第38話 遊んでる場合じゃないんです!
魔法障壁管理部に戻ってきた俺とハイネ。
地下に降りる螺旋階段をえっちらおっちらと、やっとのこと壊れた機器を下ろしたところだ。
力仕事に女の子の手を借りてしまうとは、男として残念な行為なのだが、いかんせん俺は文系で、いや文化系で腰痛持ちの35歳。
そして、この世界にきて知り合いの男もいないため頼もうにも頼めない。
ていうか、そもそも知り合い自体が少なくない?
片手の指で数えられるほどなんだけど……。
おれはコミュ力の無さを嘆きながら、懐かしの仕事場に足を踏み入れたのだ。
「ベルーナただいま」
癒し天使ベルーナの後姿。
編まれた2つの三つ編みがなんともかわいらしい。
「あ、ヒロさん大変です!
見に行ってもらった男子更衣室の警報がひどくなって……
と、そちらの方は……」
ベルーナが俺の後ろにいるハイネの存在に気づく。
「あなたがベルーナさん?
私は魔術士部のハイネ。よろしくね」
「ちょうどハイネが目的地の鍵を開けてくれてさ。
話せば長くなるけど、手伝ってもらったんだ」
「あはは、お世話したよ。大変だったわ」
「何を、あれはハイネが悪いんだろ」
「自業自得っしょ。私は何も悪くないもの」
「いやどう考えてもあれは」
「ヒロさん!!」
「は、はいっ?」
いきなり大きな声で名前を呼ばれた俺。
なに? なにか悪いことしたの?
「け い ほ う が!」
「は、はい、警報が」
「鳴ってるんです! 遊んでる場合じゃないんです!」
「ご、ごめん……なさい」
「ヒロ情けなーい、怒られてる」
「ハイネさん!」
「え、私?」
「そうです。どうもお手伝いありがとうございました!
ここからは私がやりますので、どうぞお戻りください!」
「ちょ、ちょっと待って。
私も手ぶらで帰るわけには行かないのよ。
エンリ様におしおきされちゃう」
「そ、そうそう、ベルーナ。
ハイネはこれに水をぶっかけて壊した張本人で」
「ヒロさん? 後でお話があります」
「は、はい。お手柔らかに……」
なんだかすごくベルーナの機嫌が悪いぞ。
こんなベルーナは初めて見る。
「いいですかお二人とも。特にヒロさん。
魔法障壁管理部は機密情報の塊といっても過言ではないため、本来部外者は立ち入ることはできません」
え、そうなの?
とは今の雰囲気では言い出せない。
「この魔法障壁管理部には魔法障壁に、いえ、この地を守護する精霊様に認められた者しか入ることは出来ません。
どなたかが意図的に連れてこない限りは」
どなたか、って俺の事だよな……。
気づかなかったけど、ここに入るときになんらかの本人確認が行われているってことか。
魔法障壁に登録された本人データと照合してOKなら入れるってことだな。
そして俺がやったことというと……。
簡単に言うと、オートロックのマンションに入るときに、俺がロックを解除して扉を開けて、連れのハイネが一緒に入るような感じ。
知らなかったとはいえ、これはベルーナが怒るのも無理は無い。
それだけここは重要な場所なんだ。
「あ、あはは、じゃ、じゃあ、ヒロ、あとはよろしくね。
私はこれで!」
ベルーナの剣幕に押されて、食い下がっていたハイネが折れた。
任せた、と言うや否やぴゅーっと階段を駆け上がって魔法障壁管理部から出て行った。
すまんハイネ。
今度埋め合わせはするよ。金銭的なもの以外で。
「それでは危機感の薄いヒロ君にもう一度今の状況を確認します」
口調がベルーナ先生になってる。
正しく返答しないとお叱りをうけるパターンだ。
ええと確か……
「警報が鳴ったので魔術士部の男子更衣室に確認に行きました。
そこで原因の魔法機器を壊してしまったので持って帰って来ました。
帰ってきたところ、男子更衣室の警報がひどくなっていました」
男子更衣室が実は女子更衣室だったことは今は黙ってよう……。
「……いいでしょう。
それでは……現在男子更衣室の警報レベルが上がってます。
原因はそれ、壊れたマナボックスに違いありません」
びしっと、びしょぬれになって沈黙したマナボックスを指差す。
「師匠ノートで読んだことがあります。
マナボックスが沈黙せし時、あたりを闇が包む、と」
師匠ノートは業務マニュアルなのに、えらく抽象的な内容だな。
だいたいはさっきの魔術士部の状況と合ってるけど。
「つまり、マナボックスが壊れたので、マナセグメント内のマナが失われてしまったというわけです」
ん? マナセグメント?
知らない単語だぞ。
「あの、ベルーナ先生。マナセグメントとは何でしょうか?」
俺は恐る恐る手を上げて発言する。
「はい、ヒロ君。いい質問ですね。
マナセグメントとは、魔法障壁内に意図的にマナを満たした空間です。
一定の区画を透過魔法障壁で囲み、マナが外に漏れ出さないようにした上で、その維持をマナボックスで行っています」
ふむふむ、つまりは魔法力充填領域ってことか。
魔法力充填領域ね、覚えた。
「マナセグメント内にマナを満たすとさまざまな恩恵が受けられます。
たとえば普段は使えないような強力な魔法が使えたりします。
もちろんマナを必要とする魔法機器がわざわざマナを手で送り込まなくても動き続けるのはマナセグメントのおかげです」
なるほど、それじゃあ今頃魔術士部では魔力灯を自分のマナで光らせたりして仕事してるんだ……。
やったことがないからわからないけど、それは仕事にならないのでは?
「そういうわけで、大切なマナセグメントの維持に必要なのがこのマナボックスなのですが……見事に再起不能ですね」
ベルーナは濡れて壊れたマナボックスに触れる。
マナをこめて起動させようとしているのだろうが、うんともすんとも言わない。
「でも大丈夫です。こんなときのために秘密兵器があると師匠ノートには書かれてます!」