第57話 男子とキャッキャウフフ
今俺の目の前にはベルーナのお母さん、ルーニーさんがいる。
テーブルを挟んでルーニーさんと1対1だ。
なんでこうなった。
ベルーナとルーニーさんに手を引かれて、あれよあれよと家の中に連れ込まれた俺はこのテーブルに座らされた。
さっそく料理を始めようかね、と言うルーニーさんに、ベルーナが自分だけで作ると言い出したのだ。
ベルーナはルーニーさんを俺の対面に座らせると、台所へと消えていったのだ。
そして今に至る。
台所からは包丁とまな板が奏でる規則正しい音色が響いてくる。
「それで、あの子とはどこまでいったんだい?」
じっと俺の顔を見据えるルーニーさん。
母の勘か!?
娘の危機を感じ取る何かか!
「その……街のはずれまで悪徳商人を追っていきましたが、ベルーナさんを危ない目に合わせた挙句怪我をさせてしまいました。本当に申し訳ありません。全ては私の不徳のいたすところです」
俺はゴンゴンと頭をテーブルに打ち付けて謝罪する。
ルーニーさんにとって大切な娘を怪我させてしまったのだ。
刺されても仕方のない案件だ。
誠心誠意謝るしかない!
「そうじゃないよ。手とか握ったのかい?」
手?
そういえば……。
「す、すいませんでした。
都合上、手を握って追いかけたりしました。
全て私の不徳のいたすところです」
再び頭を打ち付ける。
「ああ、これは厄介だね。ベルーナも手を焼くってもんだわ」
「すみませんすみません。無能な上司ですみません」
一体家でどんな話をされてるのだろうか。
俺の駄目さは山ほど思い当たる。
あれとか、これとか、それとか。
「ヒロさん、ベルーナは料理も家事も出来て器量もいい。
嫁としては申し分ないと思うんだけど、どうだい?」
「ええ、いつもおいしい朝食をいただいて感謝の言葉もありません。
仕事の手際もいいし、きっといいお嫁さんになると思いますよ」
よかった、話題が変わったようだ。
許してもらえた、と信じたい。
「はぁ……」
一つ、大きなため息をつくルーニーさん。
「……ヒロさん、あなた独身なんでしょ?
うちのベルーナと結婚しないかって言ってるんだよ」
――ぶぶーっ
丁度飲みかけの水を吹いてしまった。
「ルーニーさん、いきなり何を言うんですか!
ご冗談を、ははは」
いそいそと吹いた水をハンカチでふき取る。
ルーニーさんの顔に向けて吹かなかったのが救いだ。
「いや、冗談じゃないんだけどね。それで、どうなんだい?」
「いやいやいや、俺とベルーナは親子ほど年が離れているんですよ?
そんなおっさんと結婚なんてベルーナが嫌がるに決まってますよ」
「なるほどね。つまりはベルーナがOKなら結婚してもいいってことね。それなら問題な」
「お母さん!!」
台所からベルーナの一際大きな声が聞こえた。
そしてパタパタという足音と共に声の主が現れる。
「あ、あらベルーナ聞こえてた?」
「聞こえてます! ヒロさんに何を言おうとしたの!」
「いや、ちょっとね……」
「よけいな事言わないで!」
「わ、分かったわよ」
もう、と言いながらベルーナは台所に戻っていった。
母と娘の会話。なんか新鮮な感じがする。
いつも俺としゃべる時はベルーナは敬語だしね。
「ふう、びっくりした。まさか聞こえてたなんて」
いやいやお母さん、俺達かなり大きな声でしゃべってましたよ?
その、今のも聞こえてると思うから、もう少し音量を落としたほうが……。
と、それとなく伝えておく。
「でもね、私は母としてあの子の幸せを願ってるの。
ベルーナから聞いたか知らないけど、うちの旦那、ベルーナの父親ね、ベルーナが小さなころに亡くなってしまってね。
あの子、お父さんっ子だったからすごく塞ぎこんでしまってね……」
ごく最近どこかでそんな話を聞いたような聞かなかったような……。
「その反動か、男の子と距離を置くようになってしまって。
魔法学校でも周りの子達は男子とキャッキャウフフして家に連れてきたりしてるらしかったけど、ウチには一回もそんなイベントは無くて。
私も娘を持つ母でしょ?
ママ友のそんな話を聞いてると、やっぱり娘のボーイフレンドともいちゃいちゃしてみたいわけで」
ん、んんー?
なんか不純な動機が混ざってません?
「そんな寂しい学生時代を送ったベルーナがね、家計を助けるためって就職の道を選んだの。
私は反対したわよ。そりゃもう。
就職なんかせずに、ベルーナには結婚して幸せになってもらいたいと思っていたからね。
娘にお金の心配をさせてるっていう負い目とか悲しみもあったかな」
世の親御さんたちはいろんなことで悩みを抱えてるんだな。
俺も結婚して子供が出来ればそれが分かるのだろうか。
「結局はベルーナに押し切られてしまって。就職を許したわ。
ベルーナが結婚するにも相手が必要で、でも私がいい相手を見つけてお見合いさせたとしても、あの子の恐怖心というかトラウマというかがどうなってしまうか分からないというのもあって。
だから、もしかして職場で愛を育んでくれるかもしれないとも思ったわけなの」
ルーニーさんはコップの水をぐいっと飲むと、ぷはーっと息を吐いた。
様子だけ見てると酔っぱらった人のそれと変わらないんですけど、それ水ですよね?
「でね、オフィスラブを期待して就職させたはいいけど、若い燕の一匹もいやしない部署で、閑古鳥も鳴いているっていうじゃない。
枯れてしまったお爺ちゃんの上司と二人の職場で、何がオフィスラブですか」
ドン! と手で机をたたくルーニーさん。
ちょっと、酔ってます!?
「でもね、転機が訪れたの。
少し前からベルーナが目をキラキラさせながら新しい上司について話してくれるようになったの。
もちろんあなたのことよ。
やれここがすごいだの、やれここが素敵だのって。
これまで一つも男の話なんかしてくれなかったあのベルーナがだよ?
話を聞く限り若いか若くないか微妙なラインだったけど、それでも私はベルーナがその気ならおっさんでもいいかなって」
今俺の話してますよね?
若いか若くないかとか、おっさんだとか、本人の前で言われると……俺が悲しんでしまいますよ?
「そういえば、学生時代も男の担任の先生にはよくなついてたわねベルーナ。
家庭訪問の時とかウキウキしながら先生を待ってたし。
もしかして、オジ専? って思ったこともあるけど、あなたを見て確信したわ」
あの、ルーニーさん?
また声が大きくなってますよ?
さすがにこの内容、ベルーナに聞こえたらまずいですよね、って!?
後ろに人影が見える!
「ベルーナはおじ専! 間違いないわ!」
ガタリと椅子から立ち上がって力説するルーニーさん。
もう俺は知らないよ?
知らないからね?