第39話 地味な作業には色気も何もない(失意)
切り札!
つまりそれはどんな絶望的な状況からも一発逆転できる夢の手札。
こちらにとどめを刺す直前のドヤ顔の敵に、残念だったな、というニヤリとした笑みを浮かべた後華麗に逆転する素敵展開の事だな!
一体どんな切り札なんだろうか。
もしかして高度な魔法で壊れる前の状態まで戻すとか、はたまたこの魔法障壁管理部のまだ見ぬ部屋は、さながらジオ〇驚異のメカニズムみたいな工場になっていて、たくさんのアームで自動的に修理してくれるとかいう感じだろうか。
なぜ男の子は切り札という言葉にこんなに惹かれるのだろうか。
切り札はこちらですよ、とベルーナがとある一室に案内する。
これは驚異のメカニズムパターンだな!
「師匠ノートにはこう書かれています。
『かの地に眠る主となる漆黒の楔が綻びし時、この地を訪ねよ。そこでお前は輝き満るかつての楔と出会うだろう』、と。
私はこの謎を解き明かしました!」
いや、何度も言うけど師匠ノートは業務マニュアルだからね。
解き明かすとかそういう類のものじゃないから。
あ、でも俺も経験ある。
退職した人が作ったマニュアル読むと、大筋は説明されててわかるけどそれをするのに必要な物がどこにあるかとか書かれてなかったりするんだよな。
退職してるからそれを聞けないし、自分で探すしかない。
つまりは謎を解き明かすことと同じなのかも。
まあ今回はベルーナが謎を解いてくれたということだから、俺のハイパー虹色文系脳細胞を使って謎解きをする必要は無いだろう。
施錠されている扉を開け、中へと入るベルーナ。
かなり広い部屋の様だ。
地下にあるとはいえ、この魔法障壁管理部はかつての儀式的な場所を改修した場所なので規模が大きい。
魔力灯のスイッチがONになり、その部屋の全景が明らかになった。
こ、これは……。
物、物、物。
何に使うのかよく分からない機械たちが山のように積まれている。
倉庫、だよね?
脅威のメカニズムじゃなくて、ただの倉庫だよね?
『そこでお前は輝き満るかつての楔と出会うだろう』
あ、分かった。これは……。
「べ、ベルーナ。もしかして」
ベルーナと答え合わせをする。
「はい、ヒロさん。
さすがですね、ヒロさんもお分かりになりましたか。
そうです、ここに未使用の領域統制中核機が保管されているというわけです!」
さすがヒロさんです、でも私もそれに気づきましたよ、ふんす。
という可愛い表情を浮かべるベルーナ
うん。ベルーナは凄いよ。知ってるよ。
いつもありがとうね。
でもそうか、代替品ね……。
いいんだ、俺が勝手に期待しただけなんだ。
俺が勝手に……。
「ヒロさん?
ぼーっとされてますが、どうかされましたか?」
ベルーナの問いかけに我に返る。
ほっ、どうやら落胆が顔には出てはいなかったようだ。
落胆なんていい印象は与えないからな。
俺はなんでもないよ、と手をひらひらさせる。
考えがすぐに表情に出てしまうようでは、俺の目指すミステリアスなナイスガイにはなれないからな。自重自重。
そうですか? と半ば俺の行動に疑問を挟みながらも説明を再開するベルーナ。
「答えは分かったのですが、肝心のものがこの倉庫のどこにあるのかは手探りで探すしかありません」
この物の山から見つけ出すのか。
俺は生前にも同じような光景を見たことがある。
これは倉庫あるあるだ。
いらない物でもまた必要になるかもしれないから倉庫にしまっておく。
捨てていいものか判断がつかないのでとりあえず倉庫にしまっておく。
そして担当が代わりに代わって謎の物体が倉庫に山積みになるというやつだ。
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この後結構な時間を費やして一つの箱を発見した。
特にベルーナとキャッキャウフフするイベントは発生しなかったので説明は割愛するぜ!
そしてようやく発見した箱の、宝の箱の、開封イベントだ!
中に何が入っているのかはわかっているのだが、あまりに地味な作業なのでテンションを上げて行く。
実際は、中には1台の機器が入っているだけだった。
水浸しの機器と同じ大きさ、同じ形のマナボックスだ。
これは見紛うこともない同型機だな。
「師匠ノートによると予備はこの1台しかありません。大切に使いましょう」
え、さらっと言ったけど、それ重要な情報だよね?
つまり、ベルーナが言ってた切り札は、最後の一台ってことだったのね。
じっちゃん、謎は解けたよ。
「それではヒロさん、マナボックスの設定をお教えしますので予備機で一緒にやってみましょう」
そういえば、口調がベルーナ先生じゃなくいつものベルーナに戻ってる。
よかった、機嫌が直ったんだな。
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設定はめんどくさかった。そして長かった。
そのため割愛するぞ。
またかと言われても困るので簡単に説明しておく。
つまり一言で言うと、俺はベルーナと一緒にマナボックスの設定を行った、だ。
「それではヒロさん、最後にこれを挿し込んで完了です」
え、まだ終わってなかったの?
でもこれで最後か。
最後はというと、マナボックスに空いてある穴に突起物を挿すか。
俺は取っているメモの最後に、これで終了、と付け足した。
その少し上には、これで終了と書いたものに線を引いて汚くなった部分がある。
「この突起物は、魔法障壁に循環するマナの流れを魔法力充填領域内に引き込む役割をするもので、領域統制中核機にとって重要なパーツなのです」
ふむふむ。重要な突起、と。
ああ……内容が多すぎてページの終わりに書ききれない。
次のページに進むしかないか……。
「女子更衣室のマナボックスの場合はこの位置ですね」
ベルーナが師匠ノートに書かれた内容を見せてくれる。
相変わらず書いてある文字は読めないのだが、このページは図解されているため問題ない。
俺は図のとおりに突起物を挿し込む。
ちなみに男子更衣室が女子更衣室に変わっていたことは、割愛した部分でさらりとベルーナに伝えている。
もちろん女性職員の着替えを見てしまったのは伏せている。
俺の威厳に関わるからな。
「あれ、ベルーナ。この突起、前のやつと挿す場所違うよ?」
俺は水浸しになったマナボックスを見る。
もちろんさっきまで女子更衣室で使われていたマナボックスにも突起物は差し込まれている。
「おかしいですね。場所も違いますし、一本多く刺さってますね。
誰かが挿し変えたんでしょうか?」
「俺は触ってないから、そうかもしれないな」
「まあもう壊れてしまってるのでそちらは置いておいて、とりあえずは正しく差し込んで予備機の設定を完了しましょう」
んー、なんか引っかかる。
これ後々何かが起こるパターンじゃない?
似たような事が前世でもあった気がしたんだけど、何だったかな……。
まあいいか。
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「さてこれを運ばなきゃな」
俺はやり切った満足感を胸に、設定の終わったマナボックスを見る。
こいつをもとの場所に戻したら万事問題なしだ。
マナセグメントが復活し、停マナも解消されて魔術士部の人たちも仕事を再開できるというわけだ。
「私が行きます。ヒロさんはここで待機しておいてください」
そう言うと、ベルーナは俺の手から予備機の乗った台車をひったくる。
「ちょっとベルーナ、重いから俺が行くよ、さあ」
ほら、俺が行くからね、それを返してと、アピールする俺
「大丈夫です!
女子更衣室なんですよね?
ヒロさんが入るよりも私のほうが都合がいいですよね?
それともあのハイネって人に会いたいんですか?」
「え、ちょ、別にそんなつもりじゃ……」
どうしたんだベルーナ。
また機嫌が悪くなってしまったぞ。
「じゃあ黙ってここにいてください!」
「あ、ベルーナ!」
前、前!
「きゃっ!」
俺の方を向いたまま前を見ずに押していた台車が机と接触した。
そしてその振動で机の上にあったコップが……
「あああああああ!」
台車の上の予備機に中の液体が降りかかった。
新品で、今設定を終えたばかりのマナボックスに。
その光景にペタンと地面に座り込むベルーナ。
「べ、ベルーナ、大丈夫だよ。まだ壊れたと決まったわけじゃない」
俺は放心状態のベルーナに声をかける。
そうだ、中に沁み込む前にふき取れば……
「でも、こぼれたあれスムージーなんです……」