第47話 私のすごい交渉術
「ヒロさん?」
指で涙をぬぐったベルーナは、疑問符を浮かべながらこちらを見ている。
「い、や、その後ろ……」
「ああ、この方達はムキムキ輸送便の方達ですよ」
う、うん? ムキムキ輸送便?
背の高いパンツ一丁の男達。
それぞれが鍛え上げられたムキムキの筋肉を持っており、こんがりと日焼けしているし、そしてテカってもいる。
股間に輝くブーメランパンツが一層それを際立たせている。
それに3人とも両脇には大きな箱を抱えている。
つまりは、このマッスルで運送業してるってこと?
でもなんでパンツ一丁なの?
ていうか、その、素肌に直接持ち運ぶ方法だと荷物に脇汗とかテカりとかついちゃうよね!?
「え、えっとベルーナ……」
俺はベルーナに説明を求める。
「はい、ヒロさん。ふふふ、実はですね!」
あ、ベルーナに笑顔が戻った。というか、これはドヤ顔だ。
でも可愛い子は何をやっても可愛いのでいい。
ドヤ顔もほっこりしちゃう。
「お嬢、ここが終着点ですかい?」
うわ、びっくりした。マッスルが話しかけてきた!
「あ、すみません。もう少し行ったところです。
ヒロさん、道すがらお話しますね」
そういう流れで俺はベルーナとムキムキのマッチョ3人と一緒に城内を歩くことになった。
でも意外なことは、これだけ歪な光景なのに誰も気に留めてはいないのだ。
つまり、よく見られる光景ってこと?
異世界ってのは奥が深いね。
「ヒロさんが勝ち取ってくださった金貨150枚ですね、これは領域統制中核機1台分の金額なのですが、な、なんと、私のすごい交渉術の結果、金貨150枚で6台も売ってくれたのです!」
え゛っ!?
今なんて? 1台分の金額で6台売ってくれたって?
「私もヒロさんのお役に立てるように頑張りました!
6台もあれば壊れたマナボックスはすべて交換できますよ!」
ちょ、ちょっとベルーナさん?
「あ、不良品つかまされたんじゃないかって思ってますね?
大丈夫です。その場で全部起動するところまで確認しました。
故障品でも不良品でもありません」
そ、そうなのか。とはいえ、そんなうまい話が転がっているはずが……。
「それで店長さんがですね、6台も買ってくれたサービスだ、って言ってムキムキ輸送便までつけてくれたんです。1台でも重いものなので、6台もどうやって持って帰ろうかと思ったので本当に助かりました」
うん。まあいいか。
不良品でも無いみたいだし、在庫一掃セールなんだろう。
それにベルーナが俺のためにと頑張ってくれたんだ。
その気持ちが素直に嬉しい。
「ありがとうベルーナ。よくやってくれたね」
「はい! お役に立てて嬉しいです!」
俺の言葉に満面の笑みを浮かべるベルーナ。
もしベルーナにしっぽがあったら音が出るくらいぶんぶんと振っていることだろう。
ムキムキ輸送便の3人を連れ立って王宮内に入る。
小荷物専用自動昇降装置の入り口は王宮内にあるからだ。
メイド達が俺達の横をすれ違うが、だれもパンツ一丁の男の姿に見向きもしない。
うん。パンツのマッチョは普通の光景なんだ。
俺だけが気にしているだけか……。
どうせならビキニのお姉ちゃんならいいのに。
などと思ったが、力仕事なのでムキムキの女性ボディービルダーになるんだろうなと思ったところで昇降装置入口に辿り着いた。
次回もご利用よろしくお願いします、と礼儀正しく受け答えをして帰って行ったマッチョ達。
うん。礼儀正しくて好印象だ。姿はともかく。
俺も何かあったら使ってみようかな?
俺とベルーナはマッチョ達を見送り、地下の魔法障壁管理部へと昇降装置を下ろすと、二人して王宮内を引き返し職場へと戻るのであった。
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事務室に戻ってきた俺達。
昇降装置の地下入り口から6台のマナボックスを台車にのせてえっちらおっちら運んできたところだ。
「じゃあベルーナ、まずはこれの初期設定だよね」
昨日教わったマナボックスの初期設定だ。
かなりめんどくさかったあの作業を6台分。
そう思うと、ちょっとげんなりする。
「ふふーん、ヒロさん。実はですね、もう初期設定済みなのですよ!
なんと店長さんが初期設定をすでに済ませているという逸品なのです」
ほほう? 店長さんが自らとな。
相当暇なのかどうか。あの作業を6台となると丸2日はかかりそうなものを。
あ、でも6台並行作業をすれば1日もかからないのか。
「ですが、設定の最後は残念ながら私達で行わなくてはいけません。
機密情報ですから漏らしてはいけないのです」
「最後の設定というと、あれでしょベルーナ。
突起物差し込むやつ」
「そうです流石ヒロさんです。
魔法力充填領域にマナを引き込むための大切な設定です」
俺も学習している。エリート魔法障壁管理者として着々と力をつけているってことだ。
「あ、そうだベルーナ。まずは経理部のマナボックスを交換しないといけないんだ。
あの金貨150枚はそういう約束でもらったんだよ」
「わかりました。じゃあ1台目は経理部の設定をしましょう」
テキパキと業務引継書を見ながら正しい位置に突起物を刺し込んでいく。
「それじゃあ試しに起動してみましょう。電源ONです」
側面にある丸いボタンを押すと、数秒ほど唸るような音が聞こえ、あとは静かな駆動音となる。
「マナの流れは、と」
――ギャララァァァ、ギャララァァァ
ベルーナが設定を確認しようとした矢先、部屋中に響き渡る警報音と激しく回転する赤いライトが緊急事態を伝えた。
いつもの警報音よりもなお甲高い音が鳴り響く。
俺がここに着任してから初めて聞く警報音だ。
「えっ、えっ、どういうことなの?」
オロオロと左右を見回し、事態を呑み込めていない様子のベルーナ。
いや俺だって呑み込めてないよ?
<<魔法障壁に対する不正なアクセスを検知しました。
場所は魔法障壁管理部祭壇の間です。
第一防御壁を突破されました。
引き続き侵入に対する防御を行います。
魔法障壁管理者は速やかに対処を行ってください>>
んんん? 不正アクセス?!
すかさず機械音声が流れ出す。
いつもの魔法障壁さんとは違う声。
「ベルーナ、第一防御壁を突破されたってなんのこと?!
防壁って言うからには突破されたらやばいやつなんだよね?!」
「そ、その通りです。ヒロさん! 見てくださいこれ!」
ベルーナが部屋の中央モニタを指し示す。
中央モニタには、この世界の文字と、そして赤と黒とに色分けされた図が表示されている。
見てと言われて見たものの、何が表示されているのかが解らない。
なにぶん俺はこの世界の文字が読めないのだ。
「あわわわわ、もうすぐ第二防壁が突破されてしまいます!」
「ベルーナ落ち着いて、何が起こってるの?」
「は、はい。この画面は魔法障壁を簡単に表したもので、左から最終防御壁、第二防御壁、第一防御壁となっています。
すでに第一防御壁は全体が赤くなって突破されたことを示しています。
第二防御壁も黒の割合よりも赤の割合が多くなってきています。
今まさに第二防御壁が侵食されていることが示されています。
最終防御壁まで真っ赤に染まった時、魔法障壁内への完全な侵入を許してしまうことになります!」
今まで読めなかったこの世界の文字が、ベルーナの説明によって読めるようになる。
なるほど黒が正常な状態の防御壁で、あの右からじわじわ範囲を広げている赤いのが不正なアクセスってことか。
って、まずいんじゃないの?
かなりのスピードで赤色が広がってるよ?
魔法障壁ってこんなに早く突破されるものなの?
こんなんじゃ、ちょっとトイレに行ってる間にアクセスされたら気づく間もなく突破されてしまうぞ!
「ベルーナ、どうしたら!」
「不正なアクセスを行ってる原因を排除できれば、後は修復でなんとかなります!」
「場所は祭壇の間で、このタイミングで不正アクセスされているというと、原因は……」
俺とベルーナの視線が背後に集中する。
こ、これだー!
今設定してたマナボックスだー!!!!
警報音の表現を修正しました。
いつもとは違う警報音だと強調しました。