第50話 ベルーナの想い
この国では聞きなれない変わった口調でしゃべる若い女性。
そして、これまた風変わりな服を着ている。
華奢と思われる体の上に、だぶっとした、なにやらポケットがたくさん付いた服を着ている。
特徴的なのは服の袖口が着物のようになっており、中に暗器とか沢山仕込めそうな事だ。
「あら、お兄はんわかりはるの?
幼いころ祖母と暮らしてまして、口調が移ってしもたんどす」
祖母! もしかして京都からの異世界転生者!?
結構頻繁に異世界転生ってあるのかな?
それも昔から。
しかし、なるほど祖母か。
俺も元は関西人でそれなりに京都弁を聞く機会もあったけど、彼女のイントネーションは若干それと違う気もする。
詮索はしないが、ずっと一緒にいたわけじゃないんだろう。
それでも前世で親しみのある言葉を聞けるのは嬉しい。
整った顔立ちの細く切れ長の目をした女性。
その女性の小さな口から紡がれる言葉はまるで祝詞のようでもある。
「なるほど、そうですか。実は俺も京都には親戚がいましてね」
「あらそうなん? 奇遇やわぁ。
祖母から聞ぃただけなんどすが、京都はええとこなんでしょ?」
そうそう。京都はいいところなんだよ、何が良いかって言うと。
ん?
ベルーナが無言で俺の服を引っ張っているぞ。
京都談義で話が逸れてしまってたな。
「あの、それで何か御用ですか?」
「ああ、堪忍な。
お嬢ちゃんが街で買い物してるとこ見かけてな、気になってんよ。
なんせ相手が悪徳商人やさかい。
あの条件はさすがに子供でも引っかからへんやろ思うとったんやけど、ちょっと所用で目ぇ離しとった隙に買うてしまいはったさかい。
せやけど許しておくれやす。ちょっと手ぇ離せんかって、呼び止めれんかったんよ。
所用を終えてな、どないしても気になったんで、情報を集めてな、ここにいるって聞いたから、ご注意な、って伝えに来たんどすけど……」
なんてこった。やっぱり悪徳商人だったのか。
その悪徳商人がクレスタ帝国か他国とつながってるに違いない。
――どんっ
俺の後ろにいたベルーナが俺を押しのけて……そして女性を押しのけて階段を駆け上がって行く。
「ベルーナ!」
「あらぁ、もしかして余計な事を言いましたやろか」
「いや、すまない。教えてくれてありがとう」
俺は女性との会話を打ち切ってベルーナを追う。
ベルーナはずっと思いつめた顔をしていた。
必死に不正アクセスと戦っていた時には気づかなかったが、その後は終始俯いて体を震わせてもいた。
自分でも騙されたことに気づいていたのが、他者から改めて告げられたことにより抑えきれなくなってしまったのだろう。
くそっ、俺のバカ。もう少しうまいフォローが出来ていたら。
ご飯なんかじゃなくて、その場でケアするべきだったのに!
いや、そんなことは後だ。
今はベルーナを追わないと。
俺は螺旋階段を駆け上がり、日の光が差し込む入口を抜け、右を、左を見る。
どちらにもベルーナの姿はない。
若いだけあってすばやさはなかなかのものだ。
いや、俺が遅いのもあるけど、すばやさはなかなかのものだ。
どこに行ったんだベルーナ……。
俺は勘を信じて走り出す。
残念ながら彼女の姿は見つからなかった。
逆方向や他の場所も調べてみたが後の祭り。
ベルーナの行方を追うことはできなかった。
体力が切れて息が上がる俺。喉が痛い。
心臓の鼓動音が聞こえるかのようだ。
こんなに走ったのは久しぶり……じゃない。
転生してから結構走っている気がする。
主に命が危ない場面で。
そんなことは今どうでもいい。
ベルーナはいったいどこに……。
真面目な子だ。
それだけに自分の失敗を強く責めている可能性もある。
心の中でそれが回りに回って渦巻いて、良からぬ方向に進んでしまうかもしれない。
最悪の事態が頭をよぎり、俺の焦りも最高潮へと向かっている。
【情けないやつじゃのう。ほれ、あそこじゃよあそこ】
えっ、どこどこ? あ!
遠くにベルーナの姿を見つけた。
あれは俺とベルーナが再会した場所!
俺は一目散にその場へと向かった。
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そこは事務棟と王宮をつなぐ連絡通路の途中。
橋のようになったその通路は見晴らしも良く、遠くに城下町を望む景色も楽しめる。
そこでベルーナはベンチに座っており、両足を腕で抱えた体育座りで、膝の中に顔をうずめていた。
「ヒロさん……」
俺の気配に気づいたのか、膝の中から顔を少し出すベルーナ。
そして、もごもごとした声で俺の名前を呼んだのだ。
「はぁ……はぁ、……探したよベルーナ」
無事なベルーナを見つけて安心した俺は、その場で足を止めて切れた息を整えている。
そしてようやくひねり出した言葉がこれだ。
何とか心音が限界値から落ち着いた俺はベルーナに近づこうとする。
だがその瞬間、ベルーナがびくっと体を大きく震わせたため、そこで立ち止まった。
「私……最低です……」
「ベルーナ?」
どういうことだろう。
再び顔を膝の中へと隠したベルーナがポツリと呟いたその一言。
「私……ヒロさんの邪魔ばかりして……」
「そんなことな」
「駄目なんです!」
びっくりした。
俺の台詞をさえぎってベルーナが一際大きな声を出したのだ。
「ヒロさんにいいところを見せようと、褒めてもらおうと思って頑張った結果、結局何も出来ないままフラフラになってしまって……自分の仕事をヒロさんに押し付けてしまった挙句、それが負担になってヒロさんは倒れて入院してしまいました」
「それは、俺が」
「それに!」
うわわ、ちょっとベルーナ俺にもしゃべらせて欲しい。
「それに……私のせいで倒れてしまったヒロさんの代わりに、せめても買い物に行ってヒロさんの負担を減らそうと思ったのに……やっぱりヒロさんにほめて貰いたい、さすがはベルーナ、って言ってもらいたいと思ってしまって……子供でも引っかからないような詐欺に引っかかってしまって。
それも、あと一歩で機密情報を漏洩してしまうという大惨事になるようなことまで引き起こしてしまって……」
「ベルーナ……」
「どうして……どうしてこうなったの?
私はただ、ヒロさんに褒めて貰いたかっただけなのに。
ヒロさんと一緒に居たかっただけなのに……。
……やっぱり罰なんでしょうか。
昨日ヒロさんがハイネさんと仲良くしてるのを見て、ヒロさんを取られたくないって思ってしまいました。
私からヒロさんを取らないで……もう二度と私を置いていかないで……。
そんな自分勝手な思いでヒロさんにもハイネさんにも嫌な思いをさせてしまいました。
神様はそんな私に罰をお与えになったんですね……。
あそこでハイネさんとも協力して対応しておけば……、ヒロさんが倒れてしまわなかったかもしれない……。
ヒロさんが倒れた時、ヒロさんの傍にいて回復を待っていたら……、ヒロさんが一緒にいてくれたら悪徳商人に騙されなかったかもしれない……」
俺は無言でベルーナの話を聞き続ける。
内側から溢れ出すかのようにベルーナは自分の思いを口に出していく。
俺には窺い知ることが出来なかったベルーナの想い。
場面がちぐはぐで脳内で整理するのは大変だが、昨日からの自身の行為を悪とみなして自分を蔑んでいるのが伝わってくる。
「私が……私が…………」
そこでベルーナのセリフは止まってしまう。
頭の中で自分を責め続けているのだろう。
俺も若い時に似たようなことがあった。
ある仕事で大きなミスをした時、あの時こうすればよかったのに、あの時そうしていれば、とずっと自分を責めていた。
何をしたらよかったのかも、このあとどうすればよいのかの解決策もわからず、俺のせいで迷惑を被った上司に頭を下げ続けた。
元々仕事にも慣れず人間関係にも慣れずの状態で引き起こした大きなミス。
俺は最悪の事態まで考えたものだ。
だが俺はその時上司にかけられた言葉で救われ、その後の仕事についての考え方を大きく変えることになった。
まさに今、ベルーナはその時の俺と同じだと思う。
俺のエゴかもしれないけど、俺はあの時上司が俺を導いてくれたのと同じようにベルーナを導いてあげたい。




