第25話 おっさん VS リア充おねーちゃん
「右よーし、左よーし……」
何をやってるのかって?
もちろん周囲の様子を探っているのだ。
今の俺は鴨葱もしくは巣を離れた蜘蛛といってもいい。
機密情報を狙う悪いやつら、悪の組織が俺の命を狙っているかもしれない。
そういう話をさっきダイスンさんから聞いたばかりだ。
よしよし、支部の入口から顔だけ出して様子を伺ったが問題は無さそうだ。
辺りに人気は無い。
でも油断してはだめだ。なぜならここいらは住宅街のはずだ。
帰宅する社畜たちとばったり遭遇するかもしれない。
まあ社畜なら周囲の人間に興味を持つ余裕は無いだろうけど。
俺はさっと身を翻し支部を出ると、通りを挟んだ路地へと滑り込んだ。
そして何事も無かったかのように数メートル歩くと、後ろを振り返る。
よし、誰もいない。誰かが俺に気づいた様子も無い。
後は人通りの多い大通りに出て人にまぎれて、それでミッション成功だ。
俺はとりあえずの安堵に胸をなでおろしながら大通りを目指すのだった。
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ふう。なんとか何事も起こらずに人通りの多い道に出ることが出来た。
ここならいきなり拉致されることもないだろう。
この街のメインストリートであろう大きな幅の通り。
いくつもの商店が立ち並びそこを人々が行き交っている。
夕刻のこの時間だ、人々の中に女性の姿は少ない。
女性たちはすでに食材を仕入れて今頃は家で夕飯の準備に追われているころだろう。
今通りに溢れているのは仕事帰りの男たちだ。
家に帰る前に一杯引っ掛けていくのだろう。
どこの世界も同じってわけだ。
などと思いながら、俺は懐に入れたマナメモリーの感触を手で確かめる。
この中には魔法障壁のホールを防ぐためのマナブロックが入っている。
これを入手したから今回の出張の目的は達成だ。
そう、達成だ! 後は自由だ!
まずは宿探しかな。
その後は服屋だ。
何で服屋かというとだな、下着だよ下着。
下着まで一張羅だなんて、はしたなすぎる。至急購入しないと。
そもそも転生して初めて自分の自由に動ける時間がやって来たのが今だ。
パンツすら買いに行く機会が無かったというのが、俺のせわしない異世界転生ライフ。
後は、明日帰る前にベルーナにお土産を買って帰ろう。
給料前借できたから支払いも余裕だ。
あ、でも先に飯にするか。
そういえば朝ベルーナの手作りサンドイッチを食べてから何も食べてないな。
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街を歩いてたら都合よく服屋があったので、先に下着を買っておいた。
これでローテーションが可能だ。
死活問題だったのでとても嬉しい。
その後うまそうな飯屋があったので、昼ご飯兼夜ご飯を済ませておいた。さすがにここにも米は無いか。
日本にいるときは米にはさほど興味は無かったけど、いざ食べれないとなると食べたくなる……時がくるのだろうか。
というわけで次は宿だ。
用事と飯を先に済ませたため日没まであと少し。
さすがに暗くなる前に寝床を見つけてゆっくりしたい。
俺は少し足を速めながら、宿が多いと言われている地区に突入する。
さーてどこにするか。決め手は値段だよな。
宿泊費を安く抑えてお土産に回すのが優秀な社会人の生きざまだ。
そのためには狭くても安い部屋を探すのだ。
とはいえ、ここは異世界。
地球のようにインターネットで検索、というわけにはいかない。
宿の表に金額表でもあればいいんだけど、たとえあったとしても、俺はこの世界の字が読めない。
つまりは金額についてトークしなくてはいけない。
金額だけ聞いてよそに行くとか、小心者でコミュ症手前の俺にはつらいよな。
どうしようか……。
「はぁい、お兄さん。今日の宿決まってるの?」
考えながらぼちぼち歩いていた所を、客引きのお姉ちゃんに声を掛けられた。
ちなみに俺はこういうのは苦手なのだ。
お姉ちゃんが苦手なんじゃなくて客引きがだ。
いや、お姉ちゃんも苦手なんだけど……。
俺の好みはおしとやかでおとなしめの文系女子(眼鏡率高し)だ。
明らかに俺と人種が違うようなリア充なお姉ちゃんは苦手というわけだ。
話が逸れたけど、客引きや、「何かお探しでしょうか」は苦手。
じっくり自分で考えたいタイプなので店でも店員さんに話しかけられても愛想笑いしながら用があったら呼びますという大人の対応をしながら退けるのだ。
しかし今はじっくりとかそういうことを言っている場合でもない。
インターネットは無いし文字は読めないしで途方にくれていた所なのでここは甘んじて受け入れるしかない。
「いや、まだですけど……」
「じゃあうちはどう。安くしておくよ」
うーん、でも高そうなんだよな。
こんなきれいなお姉ちゃんが客引きしているってことは、きっとぼったくられるに違いない。
おばちゃんだったらなぁ、おばちゃんだったら無用の安心感で即決するに違いないのに。
「えっと、いや、他所を探します」
そっけなく答える俺。
安い金額を提示しておいて実はサービス料で跳ね上がるみたいな、そんな仕組みを疑って、金額を聞きもせず会話を打ち切ることにした。
おばちゃんが呼び込みしてる宿を探そっと。
「ああん、いけず。サービスするからさ」
ぬわっ、こ、この感触、は!
不意に腕に感じた不思議な感触。
俺はその感触の原因を確かめるために、腕へと視線を移す。
予想どおり、おねーちゃんが俺の腕を抱きかかえている。
そして当たってるよ、俺の肘に当たってる。
お姉ちゃんの胸が当たってるっ!
それにこのおねーちゃん、よく見たらきわどい服着てる。
あぁ、谷間見え……見えてるよ! けしからん。
「ど、どうしようかな?」
きっぱりと断れ俺。どうせぼったくられるんだぞ。
エッチなサービスをすると見せかけて、案内するだけしてはいさようならのオチが見えるだろ。
「ねえねえ、ほらほら、こんなこともできるよ」
おねーちゃんが俺の腕ポジを移動させ、谷間へと誘った。
するとなんだ、この圧迫感というか密着感。
吸いつくようなみっちりとしたような、俺の汚い腕が触れてすいません、と言うような感じ。
これは抗うことなんてできない。おれも健全な男なんだ。
……かっこいいこといいましたが、免疫0の俺にはお姉ちゃんに対抗する術を持たない。
「う、ううーん。じゃあ……お願いしようかな」
「きゃー、ありがとう。じゃあ案内するわね」
屈した。
双丘の魔力に屈しました。くっころ出来ませんでした。
一つ弁解しておこう。
俺は前世では童貞だ。
モテたことがなかったし、プロの方に依頼をしたこともない。
それはそれでまあ良しとしよう。
前世のことをあれこれ言っても仕方がない。
なので、俺はこの世界でそれから脱却する。
そうだ、新しい人生なんだ。やってやるぞやってやるぞ。
きっとこれが神様からもらったチート能力なんだ。
見知らぬ街に行くと、きれいなおねーちゃんから言い寄られる能力。
などと妄想しているうちにいくらか歩いていたようで、いつの間にか人通りの少ない裏道に入っていた。
魔法障壁管理者協会の支部があった所もそうだけど、大きな街なので死角というか
ふむ、まあいかがわしい店ならこういうところにあるものなのかな?
健全な街に堂々といかがわしい店が立っている様子は想像しにくい。
とはいえ、石造りの建物の裏手がひしめき合い、圧迫感のあるここは薄暗く細く不安になる。
通りからはこちらの様子を伺いにくいだろうし、こんな所で倒れたら誰も気づかないんだろうな。
「まだ着かないんですか?
なんだか人気も無くて寂しい感じなんですけど……」
もしかしてこの路地にガタイの良い男たちが待ち受けていて、色香に惑わされたおろかな男たちから金を巻き上げる算段なんじゃないだろうか。
「もう少しですよ~。お前の地獄への終着点はな!」