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第40話 誰がおっさんの趣味に興味を持つのか

「でも、こぼれたあれスムージーなんです……」


 す、スムージーなんていうオシャレ飲み物がこの世界にもあったのか。

 ベルーナは若い女子だからオシャレ飲み物は嗜みのようなものかもしれない。


 ちなみに俺はおっさんだけどスムージーは好きだ。

 いいよね、好きなものは人それぞれだし!


 そんなわけで部屋の中にスムージーがあっても不思議ではない状態なんだが、スムージーならなおさら中までねっとねとになってしまって使い物にならないだろう。


 万が一という希望を胸に、とりあえず領域統制中核機マナボックスの上にこぼれたスムージーをふき取る。

 辺りに甘い匂いが立ち込める。

 色的には緑色だから野菜が入ってるはずだな。

 野菜と果物のスムージーかな。


 そんな俺の様子を涙目で見つめるベルーナ。

 スムージーなら買ってあげるからそんな悲しそうにしないで。


 表面のスムージーをふき取ることに成功する。

 若干ぬめりが残っている気もするが、これなら開けて中を見ても大丈夫だろう。


 マナボックスの外装を取り外して中を見てみる。

 複数のパーツがケーブルで繋がって組み合わさっているパソコンとは異なり、その中身は一枚の板状の物体だった。

 ただ、いくつもの部品がパズルのピースのようにきちんとはまり一枚板を形成しているのだ。

 これが魔法機器の中身か。


「どうですかヒロさん……」


 中を見ても何の反応もないのが気になったのか、ベルーナが問いかけてくる。


 緑色の物体が一枚板に付着している。

 大部分は外装で遮られていたようだが、残念ながら隙間からスムージーが入り込んでいたようだ。


 俺はだめだったと首を横に振った。


「あうう……私がつまらない意地を張らなければ……。

 こんな高い機器買うお金なんか到底……」


 ベルーナが小声で何かをつぶやいた。

 あまりにも小さな声で、前半は聞き取れなかった。


 確かにうちの魔法障壁管理部は鉛筆一本を買うのにも困窮する貧乏部局だ。

 こんな機器を買う余裕は無いだろう。

 でも実際これいくらくらいするんだ?


 俺は予備機が納められていた箱の中に領収書が入っていることに気づき、金額を確かめてみる。


「ぶぶっ!」


 き、金貨150枚!?


 吹き出してしまった。

 ミステリアスな男を目指す俺としてはあるまじきことだ。

 かっこ悪い音をたてたけど、幸いなことにベルーナには気づかれなかったようだ。


 それにしても150枚とは。

 金貨1枚が1万円程度なので、150万円の計算だ。


「…………」 


 目に少しの涙を溜めたベルーナが俺を見上げる。

 その仕草に俺の心臓はどきっとした。

 心臓の鼓動が速まるのを感じる。


 だが情けないことに、俺にはベルーナに掛ける言葉がみつからない。

 ここで口から生まれてきたようなチャラ男だったら、クサいセリフを連発し、悲しみに暮れている女性の心の隙間を突くという悪の所業(許せん!)を行っているに違いないが、生憎俺はコミュ障手前のおっさん。


 そんな考えが俺の表情に出ていたのかもしれない。

 ベルーナは俺から視線を外した。


 気まずい沈黙が辺りを包む。


 だ、だめだ。何か言わないと。

 フォローフォロー。

 そういえば俺もこんな時があったな……。


 その時は確か。


「ヒロさん!」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 びっくりした。いきなりベルーナが大声を出したもんだから、返事がどもってしまった。

 なんか、最近いつもこんなんじゃないか俺。


「怒って……いますよね?」


 ちらりとこちらを見上げるベルーナ。

 かけている眼鏡の隙間から恐る恐るといった視線を俺に向けている。


「い、いや、そんなことはないよ」


 ベルーナの姿に動悸が治まらないとはいえ、いったい何だこのセリフは。

 ここはガツンと、ベルーナにスムージーがかからなくてよかった、って言う所だろ!


「そ、それよりもベルーナ、この後どうしたらいいかな。

 代わりの機器はもう無いし」


 って、なんで仕事の話しとんじゃーい!

 日常会話と言えば天気の話しか出来ないヘタレなのかよ、俺!

 しかも仕事の話は仕事の話でも、どうしたらいいのかを傷心中の部下に尋ねるとかどこの無能だよ!


 あ、ベルーナが信じられないものを見る表情してる。

 これは人間として、上司としての何かを失った感じだわ……。


「ヒロさん!」


「ひゃいっ!」


 今日何回目かのやり取り。


 ベルーナからどんな罵声が来ても俺は受け止める。男の子だから。

 そして心は折れる。


「それですよヒロさん。代わりの機器です」


「へっ?」


「壊れた機器です」


「水かけたやつ?」


「いえ、もっと前に交換した機器です。

 もしかして師匠が交換した調子が悪いだけの機器が残ってるかもしれません。

 水をかけたりして物理的に壊れた機器ならどうしようもありませんが、設定がおかしいだけとかいう機器なら何とか直せるかもしれません!」


 な、なんだ……あのベルーナの表情は俺を見放した表情じゃなかったのね。

 ちょっと安心した。そうだよね、天使ベルーナの愛は無限だよね。


 そしてそして、なるほどさすがはベルーナ先生。

 わずかなヒントからそこに辿り着くとは。


 ふんす、と鼻から息を吐きだしドヤ顔をしているベルーナ先生。

 よかった、どうやら立ち直ってくれた。

 ちょっと気合が入りすぎな気もするけど。


 それから俺とベルーナは再び倉庫へと向かった。

 そして中からいくつかの使えそうな機器を発見したのだ。


 俺と言えば、私がやりますといわんばかりのベルーナの後ろをついて回る事しか出来なかった。


「古そうな型ですが、物理的に壊れてなさそうですね。

 直せるかどうか試してみますね。」


――ヴィーム、ヴィーム


 よろしく頼む、と言いかけた瞬間、けたたましいサイレンが辺りに鳴り響いた。


 今度はなんだよ、もう忙しいんだから許して欲しい。


 事務室(祭壇の間)に戻り、すぐさま原因を確認する。


「これは、3か所……。どれも同じ反応です。朝の女子更衣室と」


「つまり、マナボックスが壊れかかっている?」


「そうなります。でもなんで3か所も一気に……」


 3つとも全部同じ型番で同じ生産ラインで作られたものだとしたら一度に壊れることもあるだろうけど。


「もしかして女子更衣室のマナボックスを取り除いたのが原因なのかも……。

 魔法障壁を循環するマナの流れが変わって、他の機器に負担をかけてるのかもしれないです」


 ってことは、間接的に俺が原因!?


 なんてこった……ここで汚名を返上しないと……。

 機器は壊すわ、部下とのコミュニケーションは取れないわ、仕事は出来ないわというダメ上司の汚名を!


「ベルーナはここに残ってさっき倉庫で見つけた機器を使えるようにしておいてくれ。

 もし直せれば女子更衣室に設置することで他の3個の機器の調子も戻るかもしれない。

 俺は現地でマナボックスの状態を見てくる」


 き、決まった!

 できる上司の指示が決まったぞ!


「わ、わかりました。元と言えば私の醜い心が原因です。

 それにスムージーなんか買わなければ、あと、あと……。

 むむむ、ヒロさんのご期待に応えて見せます!」


「あ、ああ?」


 ベルーナが原因?

 違うよ、俺が悪いんだよ?


 だけど、なんかすごく気合が入ってる様子のベルーナ。


 悲しみの表情のベルーナも可愛かったけど、気合の入っているベルーナもまた可愛い。

 あ、でも悲しみのベルーナは凄く良かったな。

 なんというかこう庇護欲をかきたてられるというか。

 俺ってそんな趣味あったのかな。


 って、だれがおっさんの趣味の話に興味をもつんだ。

 はい、やめやめ、俺はナイスガイ。


 悲しみに暮れる部下の心を癒すナイスガイだ!

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