第55話 お豆腐屋さんみたいだって言ったんです!
……痛みを感じない。
重症すぎて脳が痛みをカットしてるのだろうか。
ベルーナは……。
無事のようだ。良かった。
「く、くそっ、何者だ!」
ん? 悪徳商人の慌てふためく声が聞こえるぞ。
視線をそちらに移してみると、商人の持っていた銃が地面に転がっている。
どういうことだ?
俺は、撃たれて無いのか?
「いやぁ、危ないところやったねぇ。間一髪?」
どこからか声が聞こえてきた。
この聞き覚えある京都弁は……。
「ヒロさん、あそこです!」
ベルーナが示した方向に顔を向ける。
開けた広場を囲むように建っている石造りの民家の屋根。
そこに一人の女性が立っていた。
逆光でよく見えないけど、あれは確かに昼間の京都弁の女性。
手には銃を持っている。
つまり、アクション映画みたいに彼女があの銃で商人の銃を撃って助けてくれたってこと?
「お、お前は、ファルナジーン商工会の会長!」
「あら、ばらしてもうたん。そこの旦那はんにはもう少しもったいぶりたかったんやけどなぁ」
そこの旦那はんって俺のことか。
でも、彼女が商工会長だって?
それ偉い人でしょ? 経済連合みたいな団体。
俺みたいなパンピーには一生縁の無いような。
そしてここまで俺のセリフ無し。
どこで会話に入っていいのか分からないまま展開が進んでしまった。
「会長、はしごです」
商工会の会員だろうか、いずこからとともなくガタイの良い男がはしごをもって現れ、屋根の上にいる会長の下へと立てかけた。
屋上から華麗に飛び降りてすごさをアピールするわけじゃないのね。
いそいそとはしごを降りてくる会長。
その姿はなんだか……一服の清涼剤のようだ。
「旦那はん、ネタばれしてしまいましたけど、うち、ファルナジーン商工会の会長してますネシャート言います。以後お見知りおきをよろしゅう」
俺とベルーナの前に現れたネシャートさん。
年のころは俺よりも若いだろう。20台後半かな。
女性の年齢を推測するのは失礼だが相手に確認するわけじゃないのでよしだ。
そしてこの年齢で会長を務めるのだ。
かなりのやり手であることは間違いない。
やっぱりこの袖の下が沢山入りそうな独特な服は……そういう意図なんだろうか。
「危ないところをありがとうございます、ネシャートさん」
「ええんですよ、あいつには手をやいとったさかい。
なかなか尻尾をつかまさへんのよ。
今回はよっぽどの好機だったのか焦ったのか知らへんけど、こんなに簡単にボロを出してくれるなんてラッキーやったわぁ」
「会長、確保しましたぜ」
「ごくろうさん」
はしごを持ってきた男集が悪徳商人とチンピラたちを縛り上げている。
「ほな、横からで悪いけど、こいつは引き渡してもらいます。
そうそう、お嬢ちゃんが払った金貨は返しておくさかいな」
「あ、ちょっと」
憲兵に引き渡さなくて大丈夫なのか、と言いたかったが、ずっしりと重い麻袋を渡されてしまった。もちろん中身は金貨だ。
でもこれ悪徳商人からじゃなくてネシャートさんの懐から出したよね?
自腹?
「それと旦那はん。余計なお節介やけど、お嬢ちゃんを家まで送ったりぃな。ほなさいなら」
それだけ言うと、ネシャートさん達は奥の路地に消えていった。
一体なんだったのか……。
まあ金貨も戻ってきたし(出どころは不明だけど)、悪徳商人は捕まえたし(美人に連れていかれてしまったけど)、これにて一件落着だ。
ミッションコンプリート!
「さあベルーナ帰ろうか」
俺はしゃがんだままでいるベルーナに手を差し伸べる。
「あの、ヒロさん。その……」
・
・
・
・
・
「ふんふんふ~ん」
俺の背中の上からご機嫌な鼻歌が聞こえる。
「ベルーナずいぶんご機嫌だね」
「い、いえっ、そんなことないですよ。申し訳ない気持ちでいっぱいです」
俺は今ベルーナを背負って一路彼女の家へと向かっている。
先ほどの戦いでベルーナは足をくじいてしまい、一人で歩くことが困難な状態だった。
俺達はちょうど城下にいるので、そのまま家へと送っていくことにしたのだ。
そう決まってからベルーナは終始ご機嫌な様子である。
俺の背中の何がうれしいのかはよく分からない。
この年頃の女の子なら、おっさんに担がれて恥ずかしいとか、キモイとか思うのではないだろうか。
「あの、ヒロさん、ありがとうございます」
「ん? いいんだよ、その足じゃ歩いて帰るなんて出来ないからね」
「いえ、それもなんですが、私のこと励ましてくださって」
「あああれか。んー、今思うと恥ずかしいこと言ったなって思うよ」
「そんな! なにも恥ずかしいこと言ってません!
まるでお父さんみたいで……って、ひゃぁぁ、なしなし、今の無しです」
背中の上で体をゆすって暴れるベルーナ。
ちょっと、危ない、落ちる、落ちる。
「べ、ベルーナ落ち着いて!
お父さんみたいだとか聞いてないから」
「空耳です空耳!
お豆腐屋さんみたいだって言ったんです!」
そういうとベルーナは手で俺の両耳をふさいできた。
ちょっとベルーナ、俺の上で暴れないで……。
なるほどね。お父さんみたいか。
俺とベルーナの年齢差ならそんな気持ちも沸くのかな。
別に残念がってないよ?
俺も娘だと思ってたからね!
すいません。うそです。残念です。
「ヒロさん。お話を聞いて欲しいんですが。友達の話」
「うん? いいよ」
突然のベルーナの申し出。
もちろん俺に断る理由は無い。