第58話 ほら、言わんこっちゃない
ベルーナが引きつった笑顔を浮かべて、ルーニーさんの後ろに立っている。
「おかぁさん?」
「ひわっ! べ、べ、べるーな、ちゃん?」
ほら、言わんこっちゃない。
天使ベルーナが普段出さないようなドスの利いた声だよ?
「ええ、あなたの娘のベルーナですけど」
「あ、あのね、その、どこから聞いてた、かなーなんて……」
「担任の先生あたりからかな。それで、覚悟はいい?」
「あ、待って、待って!
お母さんね、別に悪気があったわけじゃないのよ。
あなたが大好きって言ってたヒロさんがね、どんな人なのか知りたくてね。
でね、話してみると、なりはおっさんだけど、なかなかいい人でね、ベルーナと結婚しても大丈夫かなって、そうそう、ヒロさんがいい人だなっていうの、お母さんしっかり分かったからね?
ベルーナが結婚しないなら、私が再婚してもいいのかなって、ね?」
汗を浮かべて必死に弁明しているルーニーさん。
その弁明を聞きながら、ベルーナの表情はさらに引きつっていく。
「お か あ さ ん?
それ以上言うと私、家を出て行くからね。
はい、これ」
そういうとベルーナはにんにくらしきものをルーニーさんに手渡した。
「あの、ベルーナちゃん、これは……」
「にんにくよ」
「それは分かってるんだけど……」
「お母さんにはにんにくを剥いてもらいます。
薄皮に至るまですべてを一枚一枚分離してもらいます。
いいですね?」
「でも、それじゃあ薄くちりぢりになって食感が」
「い い で す ね?」
「は、はい。さっそく剥いてくるわね!」
有無を言わせないベルーナの威圧感に、ルーニーさんはぴゅーっと台所へ逃げて行った。
「……あの、ヒロさん、お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした」
ペコリと頭を下げて謝るベルーナ。
「い、いや、大丈夫、だよ」
パワフルなお母さんと、見たこと無い威圧感を感じたベルーナと、ちょっと俺の心も整理しきれない。
「お母さん、私の事を心配してくれているのは分かるんですが……」
女手一つでベルーナを育ててきたんだ、苦労が絶えなかったに違いない。
それでいて、僅かな時間の会話からでも娘への愛情というものをひしひしと感じた。
家族っていいな。
「うん。いいお母さんだね」
「だ、だめですよ!?
お母さんと結婚なんて!」
え、今の話の流れでどうしてそうなるの?
「そりゃ私はヒロさんの事お父さんみたいで大好きって思ってますけど、お母さんと結婚してお父さんになったら、私が結婚できないじゃないですか!」
んんん?
ベルーナさん今すごいこと口走ってません?
「…………ひゃあ!
今の無しです。嘘です冗談です!」
どうやら自分が凄い事を言ったことに気づいた様だ。
腕をぶんぶんと振っており、顔も熟したトマトのように真っ赤になっている。
「違うんです間違いなんです、今のは友達の話であって、断じて私がヒロさんと結婚とかそういう話ではないんです。
ね、ほら、ヒロさんと私は親子くらい年が離れてますからね?
そうですよね?」
う、うん。そりゃそうなんだけど。
母娘そろってあまり年齢の事言わないでね。
おれだって転生するときに若返りたかったんだからね。
若返ってさえいれば俺だってワンチャンでチートでハーレムだったかもしれないのに。
「そ、そうだね……」
俺の目指すハーレムは一体どこに行ってしまったのか。
「あ、あの、そんなに落ち込まないでください。
ヒロさんは素敵なオジサマで頼りになって、その素敵なオジサマで、素敵ですから!」
頑張ってほめようとしてくれているのは分かるけど、オジサマってのが弱った心に刺さるよ。
まだ35歳なんだよ。若人の仲間のつもりなんだよ……。
「ほらほらベルーナ、何をやってるの。
鍋の中身、煮えたわよ」
ルーニーさんが皿を持って現れる。
「あわわ、そうだった! ありがとうお母さん」
料理の乗った皿を受け取るベルーナ。
あ、よかった。
ベルーナが普通にルーニーさんと話してる。
上司という異物がお邪魔したせいで家族が気まずくなっては上司失格だからな。
今までの破天荒な会話はどこに行ったのか、ベルーナとルーニーさんは仲良くハミングしながら料理をテーブルに並べていく。
俺は二人が奏でる心地よいハーモニーに耳を傾け、二人の姿を眺めながら、心が温かくなっていくのを感じていた。
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そんなこんなでいろいろあったが、俺は料理に舌鼓を打ちながら前世を含めても久しぶりとなる家族の団らんを味わったのだった。
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翌日、俺は筋肉痛に悩まされていた。
運動をまったくしないインドア派の俺が全速力の捕り物や、やったことのない対人バトルなどやった結果だ。
なぜ昨日マッサージをしておかなかったのかと悔やまれる。
まあ昨日はいろんなイベントが重なってパンクしそうだったから、昨日の俺にそれを求めるのは酷だというものだ。
一方のベルーナはケロっとしている。
筋肉痛もなく、疲れもなく、擦り傷も……、いや擦り傷はさすがに治ってないけど、……若いっていいね。
宿屋に一晩泊まったら全回復できるのは若者の特権だよ。
俺が宿直室に突っ伏しているのを見て昨日のお礼だと言ってマッサージを申し出たベルーナだったが、俺は気持ちだけいただいておくことにした。
セクハラ案件は常に回避し続けなくてはならない。
俺が上司でベルーナが部下である以上それはいつも付いて回る。
俺が父でベルーナが娘だったらどうなるだろう。
マッサージをしてもらっても、仲のいい親子ですむかもしれないな。
なんて、こんなことを考えているってことは俺もまだ疲れているってことだ。
皆さん大切な事をお忘れかもしれないが、まだ停マナ中。
お金を取り返すことには成功したが、肝心の交換用機器は用意できていない。
領域統制中核機が故障して、魔法力充填領域が消え去ってから今日で3日目だ!
早くマナボックスを調達して復旧させないとまずいぞ。
嫌味な大臣がいる大臣部はいいとして、暑さに弱い城のマスコットキャラのいる広報部、それに肝いりでお金をもらってきた経理部は速やかに何とかしないと!
体はギシギシと悲鳴を上げて動けそうにないのだが、心だけは焦っていく。
そんな折に、商工会長のネシャートさんからマナボックスが届いた。
持って来たのはパンツ一丁の男、ムキムキ輸送便のお兄ちゃんだった。
やっぱりこの世界では広く使われてるのね……。
マナボックスに同梱されていた声を録音する魔法機器から聞こえてきたのは、独特のイントネーションのしゃべり方をする声。
間違いなくネシャートさんの声だ。
声の内容だが、新品のマナボックスを7台を送った事、俺たちが困っているだろうということで、支払いは後払いでいいということだった。
ネシャートさんの提案は好条件であったので、悪徳商人の一件もあり警戒したのだが、お得意様になってもらってこの後たくさん儲けさせてもらうということで、俺たちはそれを受け取ることにした。
魔法障壁管理部は予算も少ないため、今後儲けることができるかどうかは商工会を束ねる彼女が知らないはずは無いんだけど、出来る限り懇意にしようと思う。
ベルーナと二人、受け取ったマナボックスを一から設定し、停マナの起きている部署を回って壊れたマナボックスを交換していく。
罵倒と感謝と半々を受けながら、相変わらずインフラって日の目を見ないよなと思った。
こうして約3日もの間城内で起きていた大規模な停マナを俺達は復旧したのだった。
いろいろあったけど、俺はお城の魔法障壁を管理しています。
これで「イケてる上司編」はおしまいとなります。
次からは新章が始まります!
謎の声Fさんの正体、そして魔法障壁の秘密とは!
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