第36話 倒れた人の近くにスカートで寄るべきではない
「変態! 変態! 見るな! 出て行けっ!」
悲鳴と共に高速で物が飛んできた。
俺は顔面にそれを受けて更衣室の外に倒れこんだ。
ぐえっ、頭を壁にぶつけた。
それに鼻も痛い。
金属質の何か重いものが顔面に当たったのだ。
鼻血は……出てない。
よかった。ここで鼻血を出したら追加で変態の烙印を押されるところだ。
そうなったら瞬く間に城中に噂が広まり、後ろ指をさされてしまう。
いや、すでに更衣室を覗いたレッテルを張られる条件は整ってしまったけど。
「あーあ、やるならもっとうまくやらないと」
視線を上げると俺を見下ろすハイネの姿があった。
パンツは見えない鉄壁のガード。
ハイネは白地の制服で短めのスカートを履いている。
足元は白いブーツを履いており、肌の色との対比が映える。
誰だこの制服をデザインしたのはけしからん! という状態だ。
更衣室の件はともかく、ハイネのパンツは不可抗力だ。
いや、見えてないけどね。
倒れた人の近くにスカートで寄るべきではない。
意図して近寄ったのなら……謝って欲しい。
それよりも重要なのは、だ。
「ちょっと待て! ここ男子更衣室じゃないのか?」
「女子更衣室だよ? 知ってて突撃したんじゃないの?
アグレッシブな男だと見直したところだったのに」
「え、でもこの見取図には男子更衣室って書いてあるし……」
俺はベルーナから受け取った地図を取り出し、俺に非は無いと抗議する。
「どれどれ……」
ハイネがそれを覗き込む。
「あー、これ古いね。
少し前に男子更衣室と女子更衣室の場所入れ替わったんだよね」
なんてこった、職場あるあるだ。
【見取図の情報が古いままで更新されていない】
でもこれで俺の無実は証明されるはずだ。
がちゃり、と更衣室の扉が開く。
「この変態!」
「変態!」
「へーんたい!」
中から出てきた女性職員(かわいい)三人に罵声を浴びせられ、そのうち二人には思いっきり踏まれたり蹴られたりした。
「ごめんね、慰謝料とっておくからここは私に免じて許して」
めんご、と言いながら女性職員に頭を下げるハイネ。
お、おい、俺の無実を証明してくれよ!
その言い方だと俺が意図的に覗いたように聞こえるぞ。
ハイネがそう言うなら、といいながら女性職員たちは更衣室を後にしていった。
もちろん俺のほうには軽蔑のまなざしを向けていったのは言うまでもない。
うう、朝っぱらからひどい目にあった。
思いっきり蹴られたところがあざになっている。
でもまあ、いい経験になったよ。
俺は目を瞑ると瞬間的に記憶した脳内の映像を確認した。
「ヒロ、もう誰もいないよ。さあどうぞ」
「お、おお、ありがとう」
しまった、脳内の再生に力を注ぎ過ぎて返答をどもってしまったぞ。
「こら、このスケベ。あの子たちの着替えを思い出してたんでしょ」
「ち、違うよ。ベツニオモイダシテナイヨ」
「ふーん。まあおっさんなんだからキモくてエロくて普通だから、気にしないでいいよ」
ちょっと待て、俺のことそういう評価なの?
俺の評価はともかく、俺とひとくくりにしたおっさんカテゴリの印象ひどくない?
ぐぎぎ、でも言い返せない。
俺はハイネの持つおっさんの印象とは全く異なるピュアボーイなんだが、言葉では取り返せないほどの悪い印象を与えてしまったところなので言い返せない。
「ほら、エロおっさん。中に入るよ。女の園に」
こいつ、いちいち言い方が。
でも、にひひと笑うハイネを見てると、まあいいかと思ってしまう。
さてさて、おじゃましまーすと恐る恐る中に入る。
これが女子更衣室。
見た限り特別な何かがあるわけじゃないんだが、匂いが違う。
「へんたーい。今大きく息をすいこんだでしょ」
「ち、違う。誤解だ!」
確かに息を吸い込んだので、誤解も六階も無いが、もう許して。
女の園とか、女性に免疫が無い俺にはつらいよ……
「ふーん。まあいいけどね。
今は私しかいないから、思う存分息を吸い込むがいいさ」
くるりんと回転してみせるハイネ。
そのアクションがどんな意味か分からない。
最近の若い子の考えることはわからん、というおっさん(中年では断じてない)の思いを述べてみる。
「おほん。いいかハイネ。俺は仕事に来たんだ。
覗きをしたり息を吸い込みに来たんじゃない」
「分かってるよ。
はやくその調査とやらを済ませてよ。
私も暇じゃないんだから」
だったら俺をからかうなよ……
それにしてもだ、更衣室になんの警報の原因があるっていうんだ。
見回すとそれはすぐに見つかった。
更衣室には似つかわしくない、四角いダンボール大の物体。
金属質のその物体は、側面にいくつかの穴が開いており、さらにその穴のいくつかには金属の突起が差し込まれている。
見ただけで分かる。
身分証や魔法記憶装置と同じ魔法機器だ。
それが無造作に床に置かれていた。
「こいつが警報の原因かな」
近づいて様子を見てみると、その機器から内部にこもるような異音が聞こえ、うっすらと煙が立ち上り、何かがこげた臭いがしている。
「ちょっと、これやばくない? 煙出てるよ」
あちっ、これ熱いぞ!
見るからにやばいそれを急いでベルーナの元に持ち帰ろうと、本体に触ったらめっちゃ熱かった!
「水、水かけないと!」
え、ちょっと、ちょっと待てハイネ。
機械に水かけるとか正気か!?
「ま、まって、ハイネ」
「アクアトルネード!」
お、おい、何だその物騒な文言は、と思った瞬間、俺は機械と共にハイネの手から生み出された水の奔流に飲み込まれた。
ぐげげげげ
水圧が、きつい。し、しぬ。
圧倒的な量の水と堅い壁に挟まれた俺は、なす術も無く身を任せるしかなかった……。
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「ふう、一安心」
自身にも飛び散った水をぬぐい、一仕事やりきった表情をしているハイネ。
うん、いい表情だ。
この惨状が無ければな。