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第33話 side ファーラ部隊長 その2

「戻りました。どうやら勇者はすでに街にはいないようです」


 私は部下からの報告を聞く。


 城の執務室で指令書を受け取った後、4人の部下と私の総勢5人は軍用スレイプニルに乗ってミラーの街へと向かった。

 主に諜報と工作を行う私の部隊のスレイプニルは、戦闘用ではなく諜報用に品種改良されたものだ。

 持続力と引き換えに速さと僅かばかりの静音性を向上させたスリムなタイプだ。

 それでもファルナジーンを出発して数時間。

 現在はミラーの街近くに陣取っている。


 ミラーの街は中立都市であり、どこの国にも属してはいない。

 軍用スレイプニルで街に入るのはまずいため、部下を一人街に送り、街に潜伏して日夜情報を集めている別の部下と接触させた。


 そして今部下が情報を持ち帰ったというわけだ。


「2日前、ミラーの街の魔法障壁に不正にアクセスした者がいたようです。

 街の魔法障壁管理者もその者の正体は掴んでおらず、確証はもてませんが、おそらくそれが勇者だと思われます。

 現在その捜索は街の外を対象としている、という状況です」


「ご苦労だった」


 現在も捜索中ということはまだ(・・)無事だということだ。

 勇者が彼らに見つかれば、外交問題に発展するのは避けられない。

 すなわち、彼らよりも先に我々が勇者を見つけ、そ知らぬ顔で連れ帰ることが必須となる。


「部隊長、我々で捜索するにしても当ても無く探すわけにはいきません。

 時間があればまだしも、一刻を争う際にミラーの魔法障壁管理兵に見つからずに、というのは不可能です」


 簡単に不可能だと口にするな、とお思いかもしれないが、我々は正しい情報とそこから導き出される正確な結果を必要とする部隊だ。

 冷静に状況を分析して最良の手段をとらなくてはならない。


 つまり、彼の言うことは正しい。


 それではその状況の中からどのような最良の手段を導き出すのか、というのは指揮官である私の役目だ。


「山岳迷彩に換装後、捜索に向かう。用意を急げ」


「「「「了解!」」」」


 それだけの指示にも関わらず、部下たちは教育の行き届いた返事を返してきた。


 ・

 ・

 ・


 私を中心に部下たちをある程度の範囲に散らした陣形を取らせる。

 彼らは勇者を探すのではなく、ミラーの障壁兵を探すために配置している。

 こちらの存在は知られてはいけないため、先に発見し対処するというわけだ。

 もちろん穏便に彼らを回避するのが目的だが、対処には始末も含まれる。


 では誰が勇者を探すのかと問われると、それは私だと答えるしかない。


 我々とて闇雲に勇者を探すわけにはいかない。

 そのための秘密兵器、といえば大げさだが、探索に必須の魔法機器を持参している。


 その機器とはこれだ。身分証探知機ライセンスディテクター

 身分証が発するわずかなマナを探知するための魔法機器である。


 身分証データは機密データであるため、この機器も国宝級に重要なものだ。

 奪われて解析されようものなら我が国の身分情報技術が筒抜けになり、防衛力の弱体化を招く。

 そのため本来であれば城より持ち出すことは許されない。

 だが、身分証を管理している魔術士部に丁寧に・・・協力を依頼し、秘密裏にこの機器を借り受けたのだ。

 魔術士部も国王の代わりに指令書を出したのだ。われ存ぜぬ、は許されない。


 しかしながらこの機器も万能ではない。

 もともと身分証は小型で、発するマナも微量のものだ。

 そのため、ある程度近くまで接近する必要がある。

 それでも山狩りをするよりは遥かに効率が良い。



 捜索の途中、幾人かのミラー兵を発見したが、うまく回避し衝突は避けた。



 ミラー兵の配置されている密度が濃くなって、いよいよこちらの存在がばれる危険性が高まってきた時、身分証探知機ライセンスディテクターに反応があった。


 つまりここからそう遠くない位置に勇者がいる。

 いや、勇者の身分証がある。が正しい。



 より注意して部隊を進めると、該当地点では今まさに山狩りが行われている最中であった。


 我々は高台にある窪地に身を隠すとその様子を伺う。

 ここからでははっきりとどこに勇者が潜んでいるのか分からない。

 夕暮れに差し掛かったとはいえ、まだ日は昇ったままだ。

 双眼鏡を使えばレンズに光が反射してこちらの存在を悟られる可能性がある。

 そのため肉眼での確認となるが、距離もありよく分からないというのが現状だ。

 さりとて人一人の存在を確認できない距離ではない。

 現に山狩りをしているミラー兵の姿は視認することができる。


 つまりは、よほどうまく隠れているか、先ほど言ったとおり、小さな身分証だけがそこにあるか、のどちらかだ。


「やりますか?」


 部下の一人が私に提案する。

 もちろんミラー兵を排除して対象を保護しますか、ということだ。

 ただ、その方法は少し分の悪い賭けとなる。


 ミラー兵の排除は最終手段としたい。

 つまり、勇者がミラー兵に発見された場合だ。


 その場合は有無を言わさず排除し、対象を確保、撤収となる。


 大切なのは勇者の確保、それと我々の所属を(さと)られないことだ。


「勇者が発見され次第、現場に急行する。

 くれぐれも我々の所属を (さと) られるなよ」


「「「「了解」」」」」


 いつでも飛び出せるよう、部下たちに緊張が走る。

 速やかにそして密やかに、音も無く、最悪の場合は事を起こす必要がある。

 狙撃用の銃も持ってきているが、音が存外響くため先に撃つわけにはいかない。あくまで最終用。


 茂みに狙撃のための部下を配置し、我々はその時を待つ。

 見える範囲のミラー兵は3人。

 ターゲットポイントにもっとも近いのが一人、あとの二人は相当離れている。

 同時に3人の排除は難しい。


 とはいえ、騒げば気づかれる距離だ。

 音も無く一人を排除しなくてはならない。


 気配を隠し、そのときを待つ。


 ・

 ・

 ・


 だが、想定していた事態は発生せず、ミラー兵はターゲットに気づかずにその場を後にした。


 日がもう少しで落ちようかという時刻。

 我々は警戒したまま身分証探知機ライセンスディテクターが指し示すターゲットポイントへとたどり着いた。


「ターゲット発見しました」


 土と落ち葉をかぶりうつ伏せになっている男を発見した。

 なるほどよく隠れている。

 我々ですらそこに人がいると知っていなければ見過ごすところだ。


 私はスレイプニルから降りると彼の状態を確認するため、その身に積もる葉や土を手で払う。


「手間をかけさせてくれる」


 ピクリとも動かない彼。

 体中に打撲痕が残るが、どうやら死んでいるわけではない。

 脈がある。それに呼吸もしている。


「撤収するぞ」


 確認もそこそこに私は部下たちに指示を出す。

 ここで長居をするわけにはいかない。

 ミラー兵が先ほどの3人だけとは限らない。


「私の後ろに積むんだ。落ちないようにしっかり縛っておけ」


「了解」


 部下たちが大柄な勇者を抱きかかえると、私のスレイプニルの背に交差させるように乗せ、落ちないように紐でしっかりと縛る。


 ――がさっ


「お、お前ら、何者だ、ここでなにをし」


 ミラー兵がしゃべり終わる前に部下が頭を打ちぬいた。

 これは仕方が無い。口を封じるには距離がありすぎた。


「撤収急ぐぞ」


 部下も私も、各々がスレイプニルに飛び乗ると、速やかにその場を離れるのだった。


 ・

 ・

 ・


 こちらに敵意を向けるミラー兵に対し、山中で2人を殿しんがりとした。


 現在は3機で街道を疾走している。


「部隊長、数が多いです。それに」


 分かっている。

 いくら軍用スレイプニルとはいえ、こちらのスレイプニルは長時間の逃走には向かない。

 それに私のスレイプニルは人一人分重いのだ。


 山中にいたのとは別の部隊だろう。

 スレイプニルに騎乗した騎兵が10機ほど我々を追ってきている。


「お前たち、殿は任せる。くれぐれも正体を(さと)られるなよ」


「了解しました。ご無事で」


 そういうと2機のスレイプニルが離脱していく。

 私は1機となった。


「こいつを使わざるを得ないか……」


 2機を殿としたが、そんなに時間は稼げまい。

 私は仕方なく帰還率の高いであろう選択肢を取ることにした。


 私には身分証探知機ライセンスディテクターの他にもう一つ秘密兵器・・・・があった。


 それはすでに私のスレイプニルに搭載されている。

 出発前に魔術士長エンリに呼び止められ、渡されたものだ。

 どうやら魔術士部が開発した装置らしく、使用して感想を伝えるように言われている。

 用は動作テストを行って来いということだ。


 鞍と一体化したその装置。

 鞍についた起動ボタンを押すと、鞍の後方部分から鳥の翼を模した金属板がせり出した。


 説明によるとこの片方2mほどの金属の板、つまり翼が走行中の空気を裂き、浮力を得ることによってスレイプニルにかかる重力を軽減し速度と走行距離を飛躍的に伸ばす、というものだった。


 確かに、鳥のように飛ぶというまでには及ばないが、スレイプニルが跳躍するたびに宙を舞うような、そんな浮遊感がある。

 これなら人一人背負っているというハンデがあっても引き離せそうだ。


 スレイプニルの調子もよさそうだ。

 このままファルナジーンまで戻るとしよう。


 そう思った矢先


 ――ばきっ


 機嫌よく稼動していたはずの片翼がその根元から折れたのだった。

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