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第26話 ハニートラップには気を付けろとあれほど

 ぐはっ、なんか腹に痛みが……。

 よく見るとおねーちゃんの拳が腹にめり込んでいる。

 今まで横で腕を組んできゃっきゃうふふしてたおねーちゃんの……。


 何が起こったか理解した瞬間、今までとは比にならない痛みが襲ってきた。

 俺はその痛みをこらえきれず、地面に両膝を着き腹を押さえて悶絶する。


 な、なんでこんなことに……。

 痛みが体中に伝播していくかのようだ。


 両膝だけでなく片腕を着くと、そのまま地面に伏せるようにうずくまる。


 待ち構えるのは男じゃなかったってことか……この女自身がその役目を……。

 

「じ……地獄への終着点って……どういうことだ。

 俺を、襲っても……大金なんか、もってない…ぞ」


 俺は痛みで目を閉じたまま何とか口を開く。

 

 我慢すればそのうち痛みは何とかなる。

 刃物ではなく打撃による一撃だ。

 内臓が損傷してなければなんとかなるだろうが。

 残念ながら俺は殴り合いなどしたことがない。

 なので、この痛みがどのくらい酷いレベルなのかはよく分からない。


「金だと? くくく、まだ気づかないのか?

 相変わらずおめでたいやつだな」


「金、目当てじゃ……無い……。

 もしかして、話に聞く……魔法障壁管理者を狙うという、あれか……」


 支部から出てきたところを見られてたということか。

 何が「街中で拉致の上拷問は行われない」だよ。

 ダイスンさんのうそつき……。


「ほう。知っててノコノコ着いてきたのか。

 お前の頭はお花畑か?」


 くそっ、俺を騙したな。

 純情なおっさんのやましい心を弄びやがって。

 お前は今世界中のおっさん達を敵に回してしまったのだ。


 それに、人の頭をお花畑で馬鹿みたいだとか罵りやがって…………ん?


 なんかこのセリフ聞いたことが……。


「お前まさか……この前のアサシン、か?」


 ゆっくりと顔を上げる。

 俺の目の前に立っている女の脚が、腰が、顔が順番に視界に入ってくる。

 

「ご名答」


 女は身に纏ったひらひらで際どい衣装をバサリと脱ぎ捨てると客引きのおねーちゃんの姿からアサシンの姿に変わった。

 異世界転生した当日に見た、あのアサシンの姿に。

 

「くはははは、こんなに早く復讐の機会が来るとはな」


「復讐……だと? どういうことだ……」


 視界に捕らえていた女の片足がゆらりと動いたかと思うと、再び俺を痛みが襲った。

 

 顎が、痛い……。

 目では追えなかったが、おそらく足で蹴り上げられたのだろう。

 俺はその衝撃でのけぞった上、仰向けに倒れこんでいる。


「もちろん死んでもらうんだよ。

 命を取り損ねたアサシンの復讐がどういうものか、聞くまでもないだろ」


 やばい……逃げないと。

 拷問ならまだ命はつなげるけど、命をとられるとなるとどこにも挽回の余地が無いぞ。

 いや、拷問なら拷問で死んだほうがましだと思うんだろうが、そんなことはどうでもよくて、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 ベルーナと約束したんだ……魔法障壁を修復するためのマナブロックを持って帰るって。


 俺は痛みをこらえて地面から起き上がると、脱兎のごとく駆け出した。


 死ぬ気で走るが、気が逸り過ぎて体が付いてこない。

 前のめりになってずっこけそうになる体勢をかろうじて維持したまま全力で走った。

 

 とりあえず人通りの多い道まで出ればなんとかなる。

 俺が走っている方向は大通りとは逆の方向だが、この裏道はいつまでも薄暗いわけではなく、100mほど先で通りと交差しているのが見える。

 あそこまでたどり着けば。


 そう思いながら全力で走る。


 こんなに本気で走ったのは高校の体育祭の時以来だ。

 あの時もずっこけそうになった。

 走る練習もしてないのに、女子たちにいいところを見せようとしてな。


 ん……なんだ?

 あの女、追いかけて来てないぞ。


 必死で走っている最中なので後ろを確認したわけじゃないが、足音というか、追ってきている気配がまったくしない。


「くくく」


 後方で笑い声が聞こえる。すぐ後ろではなく相当後ろだ。

 九分九厘追ってきていないという確信が得られたので、それを確実にするべく俺は後ろに顔を向けた。


 やっぱりだ。あいつあの場所からまったく動いてない。

 追ってくる様子も無い。

 一体どういうつもりか分からないが勝手に笑ってろ。

 ここまで逃げればもうこっちのもんだ。

 もう20mほどで通りに出る。追いつけるわけが無い。


 だからあれほどハニートラップには気を付けろって言ったのに。

 と、数分前の俺に言いたい。

 大体こんなしょぼくれたおっさんに女の子がよってきてくれるわけないだろ。

 金持ちの様相でもないのに。

 バカバカバカ、俺のバカ。


 しかし、あいつは何で毒を使ったり一撃で殺したりしなかったんだ?

 殺すのが目的ならそれでよかったはずなのに。

 そうせずに結局逃げられたら何にもならないぞ?

 まあ俺にとっては良かったんだが。


 後ろを振り返る。

 アサシンの姿が遠くで小さく見えている。

 あまりにも小さいため、消えたように見えた。


 目の錯覚かと思って瞬きしたその瞬間、また腹に痛みを感じた。


 ぼえっ……

 痛みと共に胃の奥からこみ上げてきたものを留めておくことができず、俺はそれを外に排出した。

 

「ちっ、汚い。危うく付くところだっただろ。

 吐くなら先に吐くって言えよ、この間抜け」


 俺は横目で声の主の姿を追った。

 誰もいないはずの、いや、いなかったはずの俺の目の前、そこにアサシンはいた。

 後方にいて小さく目に映っていたはずのアサシンが。


 うえっ……

 先ほど食べた食事が再び喉奥を通り、路地裏に吐しゃ物の水たまりが出来る。


 なぜかは分からないが、アサシンは俺の前に現れ、俺の腹に膝をねじ込んだのだ。

 そして俺は絶賛リバース中。

 無様にも地面に転がってリバース中。


 吐き出すとともに痛みも消えてくれないだろうか、なんていう冷静なことを考えている自分がいる。

 状況に着いて行けずに他人事に感じているのだろうか。

 

「どうした、もう逃げないのか?」


 ひとしきり胃の中身を吐き出した俺。

 そんな俺の様子を見下ろしているアサシン。


 くそっ、こいつ俺をもてあそんでやがる。

 逃げなければ。何とか逃げなければ。


 でも、出来るんだろうか。

 相手はアサシン。殺しのプロだ。

 音もなく対象を殺害するのもお手の物のはずだ。

 それに比べて俺は35歳のただのおっさん。

 鍛えてもいないし、走るのも遅い。


「くははは、いいぞその間抜けな表情。

 もっと見せてくれ。さあ。」


 今どんな顔してたんだ俺。

 まあヘタレの俺の事だ、大体想像はつくけど。


 ちなみに俺は、やってくれと言われるとやりたくなくなる厨二系のタイプだ。

 つまり、間抜けな顔を見せてくれといわれたら、絶対に見せたくない。


 墓穴を掘ったなアサシン、今の言葉で俺の厨二心に火が付いたぜ。

 もうお前の喜ぶような情けない表情は見せてやらん!


 俺は萎えていた心に活を入れ、腹の痛みをこらえて目の前のアサシンと逆方向、つまり元走ってきた方向に走る。

 絶対に逃げ切ってやる。その後は、覚えてろよ!

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