第4話 やっぱり危険な異世界法廷
「おい、起きろ」
ん、うーん。なんだ、うるさいな。
そんな大きな声を出すなよ、近所迷惑を考えろよな。
「おい、お前、起きろ」
非常識なやつだな。
そもそも、なんで男の声がするんだよ。
俺はもうちょっと寝てたいんだ。
仕事まではまだ時間があるだろ。
「うーん、あと5分。星座占いが始まるまでは寝かせてくれよ」
俺はぎりぎりまで寝る派。
いつもテレビで星座占いを見てから準備を始めて、朝食をかきこんで出勤するのだ。
「おいお前、寝ぼけてるんじゃないぞ」
ん、しつこいな。お前さんは何者だよ。
……。
って、思い出したー!
俺はがばっと身を起こす。が、両手にはめられた手枷のせいでバランスを崩してまた床に伏せることになった。
その状態で、おそるおそる声の主を見る。
「お、おはようございます。その、お元気ですか?」
声の主は牢屋番の兵士さん。
その顔は鬼の形相をしている。
「お元気ですか、じゃない。不機嫌だ。お前がさっさと起きないから不機嫌だ」
で、ですよねー。
すいません。寝ぼけてしまったもので。
「あ、あの。いったい何が」
「出ろ。処分が言い渡される」
えっ、朝っぱらから処分?
ちょっとまって、捕まった夜の次の朝だよ、丁寧な議論行ってないよね?
「あ、あの、朝っぱらから処分ですか、その、もうちょっと議論をですね」
「何を言ってるんだ。今はもう昼だ」
あ、そうですか。
すいません。俺が寝坊したんですね。
「いいからさっさと出ろ」
牢の鍵が開けられ、そこから引っ張りだされる。
ちなみに、昨日牢についた時点で足枷が追加されている。
鉄球つきの鎖のやつだ。
これじゃあ、どんなスポーツマンでも逃げられないね。
・
・
牢のある地下から階段を上がり地上へと出る。
眩しく輝く太陽の光を浴びた俺。
この世界の初太陽だが、日本と違って日差しがきつ目だ。
そんな俺の前後には兵士が一人ずつ付いている。
もちろん俺は手枷足枷の上、体に括りつけられた紐でしっかりと逃走を防止されている。
いや、別に逃げませんから。腕に自信なんて無いですから。
「あの、どこに行くんですか」
「黙って歩け」
取り付く島も無い。
「ほらここだ、入れ」
城内を少し歩いた後、連行されたのはとある建物だった。
建物の中はざわついているようだ。多くの人がいる気配がする。
まさか、公開処刑ですか?
処刑するならせめてひっそりと苦しまないようにお願いします……。
兵士が扉を開けると、そこは大きなドームのようになっていた。
天井は高く、バレーボールを打ち上げても届かないくらいだ。
2階部分は観覧席なのだろうか。段々畑のように座席が設置されている。
「おい、立ち止まるな。中に入れ」
兵士に急かされる。
ちょっと、槍の柄で突かないで。
行きます、行きますから。
建物の内部に足を踏み入れる。
俺が立っているのは1階部分。何もないまっ平な床が目に映る。
1階の壁は2階部分に近づくにつれて反り返っている。ねずみ返しっていうの?
1階から2階に侵入できないような造りになっているわけだ。
もちろん1階の壁に窓など無い。
2階席の正面中央には立派な机が置かれており、そこには白い眉毛とひげかくっ付きそうに長い老人が座っている。
もしかして、ここはこの世界の法廷じゃないか?
中央のひげの人が裁判官だろ。
だとしたら、観覧席に座っている人たちは何者だ。傍聴人か?
それに。明らかにカタギでない人たちが混じっている。
だって、軍服らしきものを着こんでいるのだ。
軍服らしいものを着込んだ集団は2か所に分かれている。向かって右と向かって左だ。
ま、まあ、あの人たちも裁判には必要なんだろう。
「そのまま進め。中央までだ」
言われるがままに中央まで進んだ。
中央から見るとよくわかるが、2階席はここを中心にぐるり一周ある。
後方の席にも一般の人の中に軍服の一団が鎮座していた。
「やれ」
どこからか男の声が聞こえた。
やれって何? 何をやるの?
ん?
なんか、上から、頭上から!?
鉄の塊みたいなのが落ちてくる、お、押しつぶされる!
処刑、処刑なの? 公開処刑なの?
「ひぃぃ」
無意識に腕で顔を守るが、恐怖に堪え切れず目を瞑ってしまった。
質量のある物質が床と接触した音がする。
でも、痛みはないぞ、即死か?
恐る恐る俺は目を開いてみる。
目の前には鉄格子。
見回してみると、俺の四方、そして頭上は鉄格子に覆われていた。
落ちてきたのは大きな檻というわけだ。
ふう、とりあえずセーフだ。なんとか生き延びた。
なんでまたこんな大掛かりな仕掛けをしてあるんだ?
最初から中央に檻を作っておけばいいのに。
冷静な俺。
別に檻が上から降ってこようと置いてあろうと、今後の展開に大差はないんだが。
ぎぎぎぎ、と俺が建物に入ってきた扉が閉められる。
逃げ道は無くなった。
そもそも檻の中なので逃げ道なんかないんだけどな。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
と言いたいところだが、鬼も蛇もこまるので、天使とか女神を希望します!
そんなことを考えている矢先、2階席にいた軍服の一団が一斉に立ち上がった。
そして、あれは……。
銃だ!
あまり詳しくないが、マスケット銃っていうやつかな。昔のヨーロッパで使われていたような銃。
それでいて、全員が銃口を俺に向けているぞ。
これは、処刑だ。処刑タイムだよ。
鬼も蛇も出たよ。ああ、短い異世界転生ライフだった。
次の世界ではチートハーレムを……。
「それでは審問を始める」
へ? 審問?
即処刑じゃないのね。セーフ。
こちらの弁論の余地があるのならなんとか乗り切ってみせるぜ。
「そのほう、名前を名乗るがよい」
2階中央に坐した眉毛ひげの老人が俺に呼びかける。
「おおさか ひろ と言います」
名字と名前の間に一呼吸入れて発言する。
いらぬ誤解は生みたくない。
「よかろう。オオサカ=ヒロよ。ここでの証言は嘘偽りなく行うこと。虚偽答弁とみなした場合は、有無を言わさず射殺する」
しゃ、射殺?
ちょっとまって、虚偽答弁とみなした場合は射殺だって?
あの軍人さんは射殺要員か!
いやそれよりも、虚偽答弁とみなすって、どの基準で判断するの?
一つ間違った答弁したら即死ってこと?
俺はごくりと唾をのみこんだ。
「それでは。嘆願書によると、お主は昨夜、襲撃してきたクレスタ帝国の暗殺者を参考人と共に撃退したとある。これは事実か?」
嘆願書? 参考人?
何の事かはよく分らないけど、暗殺者を名乗る女を撃退したことは間違いない。
ここはYesだ。
「はい。間違いありません」
俺は堂々と返事をする。
いや、返事をしたつもり。
ちょっと声が裏返ってたかもしれないが。
「ふむ……」
じいさんが無言になる。
え、事実だよ、嘘は言ってないよ。これでアウトにはならないよね。
「参考人レオナルド、お主からの調書では、侵入者を証明する証拠は無かったとあるが?」
「はい、そのとおりです。私が調査したところ、その痕跡はありませんでした」
向かって左側の観覧席に座っていた一人の男。
その男がすっと立ち上がって答えた。
彼が参考人?
参考人と一緒に撃退したって、じいさんさっき言ってなかった?
もしかしてでっち上げ裁判なのこれ!?
最初っから処刑ありき!?
「審問官! 発言の許可を」
ん? 聞いたことのある声が。
「よかろう参考人ベルーナ。発言を許可する」
「ありがとうございます」
向かって右側の観覧席に座っていた少女が立ち上がる。
あの子は、
「ベルーナ!?」
思わず叫んでいた。
この地獄に咲いた一輪の花。
ああ、ベルーナ。
なんて心安らぐお姿なんだ。女神だ。女神に違いない。
「回答時以外の私語はつつしみなさい。死が近づきますよ」
髭の老人にしっ責された。
がしゃりという音が聞こえ、銃口が再度こちらを狙っている。
でも、そんなことは些細なことだ。
右も左もわからないこの世界で唯一信じられるのはあの子だけだ。
階上のベルーナと目が合った。
なにもしゃべってはくれなかったが、私に任せてください、という思いを感じた気がする。
「審問官。私が嘆願書に書いたことは事実です」
ああ、やっぱり君が嘆願書を出してくれたんだ。
参考人と共にって言ってた参考人はあっちの男じゃなくて君だったんだね。
なんか嬉しい。胸がいっぱいになって込み上げてくる。
これが恋?
「確かに私たちは侵入者を撃退しましたが、侵入者はアサシン。痕跡を残すとは思えません」
「ふむ。それでは事実かどうかは判断がつかぬが。証拠が無いのならお主の言い分は分が悪いと言わざるを得ない」
「証拠ならあります。魔法障壁のエレメンタルリンク値の変化を見ていただければ」
「ふむ、その変化とやらを見せてみよ」
「それは、その、ここに持参できるものではなく……」
ベルーナの歯切れが悪くなった。
がんばってベルーナちゃん。
俺を救えるのは、もはや君だけだ。
「ふむ……」
再び審問官のじいちゃんが黙り込む。
「よかろう。その点は後に確認する。次の質問に移る」
ベルーナとレオナルドとやらが着席する。
なんとか一山乗り切ったというところか。
「それでは、オオサカ=ヒロよ。お主は、参考人レオナルドからの身分証提示要求に対し、身分証を提示できなかったという調書があがってきている。それは正しいか?」
レオナルドからの身分証提示要求?
まさかレオナルドってのは昨日の兵士のことか。
いや、確かに身分証は提示できなかったけどさ。
それをはいそうです、というと明らかに不法侵入だよな。
でも、違うって答えた場合、虚偽答弁でそこで命が終わるかもしれない。
ぬぬぬ、どうしたらいいんだ。
でも、嘘ついて即死はカッコ悪い。
なによりベルーナの前だ。
「はい。正しいです。俺は身分証を提示できませんでした」
会場内が一瞬ざわつく。
犯人が犯行を認めたようなもんだからな。
「ふむ。ではなぜ提示できなかったのかね」
なぜ、ときたか。
ごまかしてもいいが、虚偽判定がどの程度でされるのかわからない。
正直に話す方が無難かな。
でも、異世界転生してきたなんて、分かってもらえるんだろうか……。
「理由は、私が身分証を持っていなかったからです。なぜ持っていないのに城内にいたかと言うと、異世界転生した先がこの城内だったからです」
「……。異世界転生とは何かね」
少しの間をおいて、じいさんから追加の質問がきた。
とりあえずは真実を話しているとわかってもらえたのだろうか。
「異世界転生とは、死んだ後、別の世界で生まれ変わることです。私は別の世界で死んで、この世界に転生したのです」
会場内がまたざわつく。
「べ、別の世界じゃと、魔界か、こやつ魔族じゃ。撃て、撃ち殺せ!!」
え、ええっ、何? 急に何なの?
あの爺ちゃん逆上してるよ。理知的だと思ったのに!
何? いったい何がだめだったんだ?
「ちょ、ちょっと待ってください」
待って待って、弁明を聞いてくれ。
「うるさい。魔族の言うことなど聞く耳持たぬ。ファーラ部隊長、やれ、撃ち殺せ」
「はっ。全員構えろ。相手は魔族だ、遠慮はいらん。撃ち殺せ」
ファーラ部隊長と呼ばれた女性が部下に合図をする。
やばい、これは本気だ。
まじ、まじで、どうしたら。
どうしようもないのか。この檻の中で銃弾の嵐に散るのか。