第49話 市中引き回しの上、獄門レベルの情報です
『指令完了。魔法障壁管理者からのコードを完璧に実行できました』
「ちょ、ちょっと魔法障壁さん!? 無力化するだけでよかったんだよ?
爆破したら敵の事とか何をやられたとか調査出来ないじゃない!?」
『…………問題ありません。
敵からの攻撃や操作についてはすべて魔法障壁操作情報に記録があります』
ん、んー。珍しく回答まで間があったよ?
まあ記録があるならいいんだけど……。
「じゃあ何をやられたのか教えて」
『エレメンタルリンク値を表示します。
時刻は防衛開始時間を起点としています。
00:00:00 敵による魔法障壁へのアクセスが開始
00:00:13 敵、第一防御壁突破
00:02:01 敵、第二防御壁突破
00:04:48 敵、最終防御壁突破
00:04:54 敵、管理者権限を取得
00:04:55 敵、障壁内情報の検索を開始
00:07:02 敵からのアクセス遮断コード実行
00:07:03 敵からのアクセス遮断に成功
00:07:18 敵、アクセス遮断を無効化
00:07:23 敵、魔法障壁属性情報のコピーを開始
00:07:24 敵、魔法障壁展開情報のコピーを開始
00:07:28 敵、魔法障壁属性情報のコピーを完了
00:07:41 敵、マナライン通信を実行
00:07:56 敵、マナライン通信を再実行
00:08:11 敵、マナライン通信を再実行
00:08:26 敵、マナライン通信を再実行
00:08:38 敵に対し機器情報完全抹消を実行
00:08:42 敵防御壁突破
00:08:43 機器情報完全抹消により敵沈黙
00:08:45 自爆コマンド実行
00:08:49 敵消失により通信不能
以上となります』
魔法障壁さんの声と共に中央モニタに文字が映しだされる。
これは俺も読める文字。
おそらく日本語なのだが、こちらの世界では魔法障壁管理者専用文字と呼ばれていて、ベルーナにはこの文字は読めない。
ふむふむ、なるほど。
短時間のうちにこんな事をやらかしてたのかあいつめ。
コピーに、マナライン通信、マナライン通信、マナライン通信。
「んん? 魔法障壁さん、マナライン通信を何度も実行した記録があるけど?」
マナライン通信とは、遠くの場所と通信する機能らしい。
前に出張でミラーの街に行ったとき、ミラー支部のダイスンさんが言ってた。
テレビ電話なのか、音声通話なのか、メールなのか。
どんな通信方法なのかまでは知らないけど……。
『敵によるマナライン通信は全て失敗しているため、何度も繰り返し実行していると思われます』
なるほど。
確かダイスンさんは、ここしばらくミラーの街とファルナジーンでマナライン通信は出来ていないと言ってた。
「ファルナジーンではマナライン通信が出来ないらしいけど、それで失敗してると考えていいの?」
『現在障害が発生しており魔法障壁を用いたマナライン通信は実行できません』
どうやらそのようだ。
ログ、いや、エレメンタルリンク値によると魔法障壁属性情報をコピーし終えたのでどこかにマナライン通信でその情報を送ろうとしたが、不幸中の幸いで、通信が実行できず情報漏えいが起こらなかったというわけだ。
ダイスンさんも言っていたとおり魔法障壁の属性情報は魔法障壁の弱点といってもいい情報で、最上位の機密情報でもある。
火属性の魔法障壁はここに弱い部分がある、だから直してね、という情報は世界魔法障壁管理者協会から世界中の魔法障壁管理者に伝わっている。
そのため管理する魔法障壁が火属性であることを知られてしまうと、そこに弱い部分があると知られてしまうことと同じだからだ。
もちろんすぐに弱いところ、つまりホールを塞げば問題ないのだが、そうそううまくはいかないのはこの世界も地球でも同じだ。
あと気になるのは……。
「魔法障壁さん、魔法障壁展開情報ってなに?」
『魔法障壁展開情報とは、どの場所にどの種類の魔法障壁をいつ展開しているかという情報になります。つまりこの情報が外に漏れたら市中引き回しの上、獄門レベルの情報です』
うげげ、これもやばい情報か。
魔法障壁展開情報はコピーが完了する前に敵を消去できたけど、こんなに易々と機密情報にアクセスされるなんて……。
『魔法障壁は外からの攻撃には強固に構築されています。
そのため通常、内側には敵はいない想定のため、内側からの攻撃には少々弱くなっています。
もちろん内側からも強固に出来ますが、その場合は著しく利便性が損なわれることになります』
つまり、今回やたら早く防御壁が突破されたのも、内側に敵を入れてしまったからか。
13秒だよ、13秒。第一防御壁突破されるまで。
あんなに早いとトイレにも行けないし、寝てもいられない。
まあ寝てても警報音で起こされるんだけどね。
とりあえずエレメンタルリンク値を見る限り、今回はギリギリセーフで情報漏洩していないようだ。
「何とかなったねベルーナ。漏洩は未然に防げたよ」
ほっと一息つく俺。
麗しの女神ベルーナの姿を見て癒されよう。
魔法障壁管理者には平常心が求められるのだ。
「ベルーナ?」
ベルーナからの反応がない。
よく見ると悲痛な表情を浮かべたままうつむいている。
『マナライン通信の情報を開示します。
通信元:ファルナジーン祭壇の間
通信先:クレスタ帝国領アルバス』
え、魔法障壁さん唐突に何? 送信先情報?
そう言えば忘れていた……。
何とか攻撃を防ぎ切ったことに安心して、敵の正体を突き止めることをしてなかった。
さすがは魔法障壁さん。管理者サポート満足度No1(当部局調べ)だけのことはある。
んー、なになに?
俺は中央モニタに映し出された情報に目を通す。
決して唐突な魔法障壁さんの声を聴き洩らしてしまったという訳ではない。
「通信をクレスタ帝国領に送るってことは、この機器を送り込んだのはクレスタ帝国の者ってこと?」
エレメンタルリンク値を見る限り、人が遠隔から操作したのではなく、マナボックスに組み込まれた自動プログラムが事を起こしていると推測できる。
直接データを取得するのではなく、わざわざ通信で送ろうとしていたのがそれを物語っている。
『断言はできません。クレスタ帝国に罪を擦り付けるための工作の可能性もあります』
どちらにせよ、他国が関与していることには間違いないだろう。
企業だったらライバル会社から攻撃を受けたことになるので、上に報告を上げないといけないんだけど。
――ぐぐーっ
空気を読まない俺の腹の虫。
そういえば飲まず食わずだった。きっとベルーナも同じに違いない。
「おなか減ったね。ご飯食べに行こうかベルーナ。
今回の報告を軍に上げるかどうかは後で考えよう」
ちなみに普通は上司とご飯などまっぴら御免、ご飯に誘うなどセクハラだ!
と言われるところだ。
もちろん俺もそれを知っているので、最初は一人で食堂まで行っていたのだが、ベルーナは「食堂ですか? ご一緒してもいいですか?」と自身の弁当を持ってきてるにも関わらず俺についてきてくれるのだ。
つまり、これは上からの圧力やセクハラではなく、ベルーナちゃんまじ天使案件なだけだ。
んん? ベルーナ?
いつもならルンルンで準備をしているはずだけど……。
ベルーナはカタカタと小刻みに体を震わせて無言で立ち尽くしている。
「ベルーナ?」
「は、はい……」
よかった、反応してくれた。
さすがに大事があった後だから食事ものどを通らないのかもしれない。
だとしたらなおさら気分転換は必要だ。
俺はベルーナを連れ立って祭壇の間を出る。
「あのぅ、どなたかおりませんか?」
地上へ続く螺旋階段の方から声が聞こえる。
はいはーい、と返事して声の主の下へと向かう。
この魔法障壁管理部に入ることが出来るのは選ばれた者か、選ばれた者に連れ立って入るしかないのだ。
どういう仕組みかは知らないが、機密情報を保有する職場としては当たり前のことだ。
この声の主は、つまりは関係者以外が入れるギリギリの所から声をかけているのだろう。
「およびたてして、えろうすんまへん」
階段にいたのはこの世界では聞きなれないイントネーションのしゃべり方をする女性。
でもこのしゃべり方は、聞いたことがある。
「京都弁?」