第31話 悲しいけどこれ出張なのよね
え、なんて?
今、助けてって言った?
『魔法障壁からログアウトしました。
ご利用ありがとうございました』
ねえ? 魔法障壁さん?
『………………』
ログアウトしたため、もう俺の問いかけに答えてはくれない。
くっ……考えるのは後だ。
今は自分事だけを考えろ。
うまくいった。すべてはうまくいったんだ。
俺は地下へと続く階段を駆け下り、暗闇の中を手探りで進んだ。
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どれくらいの距離を進んだのだろうか。
結構な時間が経ったような気もするし、そんなに経っていない気もする。
光が無いため前方も後方も見えず、距離の感覚が分からない。
「ぐわっ!」
何かに躓いて、盛大に転んで、そして顔面を打った。
鼻血出てそう。
見えないから分からないけど、鼻から出てる液体は鼻水だといいな……。
液体はさて置いて、俺が何に躓いたかと言うと……。
床を手探りで調べたところ、段は一段だけでなくいくつかあった。
つまりはこれは階段で、一段目に足を引っかけて転び、この段々になった部分で顔を打ったのだ。
階段があるということは、とうとう出口というわけだ。
俺は闇の中、足先の感覚を頼りに一歩一歩その階段を上って行く。
――ごんっ
ある程度登ったところで頭に何か当たった。天井だ。
おそらくここを出ると街の外だ。
天井に手を当てて力を込めてみる。
どうやら動きそうだ。
金属材質の天井板を少しだけ持ち上げる。
その隙間から月明かりが差し込み、暗闇に慣れた俺の目を刺した。
あまりの眩しさに思わず目を瞑ったけど、月明かりってこんなに眩しかったんだ……。
目が光に慣れたため、僅かな隙間から外を覗き見る。
どうやら周りは森の中のようだ。
草木が生い茂っており、秋の夜のように虫たちの鳴き声が響いている。
辺りに人の気配は……無い。
気配読むスキルとか持っていないし、素人感覚だけどね。
ふう……、何とか脱出に成功か。
俺は天板を完全に開き地下通路から抜け出すと、木々に隠れるように森の奥へと進んだ。
さてさてこれからどうしたものか。
もちろん目的は出張を無事に終えること。
つまり、懐の中にあるマナブロックの入ったマナメモリーをファルナジーンに持ち帰ることだ。
で、そのファルナジーンまでの距離だけど……あのバカ速いスレイプニル便に乗って数時間。
景色の流れから、おそらく車で走るくらいのスピードは出ていたと思う。
それが4時間か5時間だから……大体250kmくらいか。
直線距離でいうと大阪から広島くらいか。
かなり大雑把だけど。
歩いて帰るとすると、徒歩が時速4kmとして……62時間。
一日8時間歩いても8日か……。
徒歩は無理!
ちょっと離れた村から馬車に乗って帰るしかないな。
近くの停留所だと検問とか行われてるかもしれない。
でも、今なら街中を探しているはずだから、ちょっぱやで行けば何とかなるかもしれない。
よし、そうと決まれば急ぐぞ。
で……どっちのどこに進めばいいんだ?
そもそも、ここは何処?
ファルナジーンはどっち?
東西南北も分からないよ。完全に迷子だよ。山の中だし!
落ち着け俺、今は一刻を争う。
まずは道を探すんだ。道沿いに行けばどこか街か村に辿り着くはずだ。
そう決めた俺は、月明かりに照らされた深緑の山の中を歩きだすのだった。
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はい無理ぃ。
何とか道を見つけた俺だったが、俺を探していると思われる兵士たちが馬に乗って駆けて行くのが見えたため、道に出るのを断念した。
というか、もうミラーの街の外まで捜索が広がってるのか。早いな。
もしかして不正アクセスをでっち上げたログが適当だったのが駄目だったんじゃないのか?
美男子がポエムを書き込む目的ってなんだよ……。
ええい、今更言っても仕方がない。
幸い山に沿って街道が通っているので、森の中に身を隠しながら進むことが出来る。
時間はかかるだろうが、これしか方法が無い。
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く、食いもの……。
俺は一睡もせず山の中を夜通し歩き続けた。
朝が来て、昼が来て、今まで緊張感から忘れていた空腹が一気に襲ってきた。
昨日の夕ご飯は食べたけど、腹に一撃くらって全てリバースしたので、食べていないに等しい。
途中で沢を見つけたので水をしこたま飲んだけど、その効果も切れてきた。
山の中に都合よく食いものがあるわけも無い。
動物がいるだろ、とお思いかもしれないが、動物をどうしろと言うのか。
そもそも、捕獲する手段が無い。
そして運よく捕獲できたとしてもどうやって調理するのかも分からない。
あ、焼いたらいいのか。
いや……火を起こす道具も無い。
いいですか皆さん、ここにいる俺は文明の利器に慣れ親しんだ現代っ子だった35歳。
実は幼少期に少しだけ、子供たちがキャンプをするあの集団に参加していたのだが、その知識も忘却の彼方だ。
そもそもその集団では野生の動物を捕る技術は教えてもらってない。
ロープ結びとか手旗信号とかは教わったよ。全部忘れたけど。
という訳で動物を捕獲するのは無理なので、せめても果物とか生ってないかと思って歩き続けたが、そんな幸運は無かった。
でも、まだ希望は捨ててはいけない。
これまで無かったからといってこの先も無いとは限らない。
諦めたらそこで試合終了だよ。
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やあ皆様、お元気ですか?
俺は絶賛ピンチ中です。
果物を求めて山を闊歩できた時はまだよかったんだ。
まだ夢も希望もあったからね。
だけど今の俺には夢も希望も無い。
なぜなら今俺は全身に土と落ち葉をかぶって地面に横たわっているからです。
なぜこんな事をしているかと言うと、兵士たちが山狩りを始めたからです。
今から少し前の事、相変わらず果実は見つからずに山を彷徨い歩いてると、遠くで幾人かの兵士が目についた。
兵士達は何かを探している様子で、その目的は当然俺だと推測できる。
洞穴とかに隠れようかと思ったが、俺が見つけられるような洞穴なんかはもちろん兵士たちの目にも留まるわけで、そんなところに隠れてたら一発アウトだ。
逃げるために下手に動くと、山の中にどれくらいの数の兵士が展開しているのか分からないので鉢合わせする危険がある。
そういう訳で俺は今、この場所で土と落ち葉をかぶって地面に擬態している。
兵士たちがいなくなるまでやり過ごす算段だ。
近くでガサゴソ音がしている。
見つかってくれるなよ、南無三!
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くっそ、しつこいな。
あれからすぐにでも音が鳴り止むかと思ったけど、ずっと音がし続けている。
とは言え、下手に動き出してばれてしまえば元も子もない。
やはり土と落ち葉に挟まれたままやり過ごすしかない。
なんだか気持ちよくなってきた。
土と葉っぱに体温がこもってきたのだろうか。
ふー、そういえば緊張しっぱなしで一睡もできていなかったな。
喉もカラカラ、腹は空腹を過ぎて胃液が逆流しそう。
歩き続けて体力も尽きた…………。
……っ!
いかんいかん、寝そうになった。寝たら死ぬぞ。
とはいえ、目がかすんできた。
目にゴミが入ったわけじゃない。
これは……眠いのではなく……意識が……。
どっちも同じことか……。
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……これは……夢……か?
目が……うまく開けられない……。
俺の体は土と落ち葉をかけていたはずだけど……取り払われている……。
発見しました、とか、手間をかけさせて、と言ったような会話がなされているようだけど……よく理解できない……。
まあ夢ならいいだろ……。
出来たら……美人のおねーちゃんに囲まれる夢が見たいところだけどな……。
女性の声が聞こえてきた……。
さすが夢……展開が早いな…………。
幸せ展開で頼むぞ…………。
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今日は……何曜日だ?
日曜だったか土曜だったか、それとも平日だったか……。
……っ!?
瞬間的に意識が覚醒し、俺は大きく目を見開いた。
慣れ親しんだ我が家の、丸い蛍光灯がつり下がった天井ではない。
「ヒロさん!」
ぐえっ、な、なんだ?
内臓にタックルかまされたぞ、寝起きに酷い仕打ち。
犯人は、女の子。
なんで家に女の子がいるんだ?
いやまてよ、俺は……。
「ベルーナさん! ヒロさんは大怪我されてるんですよ」
「はっ、ご、ごめんなさい」
俺にタックルをかました女の子が顔を上げる。
そうだ……俺は異世界転生して、そしてこの子は……。
「ベルーナ……」
俺は声にならない声を絞り出した。
「ヒロさん!」
顔を真っ赤にして、涙でくしゃくしゃの表情。
女の子がそんな顔をしてたら駄目だよ。
俺は力の入らない腕をなんとか持ち上げると、ベルーナの頭をゆっくりと撫でてあげる。
「ヒロさん、ヒロさん、ヒロさん!」
感極まったのか、ベルーナが再び俺にタックルを決めたところで、俺の意識も再び途切れたのだった。
長らく続いた出張もこれでお終いとなります。
肝心なところでヒロは気を失っていたようで、さっぱり状況がわかりません。
次のお話はその部分を補完する、あるキャラ視点のお話となります。
お楽しみに!