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第52話 夕方にデイリーミッションを追加してはいけない

「ヒロさん、いました、あのテーブルです」


 俺たちはメモに記載のあった宿の入口からこっそりと中を覗いている。

 宿は1階が食堂になっているタイプで、宿泊しない人も食事が出来るようだ。

 今の時刻は夕食にはまだ早いのだが……しかしながら食堂は客でごった返していた。

 奇抜な髪型……モヒカンの男、片目に眼帯をしている男、スキンヘッドでえらくガタイのいい男など、堅気のものとは違った雰囲気を纏った、そんな客ばかりだ。


 そんな中からベルーナがにっくき相手を見つけ出したというわけだ。


 ベルーナの話どおり背の低い老人だ。

 白髪と口元のちょび髭が印象に残る。

 

 あいつを捕まえて金貨を取り返して憲兵に突き出すのが今回のミッションだ。


 入口で左右に分かれて中を覗き込む俺たち。

 その様子を不審な目で見ながら新たな客が宿に入っていく。


 むむむ、このままここで様子を伺い続けるのもまずい。


「ベルーナ。こっそりと入口から中に入って、二手に分かれて奴に接近して、テーブルで挟み撃ちしよう」


「わかりました」


 鍋を頭にかぶったベルーナ。

 手にはお玉ではなく木製の杖を持っている。


 この世界の人達は魔力、すなわちマナを持っていて、それで魔法機器を動かしたり、純粋な魔法を使ったりすることが出来る。

 ベルーナも魔術学校で護身用の魔法を習ったらしく、手に持った杖を触媒として使うのだそうだ。


 杖はともかく、さすがに鍋をかぶって入るのは目立つため、鍋は手に持って食堂らしさをアピールさせることにする。


 そうやって何事もなかったかの様に二人して食堂に潜入することに成功した。

 あとは大回りしてヤツに近づき、一気に確保するだけだ。


 反対側にいるベルーナにアイコンタクトを行い、悪徳商人との距離を詰める。


 あと少し……、というところでヤツとベルーナの視線が合ってしまい……ヤツは乱暴に椅子から立ち上がると一目散に食堂の奥に駆け出したのだ。


「追うよベルーナ!」


 食堂の奥なんかに逃げても袋のねずみだろう、と思った俺は浅はか。

 奥の扉は外へとつながる裏口だったわけで……。


 ヤツはするりと裏口から夕暮れの街中へと姿をくらました。


 だが、もちろん俺たちも逃がすつもりはない。

 

「いた!」


 間髪いれず裏口から宿を出た俺たち。

 俺の視線の先の先でヤツが走る姿を捕らえた。

 

 そこからは桜吹雪を身に纏った奉行も真っ青な大捕り物が始まるのであった。


 右に左に。

 巧みに路地を曲がって逃げるヤツ。

 それを必死に追う俺達。


 ヤツ、俺、ベルーナの中では一番ベルーナが速いのだが、俺のスピードに合わせてもらっている。おっさんの俺、情けない。


 それでも直線のスピードは俺達のほうが速いといえる。

 運動不足の俺だが、ヤツもまた運動不足なのかそれとも老人だからなのか、じわじわと距離を詰めていくことができる。


 ただ、スッと曲がり角を曲がられるとせっかく縮めた差が元に戻ってしまう。

 俺は追跡のプロではないので、どうしても曲がり角で反撃されるのではないかという恐怖心からスピードを落としてしまうのだ。


 幸いなのはこの辺りは単純な形状の路地だったため、ヤツの背中を見失うということがなかった事だ。

 曲がった先の俺達から見えない所ですぐ曲がられたらどうにもならない所だった。


 普段使わない神経を使いながら必死に捕物を続けることしばらく。

 さすがに体力の限界なのか、路地の途中でヤツの歩みが止まっている。

 俺の体力も限界。

 インドア派の俺には全力疾走の機会なんかないからな。

 足もガクガク言っている。


 それに……先ほど遅い昼食を食べたところで全力疾走しているので、リバースしそう。

 うえっぷ、気持ち悪い。


 ……どうやらここまでのようだな。お互いに。


「はぁ、はぁ……。

 こ、ここまでのようだな。はぁ、はぁ……。

 大人しくしろ」


 息もたえだえなセリフが小物感を強調してしまう。

 ベルーナが一緒にいる手前、もっとカッコいいセリフを言いたいところだが……。


 ヤツはというと、先ほどからこちらに背を向け、足を止めて立ち止まったままだ。


 ヤツも全力疾走してたんだ。

 年寄りな分俺達よりも体に応えているに違いない。

 現に一言もしゃべらないしな。


 ヤツにとっては年貢の納め時。

 だけど、窮鼠猫をかむということわざのとおり、何をしてくるかわからないので注意するに越したことはない。


 とりあえず見つければ何とかなる、逃げたヤツを追いかければ何とかなると思ってたけど、実際捕まえるとなると、どうしたらいいんだ?

 腕をねじり上げて憲兵の詰め所まで連行したらいいのか?

 それとも縄で縛るほうがいいのか……縄なんて持ってないけど……。

 大体、前世では善良な一般ピーポーだった俺が誰かを捕まえる経験なんかあるわけないよね?

 

 考えもまとまらないまま、あと少しでヤツを射程内に捕らえることができる、というところでヤツはくるりとこちらを向き、にやけ顔を見せてきた。


「ククク、手間をかけさせてくれたのはお前らのほうよ」


 しまった、罠か!

 ヤツの言葉と共に辺りに置いてある資材の裏から二人の男が姿を現したのだ。


 ヤツにばかり気を払っていて気づかなかったが、この場所は今まで捕り物をしていた路地裏とは異なり、ぽっかりと広い空間となっている。

 気にも留めていなかった置かれた木材や建材は、確かに人を隠すにはもってこいだ。


 広場ではあるが袋小路ではなく、ヤツの奥には道が続いている。

 逃走経路もばっちりというわけか。


「ヒヒヒ、俺たちに楯突いたらどういう目にあうか、これから存分に思い知ってもらうぜ」


 ヤツ、つまり悪徳商人の向かって右側の男。

 頭には頭巾かバンダナかを巻いて手にはナイフを持ってやがる。


「おっさんはボコって、女は売りさばいてやるよ」


 現れたもう一人の男。いかつい顔のスキンヘッドの男。

 こちらもナイフを手に持っている。


 相手は3人。

 すでに人数のアドバンテージは無くなっている。

 それに相手はナイフを持っている。

 刃物をちらつかされるのは……喧嘩の素人の俺には心に来るものがある。


「ヒロさん……」


 不安を内包した声で俺の名前を呼ぶベルーナ。


 俺の後ろにはベルーナがいる。

 パーティーの中で一番の防御力を誇る【鍋】を持っているとはいえ、か弱い少女には変わりない。

 俺を慕ってくれている、俺が全力で守るべき存在。


 喧嘩の素人とは言え俺は勇者で魔法障壁管理者。

 武器も防具も持っていなくても俺が死ぬ気になれば何とかなるかもしれない。


 でも、何とかなるかもしれない、ではダメなのだ。

 俺はともかくベルーナを危険な目に会わせるわけにはいかない。


 危険な目、だけで済むかどうか。

 こんなケダモノたちに捕まったら何をされるかわからない。

 おそらく俺が思い描いている薄い本以上の内容が行われるだろう。


 それだけは絶対に避けたい。

 いや、避けなくてはダメだ!!


 そして心を決めた俺は一声、勇ましい声を上げた!


「ベルーナ、逃げるよ!」

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