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第34話 side ファーラ部隊長 その3

 ――ばきっ


 鈍い音と共に、機嫌よく稼動していたはずの片翼が根元から折れた。


 くっ……。

 その衝撃でバランスを崩したスレイプニルが不安定な体勢で地面を蹴った。


 ええい、これだから試作品は。


 耳に残る甲高い金属音が後方で響く。

 落下した翼が地面と何度も接触しているのだろう。


 片翼が残ってバランスが悪いまま走行を続けるスレイプニル。

 このままではいらぬスタミナを消費してしまう。


 私は片手で手綱を操ると、右手で腰の剣を抜き、残った右の翼を柄で叩き折ろうとする。


 だが、思ったより頑丈でびくともしていない。

 なぜ両方これだけ頑丈に作ってくれていないんだ。


 後方に部下とは異なるスレイプニルが小さく映った。


 このままのペースでは追いつかれてしまう。

 翼を取り外すために止まっている時間は無い。


 この一撃できめる、そう心を決めて剣の柄を振り下ろした。


 私の気合の入った一撃を受け、翼は後方へと吹っ飛んでいった。


 が、しまった……。

 下手に吹き飛ばした翼が勇者を縛っていた紐を引っ掛け、切り裂いていった。

 このままでは勇者の体がスレイプニルから落ちてしまう。


 私は剣を鞘に戻すと、紐がぶちぶちと切れて今にもずり落ちそうな勇者の腕を掴んだ。


 何とか上体を戻してずり落ちないようにしなければならない。

 私はとっさに勇者の腕を引くと、自身の体へと持ってくる。


 握った。

 無意識の反射かは分からないが、勇者の手が私の服を掴んだ。

 私は身をよじりながら、勇者のもう片方の手を取り、何とか彼の両腕が私の腰周りを抱くように仕向けた。


 寝ぼけているのか判断は付かないが、腕を回してしっかりと私に捕まっているようだ。

 馬と異なりスレイプニルの体長は大きく長い。

 勇者はスレイプニルの背の上に腹ばい状態で私の腰を抱いている。


 かろうじて安定した状態まで持ち直したところで、再びスレイプニルを加速させた。


 だが少しのタイムロスがミラー兵のスレイプニルの接近を許してしまった。


 銃弾が届く距離だ。

 銃声が聞こえる。敵は2機。


 身に着けたホルスターから銃を抜く。

 小型のオートマチックの銃だ。

 手綱を握った手をうまく利用してスライドを引き、安全装置を外す。


 銃を握った右手を後方に向ける。

 馬上で後ろ向き、さらに勇者が私の後から抱きついているので狙いを定めにくい。

 何発か発砲したところで、1機を撃墜した。

 残りは1機。


 3、2、1……弾を撃ち尽くした。

 スライドが後方に引かれたまま止まっている。


 弾倉を交換しなくてはならない。

 手綱を操る左手で使い終えた弾倉を抜く。

 ポイ捨てするわけにはいかない。

 そこから我々の正体が知られる可能性もある。


 薬莢は……仕方がない。

 抜いた弾倉をスレイプニルの鞍にあるポケットに放り込む。


 スペアの弾倉を……。

 腰に付けたポーチから手探りで弾倉を取り出そうとするが、なにかが邪魔をしている。


 ……勇者の腕だ。


 腰に手を回すようにして私に抱きついていた勇者の腕が少しずり落ちたのか、丁度ポーチの上にあり、弾倉を取り出すのを阻んでいる。


 私は銃を持ったままの右手で、腰に巻きついた勇者の腕を上方に引き上げる。

 銃を握ったままで握力がかけにくく、それに思ったより勇者の抱きつく力が強く、すんなりとは行かない。


 先ほど翼を叩き落した時と同じく、気合を入れて勇者の腕を引き上げる。

 よし、動いた。

 力強く固定されていた勇者の腕をポーチの上からずらすことに成功した。


 むにゅり


 思惑通り勇者の腕がポーチの上からずれたのは良かった。

 ただ、ポーチの上にあった彼の右腕は私の腹で止まらず、その上に位置する胸に到達したのだ。


 なぜそうなったのかは今は問うまい。

 大きな手のひらが私の右胸の上でゆっくりと動いているのも問うまい。

 生娘ならばここで悲鳴の一つでも上げて勇者を叩き落していることだろうが、私は軍人。

 冷静な状況判断を求められる。


 腰をホールドしていた腕が緩んでずり落ちてしまうのではないかと思ったが、私の胸をしっかりと掴んでいるようで勇者の体勢は安定している。


 ならばと当初の目的どおり弾倉をポーチから取り出し、銃を持った右手と手綱を操る左手で弾倉を装填した。


 ちなみに冷静に判断しているだけであって、何も感じていないわけではない。

 触れられればその感触はあるし、もちろん敏感な部分もある。


 それらの感覚を可能な限り無視し、再度残りの1機に銃を向ける。

 何発かの銃撃戦の後、スレイプニルから崩れ落ちるように地面へと落下するミラー兵の姿が見えた。


 安心している暇はない。

 いつ別の敵が追ってくるかは分からないのだ。


 私は銃をホルスターに戻すと再び両手で手綱を握り、スレイプニルを操ることに集中した。


「ううん、べるーな、大きく育って……」


 寝言だろうか。

 私の胸の上で手を動かしている勇者の口から言葉が漏れる。

 残念だが、私はベルーナではない。

 それに、胸をもまれながら、他の女の名前を呼ばれるのはいい気がしない。


 無事に帰還した時にこのもやもやは晴らすとしよう。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 【勇者は無事に確保し、医療部へ搬送。体全体に打撲でできたあざが見られるが、命に別状は無いとのこと。念のため精密検査を行う。後の事は魔法障壁管理部ベルーナへ引き継ぎ済み】


 【新型スレイプニル用装備について。強度に難あり。通常の使用にも耐えうるレベルではない。左翼及び右翼は現地にて破棄。現在回収作業中】


 ――コトリ


 副官が机の上にカップを置く。

 私は事の顛末を報告書としてまとめている所だ。

 カップを手に取ると、口に流し込む。


 ぶぅっ、と吹き出しそうになったがかろうじて堪えた。

 コーヒー、だと思って飲んだのだが、いつもと異なる味。

 苦いのではなく、甘い。それに冷たい。


 なんだこれは、とカップをのぞき込むといつもの黒い液体ではなく、薄い黄色がかったクリーム色。

 

 「それはスムージーです」


 私が疑問を問いかける前に副官が返答を返す。

 よくできた副官だ。

 それにしても、すむうじいとは一体なんだ?


 「丁度先ほど売り子が来ておりましたので購入しておきました。

  いかがです?

  このスムージーは凍ったバナナをベースにしていますので疲労したお身体には最適です」


 ふむ。この甘さはバナナのものか。

 さしずめいくつかの凍った果物を粉々にして混ぜた飲み物という所か。


 なんにせよ、諜報を生業とする私に知らないことがあるのは許されない。

 これからはこのすむうじいとやらの情報も上げさせるとしよう。


 報告書作成が一段落したので、この甘い飲み物を飲みながら再度頭の中で情報を整理する。


 勇者か……。

 勇者と言うものは強大な力を持つと聞く。

 切断された四肢をも繋げると言うハイリカバリーなどがその一例だ。

 だがあの男、勇者であるはずがそのように強大な力を持ち合わせてはいない。

 現に何者かにボロボロになるまで痛めつけられていた。


 体躯はいいはずなのだが。

 年齢を重ねているとはいえあの上背だ。

 鍛えればそれなりに使い物になるはずだ。


 私はスレイプニル上で後ろに感じた勇者の感覚を思い出す。


 私は小柄な方だ。

 無論諜報活動には適しているので私は自分の体型を気にしてはいない。

 とはいえ勇者程の体格で覆いかぶさられるとその差が如実に表れる。


 ……まるで父上の様だった。


 そして大きな手……。

 自分の手のひらを見つめる。

 細く長い指が目に映る。


 あの男の手は大きかった。

 大きな手のひらと、太い指……。

 それが私の胸を……。


 大きさを比べるかのように、私は自分の手を胸に当てた。


「部隊長? どうされました? 具合でも悪いですか?」


 っ!!


「い、いや、何でもない。

 おほん、今日はもういい。下がりたまえ」


「わかりました。ご無理はなされませんように」


 そういうと敬礼をして執務室を去っていった。


 冷静に冷静に。私はファーラ。

 泣く子も黙る鬼の部隊長だ。 


 何度か深呼吸をして冷静さを取り戻す。

 どんな時でも冷静でいなくてはならない。

 私もまだまだ未熟という訳だ。


 それにしても……勇者ヒロか。

 もう少し情報を集めておく必要があるな。


 私は脳内の調査リストに勇者を加えると、本日の仕事を終えることにした。

ここでサイドストーリーはお終いとなります。

次からは我らが主人公、ヒロの視点に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほどこういう苦労をしてファーラさんはヒロを助けてくれたんですね 疑問が全て解消して爽快です それにしてもヒロの野郎なんという役得をw 気を失っていたので記憶は無いんでしょうけどね
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