第60話 幼女とおっさんも年の差
「ファルナちゃんね、わかったわかった。ちょっと着替えるから待ってね」
俺はもそもそと立ち上がり、着替えをしまっているロッカーに向かう。
因みにここ宿直室には洋服タンスは存在しない。
その代わりいくつかの縦型のロッカーが設置されている。
どうせ畳むのもめんどくさいから服はロッカーの中にハンガーでかけてある。
そんな状態の服を見つけてはベルーナが家に持って帰り、洗濯をして持ってきてくれる。もちろん綺麗にたたまれている事は言うまでもない。
頭が上がらないとはこのことだ。
さてさて、まだ俺の中にドリームのイメージが残っているうちにこのファルナちゃんを憲兵(迷子相談所)に連れていこう。
「むっきー! お主、わしを敬う心が足りないのじゃ!」
俺の何かが気に入らなかったのか、背中の方で甲高い声を出しているファルナちゃん。
うーん、お腹すいてるのかな。
確かここに飴が。
以前にハイネからおすそ分けされた飴。
忙しくてそれをロッカーに入れたままだったことを思い出した。
「ほれ、飴でも舐めて少し大人しくしておいてくれ」
地団太踏んでる幼女に飴を渡してみる。
「おお、貢物じゃな。よきにはからえ」
がさごそと紙を剥がして飴玉を舐め始める幼女。
うん、子供にはお菓子が効果抜群だな。
「じゃがな、れろんれろん、これしきの飴で、れろんれろん、許されたと思うんじゃないのじゃ、れろんれろん」
幼女が口の中で飴を転がしている。
おかげで何を言っているのか聞き取りにくい。
そして、なんだかよく分からないが着替えることも出来ず再度正座させられた俺。
なんなんだこの構図は。
「それでお主、れろんれろん、一体どういう了見なんじゃ、れろんれろん?」
了見?
了見も何も、とりあえず飴を舐めながらしゃべらないでくれ。
後、とりあえず親の元に帰ってくれ。
俺はドリームの続きに戻りたいんだ。
というのはさっきも伝えたが、どうやら分かってくれなかったようだ。
「いや、俺忙しいからさ、おままごとなら違う所でやって欲しいんだけど」
「れろんれろん、この期に及んで、れろん、まだそんな、れろん、ことを言っておるのか!」
――がりっ
あ、飴噛んだな。
「ぼりぼり、ごくん。これは少し痛い目を見なければ分らんようじゃのう」
変な子と関わってしまったなぁ。
もうすぐ仕事が始まるって言うのに。
幼女はなにやら目を閉じると、ブツブツと言い始める。
すると突然、正座している俺の目の前にブロック塀のような壁がそそり立った。
これ見たことあるよ!
この次は!
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
予想どおりだ。ブロック塀が崩れて俺の上にのしかかってきた。
なぜ分かっているのにかわせないのかって?
それは、久しぶりの正座で足がしびれたから……。
そんなこんなで俺は目の前に現れたその壁に押しつぶされた。
お、重い……。
いや、重い程度の感想で済むっていうことはちゃんと手加減してくれてるんだ……。
俺は崩れ落ちてきた瓦礫の山から何とかずりずりと這いずって脱出することに成功する。
ふと顔を上げるとそこにはドヤ顔で仁王立ちする幼女の姿があった。
「これで分かったじゃろ。
わしは偉大なる精霊ファルナ。幼女ではない。
さっさと甘味をささげるのじゃ」
この壁、そして甘味……。
「もしかしてFさん!?」
「遅いのじゃ!
初見でそこに辿り着くべきなのじゃ。
お主はマスターなんじゃからそこに気づくべきだったのじゃ!」
正体を言い当てたのに何が気に入らないのか、地団太踏んでいるFさん。
幼子の喜怒哀楽は難しい。
いつの間にか瓦礫の山は消え去っている。
Fさんを迷子相談所に連れて行かなくても良くなったとはいえ、あれを掃除するとなると仕事どころじゃないからな。
「まさかFさんがこんな幼女だったなんて。気づかなかった……」
「ふ ぁ る な!
わしの名前はファルナじゃ。
お主が間抜け面でちょっと面白そうだったからFと名乗っただけなのじゃ」
ううーん、Fさんじゃなくファルナと呼べってことか。
俺にとってはFさんのほうがしっくりくるのだが、仕方ない。
それにファルナがFさんだというのなら、あの時助けてもらったので謝意を示すべきなんだが……そうすると何となくこの幼女は調子に乗ってしまいそうで。
いやいや俺は大人。
きちんとお礼を言うことが必要だと示すことで幼女に成長を促せるというもの。
「いつぞやはありがとう。
それでそのファルナちゃんは朝っぱらからどうしたの?」
なんとなく照れ臭かったので、ぶっきらぼうな御礼になってしまった。
さらに照れ隠しのためにファルナの頭をなでてしまった。
だけど今更ひっこめるのも変だ。なで続けるしかない。
サラサラの銀髪の感触が心地よい。
「こら、子ども扱いするんじゃないのじゃ!
わしは大精霊。お主の10倍は生きておるのじゃぞ」
だってねぇ、見た目5歳くらいの幼女にしか見えないし。
「あ、なんじゃその目は、疑っておるな?
証拠を見せてやるのじゃ!」
そういうと俺の顔をその小さな両手でがしっと掴んだかと思うと
――ぶっちゅー
「!?!?」
俺の眼前には0距離で幼女の顔がある。
何これ?
ちゅうじゃない? キッス。
え、今俺、幼女に唇奪われてるの?
俺は驚きのあまり目を見開いているが、ファルナは目を瞑って唇を押し付けている。
こ、これ俺の初キッスだよね!?
まって、幼女に奪われたの?
あ、キスって甘い味がするのね!
……いやこれさっきの飴の味だ……。
!?!????
何かが口の中に入ってきた!
え、キスって、接吻て、こんなのが入ってくるの!?
世のリア充達はこんなことしてるの?
なにこれ……むせそう!
際限なく何かが口の中に流れ込んでくるよ?
ちょ、ちょっと、もうなんかいっぱい……。
「ぷはぁ、どうじゃ?」
「げっほげっほ……」
流れ込んでくる何かに限界をきたそうかというところで、幼女の唇がようやく俺の唇を離してくれた。
おえっ、ちょっと、気持ち悪い。リバースしそう。
こんなことをリア充達は喜んでしていたのか……。
「どうじゃ、って言われても……」
「なんじゃ、まだわからんのか?
それじゃあもう一回」
また顔を掴まれた。ゆっくりと幼女の顔が近づいて来る!
「そんなに易々とやらせるか!」
俺は逆に幼女の顔を両手でつかむと力を入れて接近を阻止する。
ぐぎぎ、俺はもう接吻などこりごりだ!
ドキドキもワクワクも感じない!
「おのれマスターめ、何を嫌がるのじゃ。ほらわしを受け入れよ」
ええい、この幼女結構力が強い。
俺が全力で拒否してるのに、じわじわと距離を詰められる。
「な、なにをやってるんですか!?」
宿直室の入口から大きな声が聞こえてきて、その声に反応するかのように幼女の動きが中断した。