど、普通はキスであんなものは入ってこないんだな。
そりゃそうだよな、あんなに辛く苦しい事を性欲丸出しのカップルが所かまわずするわけないよな。
いやまてよ……ということはさっきのはキスではないんじゃないか?
そうだよ、祝福なんだからノーカン!
それにファルナが精霊というのなら、人じゃないから尚の事ノーカン!
俺のファーストキスは守られた!
「どうした、目から水が流れておるぞ?」
いや、うれし涙ですよ?
今の今までキスをしたことが無い事と、これからもずっとファーストキスを守護していくことを考えて悲しんでいるわけではないんですよ?
「でも、コップでも、間接は出来るんです……。だから精霊でも間接……」
どうやらベルーナはまだ辛い世界から帰ってこれていないようだ。
おっさん間接でごめんね。
若いイケメン爽やかリア充の後だったほうが良かったよね。
せめて順序が逆でベルーナが先で俺が後だったら……。
それはそれで俺の大勝利だな。
「ほれ、もう答えを聞かずともお主らはわしを大精霊だと認めておるのは分かる。何も言わずに地に降ろすのじゃ」
んー、確かに凄い力を持っているのには間違いない。
それがイコール大精霊かと言われると判断がつかないけど。
まあ、本人はもうキス魔となる意志は無いみたいなので降ろしてやるとするか。
俺はファルナを畳の上に降ろすと、いまだに横で吐きそうにしているベルーナの背中をさすってあげるのだった。
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「それで、ファルナはなんでまたここに?」
俺達はなぜか正座をしてファルナの前に座らされている。
説教かこれ。
「うむ。お主らも知ってのとおり、わしはこのファルナジーンを守護する大精霊ファルナ。
この国の魔法障壁はわしの力で成り立っておるのじゃ。
どうじゃすごいじゃろ、褒めてもいいんじゃよ?」
いや、なんでここに居るのかって聞いただけなんだが。
まあいいか、もう一度聞こう。
「それで、どうしてここに?」
「もちろんにっくき封印が解けたからじゃ」
「封印、ですか?」
あら、ベルーナ食いつくのね。
でも確かに封印という単語は気にかかる。
大体が悪しきものを封じているため、それが解かれるとえらいことになるという相場だ。
「うむ封印じゃ。
偉大なるわしのマナで魔法障壁が稼働しているのは周知の事実じゃが、長年この城を守ってきたわしに対して不敬にも封印を施したヤツがいるのじゃ」
あー、これは確定だわ。
この自称大精霊はなんかやらかして封印されたんだわ。




