第37話 そう何度もラッキースケベは起きない
「おい、ハイネ、いきなり何をするんだよ!」
これは抗議して当然の事案。
いきなり水をぶっかける、というか渦潮的なのに放り込むやつがあるか!
「めんごめんご、だって、ヒロもやけどしたんでしょ。
一緒に冷やそうと思ってさ。
結果オーライだよ。ね、水も滴るいい男」
水も滴る、じゃねーよ。
洗濯機の中に入ったかのようだったぞ。
いい男なのは間違いないが。
しかし、魔法を見るのは初めてだけど、本当に何もない所から水を出すなんて。
魔術士部は有事の際は軍と共に戦う事もあるから訓練もしているらしいけど……。
「どったの?」
有事の事を考えてしんみりして無言だった俺の顔を覗き込んでくるハイネ。
「いや、何でもないよ。ハイネも優秀な魔術士だったんだなと思っただけ」
「そうでしょそうでしょ、よく言われるよ。
これでもエンリ様に仕えるハイネちゃんだからね」
からからと笑うハイネ。
若いっていいな、と再度思った。
「はくしょい!」
びしょ濡れになった俺。
冷えてきた。これは風邪をひくぞ。
髪も服も水浸しだよ。特に制服は一張羅なんだぞ。
「おっさんくさいクシャミだね」
誰のせいだよ。
それにおっさんは余計だ。世のおっさん達に謝って欲しい。
「何か拭くもの無い? 風邪ひいちまうよ」
「うーん、そうだ! いい方法あるよ。
熱波で乾かすの。カラカラにね!」
おいちょっと待て、また魔法使うんじゃないだろうな!
「ヒートウェイブ!」
俺に手を向けてまた物騒な単語を発したハイネ。
前例があるため、瞬時に自分の身を守るように両腕を交差させてこの後起こる事態に備える俺。
……。
何も起こらないぞ?
「ありゃ?」
自分の手をしげしげと見つめるハイネ。
「ヒートウェイブ!」
再挑戦したようだが、状況に変わりは無かった。
とにかくこっちに手を向けるんじゃない。
「あはは、どうしたんだろ。調子悪いのかな」
とりあえず被害を受けなくて良かったよ。
もう少し考えて行動して欲しい。
「仕方ないな。ほら、これどうぞ」
魔法を出すことはあきらめたのか、ハイネはロッカーを開けるとタオルを取り出し俺に手渡した。
「こ、これは……」
もしかしてハイネのタオル!?
いいの? おっさんの俺にそんな施ししていいの?
俺は顔を拭くふりをして息を大きく吸い込んだ。
「ぶへっ、くっさ! 何これ凄い匂いなんだけど!」
すぐさま顔から匂いの元を振り払う。
「やっぱり匂うか。雑巾だからね。
それで拭かなくてもいいように、熱波で乾かしてあげようと思ったんだけど」
わかってましたよ。
だいたいそういうオチになるのは分かってました。
おっさんに幸せなんか訪れないんだってことはね。
そんな悲しみを背負いながら俺は雑巾で体を拭くのであった。
・
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さてさて、魔法機器が……。
水をまともに受けた魔法機器は完全に沈黙している。
確かに本体の熱は下がって煙も収まったが、おそらくは起動音だったのであろう内にこもる様に聞こえてきた音は止まっていた。
とりあえずはこれをベルーナのところに持って帰るか。
よっこらしょと持ち上げようとするが、重い。かなり重い。
金属が素材なだけあって重い。
中もぎっしり何かが詰まっているのだろう。
「なあ、ハイネ。台車とか無い?」
「あるよ、ちょっと待ってて。
あれ? 魔力灯つけてなかったっけ、この部屋」
そういえばさっきまで明るかったはずだけど、何か暗い気がする。
「ほい、台車」
すぐ近くにあった台車を押して戻ってくるハイネ。
それから、ハイネにも手伝ってもらって、腰に気をつけながら台車の上に機器を乗せ、女子更衣室を後にした。
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「ありゃりゃ、どこもかしこも暗いよ。どうしたんだろう」
停電でも起きたんだろうか、廊下も真っ暗、部屋の中も真っ暗、職員があわただしく動いている。
ごろごろと台車を動かしながら自動昇降機の前に来る。
ボタンを押すが反応しない。
やっぱり停電か。
ちなみにこの世界に電気は無い。
これらの魔法機器は魔力で動いているので、停電ではなく言うなれば停マナだ。
「ハイネ、ここにいましたか。あら……」
王妃様のように美しい女性、先日俺の職業判定の儀式を行ってくれたエンリさんだ。
ドレスを模したようなデザインの制服で、長いスカートが彼女の上品さをさらに高めている。魔術士長専用制服だと聞いたことがある。
どうやらハイネを探していたようだが、俺の姿を見ると、すぐに視線を外されてしまった。
こ、これは嫌われてる予感。
そりゃ確かに意図せずにとはいえ、セクハラまがいのことはしたので、嫌われても仕方がないけどさ。
「エンリ様、真っ暗ですけど、何かあったのですか?」
「え、ええ、どうやら周囲のマナが失われてしまったようです。
この状態では業務に支障が出てしまいます」
「不思議なこともあるもんですね。すぐに直るんですか?」
「今原因を調査するためにあなたを探していたところですが……それは?」
エンリさんが台車にのっかった機器を見つける。
「これはですね女子更衣室にあったんですけど、燃えてたから火を消してヒロに直してもらうところです」
かなり大雑把な説明だなおい。
「ハイネ……あなたがこれを壊したのですか?」
エンリさんの声のトーンが下がる。
今の説明でよくそこまで読み解いたなと感心する俺。
「へっ、い、いえ、あの、火事になりそうだったので水をですね……」
敏感にエンリさんの怒りを感じ取ったハイネ。
さすがに上司に怒られるとなればふざけてもいられないか。
「いいですかハイネ。これはマナボックス。
このあたりのマナをつかさどる大事な機器です。
それを壊したということは……」
「も、もしかして、それが原因、ですか? ですよね……」
あのハイネが借りてきた猫のように小さくなっている。
「それではハイネ。あなたが成すべき事は分かっていますね?」
「は、はひっ! す、速やかに直してもらってきまーす!」
そういうとハイネはその場から逃げ去ってしまった。
お、おい、俺と機械を置いてどこに行くんだよ。
「あ、あの、エンリさん、すみません。
俺もこれが何か知らずに。俺が付いていながら申し訳ない」
一人残された俺。
一応今回の責任者であるので、ぺこぺことお辞儀をし謝罪する。
「分かっています。大方あの子が暴走したんでしょう。
あなたが悪いわけではありません」
声のトーンが戻った。
俺は許された!
「あ、あの……」
「それでは私は急ぎますのでこれで」
俺の話をさえぎって、ぷいっとエンリさんは行ってしまった。
根本的なセクハラは許されてなかったようだ……。