第56話 とある曜日のサスペンス
そしてベルーナが話し始めた。
「その友達は小さなころからお父さんっ子で、ずっとお父さんにひっついているような子だったんです。
お父さんが大好きで、大きくなったらお父さんのお嫁さんになる、っていう……まあ良くある父と娘の関係なんですが。
残念ながらその夢はかなわず、友達が小さいころにお父さんは亡くなってしまいました」
父親を小さいころに亡くしたのか。
それだけ好きだったなら大きくなっても引きずりそうだ。
「お父さんを亡くしてから一人で友達を育ててくれた友達のお母さん。
友達はずっとその姿を見て育ち、少しでも母を支えるためにと学校卒業後すぐに就職したのです。
仕事は大変でしたが、目標としていた魔法障壁管理の仕事に就けたのでやる気十分でした」
ふむふむ。魔法障壁管理の仕事をしている友達ね。
うちは俺とベルーナだけだから、他の街か国の友達だな。
そういえば友達の話をしてくれるなんて初めてだ。
ベルーナとの信頼関係が築けてきた証拠かな。
「友達が就職して1年ほどたって、今まで仕事を教えてくれていた上司が退職してしまいました。
まだすべての仕事を教えてもらっておらず、職場の人数が少なくなったこともあって毎日の仕事に忙殺される日々が続きました。
それでも頑張って仕事をつづけること幾日。
そこに急に新しい上司が現れたのです」
ああー、これは新しい上司がダメなパターンだな。
友達がんばれ。
「その上司は大人の男性で、すごく頼りになって、友達の評価もうなぎのぼりでした」
んんん、予想が外れて頼りになる上司だったか。
友達ちゃん良かったね。
「ある日その上司が出張先で大怪我を負ってしまいました。
友達はその上司の姿に自分の父の死を重ねてしまったのです」
急展開だな!
上司大丈夫なの? 復帰できるの?
「上司と父を重ねてしまった友達は、上司に対して愛情を抱いてしまったようなのですが、それが家族に対しての愛情なのか、異性に対しての恋愛感情なのか計りきれなかったようです」
こ、これは、まさかのオフィスラブ!
それも娘ほど年の離れた上司との禁断の愛!
「それまで恋愛とかしたことのなかった友達は突如沸き起こった感情に翻弄されて、上司に近づく女性に対して憎しみの愛憎劇を繰り広げました」
なにっ、とある曜日に放送されるサスペンスの予感!
上司は結婚してるんだろうか。
大人の男性ということは結婚してるよな。
つまりドロドロの人間関係を歩むのかい? 友達よ。
「その後いろいろあって、反省した友達は、上司に対する感情は家族に対するものだと思うようにしました。おしまい」
えっ、オチは!? オチはないの?
一番の盛り上がる部分はカットなの?
これはもしかしてうわさに聞く、女子はとりとめもない事を話すというやつなのか!?
でもここは女子の流儀に合わせて回答するしかない。
とりあえず共感しておけばいいと、モノの本で読んだことがある。
見せてやろう俺のコミュニケーションパワーを。
「なるほど、その友達もいろいろあったんだね。
でも自分で納得できたみたいだから良かった」
「そうですね。頼りになる素敵な上司だと言ってました」
「俺もその上司のようになれるようにがんばるよ」
「にぶXX」
言葉の途中でベルーナの両手が俺の両耳をふさいだ。
「え、何か言ったベルーナ?」
ちょっと、手を離してくれないと聞こえないよ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
何か長文を話してるけど、まったく聞こえないよベルーナ。
もしかして不満を述べてます?
友達の上司と比べて不甲斐ない上司(つまり俺)への不満を述べてます!?
もしや、聞いて欲しかった友達の話って愛憎劇がメインテーマじゃなくて、俺にもっとしっかりしろって言う重いテーマが隠されてたの!?
言いたいことを言い終えたのか、俺の両耳をふさいでいたベルーナの手が離れる。
「なんでもないですよーだ」
なんか少しご機嫌斜めのベルーナ。
やっぱり俺に不満があったんだな……不甲斐ない上司ですまない……。
今も頑張ってるけど、いつかその友達にも自慢できるくらいの格好いい上司になってみせるからね。
「あ、もうすぐ家に着きます。もう少しだけお願いしますね」
なんやかんやとやってるうちに目的地のベルーナの家にたどり着いたようだ。
いつのまにか夜の帳が下りようかという頃合いとなっている。
俺の脳内MAPによると、今いるのは街の中心街から何本か通りを外れたところ。
あたりは静かで落ち着きがあり、ここが住宅街であることを物語っている。
「そこを曲がったところが家です」
俺はベルーナが指し示した家の前で彼女を背から降ろす。
辿り着いたのは、庭の無い石造りの平屋建て1軒屋。
この周囲は同じような家がいくつも並んでいる。
「それじゃあベルーナ、お大事にね。
明日、よくなってないようだったら病院にいくんだよ」
「え、あの、ヒロさんもう帰られるのですか?
あの、うちで夜ご飯いかがですか?
お礼と言ってはなんですが」
「いやいや、お礼を言われるようなことじゃないよ。
それに上司が上がりこむのも良くないよ」
流石の天使ベルーナとはいえ、この提案は建前に違いない。
誰が好き好んで上司を家に入れてご飯を振舞うというのだ。
それにこの案件は対処を間違うとパワハラ案件にもなりかねない。
ここはやんわりと断って問題は回避だ。
「そんな、ヒロさんは恩人です。そこを何とか」
帰ろうとする俺の袖を引っ張って食い下がるベルーナ。
これは本物のご馳走案件なのか?
いやいや、本人は良くても親御さんや周囲の目もある。
ここは心を鬼にして。
「ありがとうベルーナ。
気持ちだけ、気持ちだけ受け取っておくよ」
「いえ、気持ちだけじゃなく料理も受け取ってください」
――ガチャリ
やいのやいのやってる俺たちの前で家の扉が開いた。
「お帰りベルーナ。
もう暗くなってきたんだから、元気一杯だからって騒いじゃ駄目よ。
あら、あなたは?」
家から現れたのは、ベルーナと同じ緑色の髪の女性。
長い髪を後ろで束ねているその女性はベルーナと同じく華奢で小柄だ。
それに顔立ちもベルーナとよく似ている。
幼い感じというか童顔というか、可愛らしいお顔のため、ちょっと年が離れたお姉さんという可能性も捨てきれないけど、きっとお母さんだな。
「初めまして。ベルーナさんの上司の大阪、ヒロといいます。
ベルーナさんにはいつも助けていただいています」
部下のご家族への挨拶ってこんなんでいいのかな。
初めてなのでよく分からないぞ。
「あー、あなたがヒロさんね!
私はベルーナの母で、ルーニーと言います。
ようこそいらっしゃいました。ささ、中へ」
お、どうやら俺のことは知ってるようだぞ。
ベルーナ、家で俺の話するんだ。
そしてお母さん確定だ。
女性の年齢を邪推してはいけないが、かなり若く見える。
それでも娘がいる年齢だ。実際は俺と同じくらいかどうか、かな。
さて、失礼なことを考えていないで、ご家族も現れたし、本当に撤退だ。
「あ、いえ、俺はこれで」
「何を言ってるんですか。
ベルーナの命の恩人をそのまま帰したとあっちゃ、天国の旦那に顔向けできませんよ!」
「そうですよ、あきらめてくださいヒロさん」
俺は両手をベルーナ親子に引っ張られて、あれよあれよといううちに家の中に引きずり込まれた。
ベルーナ、足怪我してるんだよね?
無理しちゃだめだよ?