第24話 お前も俺と同じ匂いがする
「で?」
男の一言。
さっさとゲロって懺悔しろや、という意図が込められていると思われる。
「あの……すみません。怪しいものじゃないんです。
俺はファルナジーンの魔法障壁管理者でして……」
「嘘つけ!
ファルナジーンの魔法障壁管理者は年を食った爺さんだ。
お前のようなオッサンじゃねえ」
バーンとテーブルに手を叩きつける男。
こわひ。
「いや、すみません……ほんと。
前任の人のことはまったく知らないんです。
俺、昨日雇われたばかりなんで……」
「ふむ……まあ筋は通っているが。
それだけじゃ信用するわけにはいかない。
なぜならお前のような怪しいやつが機密情報である魔法障壁の情報を狙って沢山やってくるからだ」
「そんな……どうしたら信じてもらえるんでしょうか……」
「簡単だ。身分証を出せよ。持ってるんだろ?」
身分証って、お城でもらった身分証のこと?
あの身分証ってファルナジーンだけでしか通用しないんじゃないの?
ようは社員証みたいなもので、他社では役に立たないみたいな。
それに、身分証、壊れてるんだけど……。
「あの、持ってるには持ってるんですけど、壊れてしまって……」
男の言うとおり、身分証を差し出してみる。
小さなブロック状の6面体の身分証。
「ほう。確かに壊れてるな。
それにお前、この身分証に無理矢理アクセスしただろ」
「ひぃ、す、すいません。あの……それが分かるんですか?」
責められているような気がしたので反射的に謝る俺。
だが男は俺の方に視線は向けず、俺の手からもぎ取った身分証を弄繰り回している。
俺は未だに中の情報の見方を知らないが、あれが正しい操作方法なんだろうか。
「ああ、普通は壊れない。
魔法機器の中でも身分証は特に壊れにくく作られているからな。
だから壊すってことはよっぽどのことだ。
つまりは無理矢理に、不正にアクセスして失敗して壊したってことだ」
男は僅かに差し込む光のほうに身分証を向けると、眼帯に覆われていない片目を細めている。
その行為の意図は分からないが、身分証を日の光で透かしているように見える。
「そうだな、こいつを使おう」
男がカウンターの下から、手のひら大の長方形の道具を取り出す。
「こいつをこうしてと」
何やらその道具から伸びている線というかコードというかを身分証につないでいる。
繋いでいると言っても身分証にコネクタ、つまり差込口がついているわけではなく、先が洗濯ばさみの様な形状の金属で挟み込んでその道具と繋いでいるのだ。
「あの、何をしてるんですか?」
「ああ、こいつは壊れたと言っても、単体で動かせなくなっただけだ。
中のデータは残っている。それをこの道具で読み取るわけだ」
ふーむ。パソコンのOSが壊れてしまって起動しなくなったけど、中のデータ自体は壊れていないから写真とかを取り出すことは可能、というのと似ているのかな。
確かにデータを見るだけなら洗濯ばさみコードで繋ぐだけでも可能なのかもしれない。
中のデータを書き換えるとなると、大変なんだろうな。
「こいつはどういうことだ!? 中のデータがねえぞ……。
いや、あるにはあるんだが、お前の情報がさっぱり無い。
ファルナジーン製の身分証ということは分かる。
だがな、本来情報がある部分がすっぱり消えている。
雑に塗りつぶされたんじゃなく、そのデータがあった痕跡すら消えてやがる」
あー、そういえばアタックかけて失敗して情報が消えて、その後に魔法障壁さんがアタックのログを消去したんだったかな。
「おいお前!」
「ひゃいっ!」
急に呼びかけられたので発音が……。
「お前、名前は?」
「大阪、ヒロです」
俺は以前の教訓から名前を名乗るときのコツ、苗字と名前の間を少し空けて発音する、を実践しているのだ。
「ふーん、オオサカね……」
男は再度俺を一瞥すると、言葉を続けた。
「これだけ綺麗に、それも証拠も残さず情報を消しているとなると、そこらへんのチンケな機材じゃ出来ねえ。
それこそ一国の魔法障壁クラスの力が無けりゃな……
いいだろう、認めてやろう。お前は間違いなく魔法障壁管理者だ」
なるほど。あの時は失敗したけど、魔法障壁をうまく使えばきちんと情報が消せたってわけだ。
そもそも俺はデータを消したいんじゃなくて情報を見たかっただけなのに、魔法障壁さんがアタックかけるから……。
結局データを消したのは身分証自身のセキュリティ保持機能なんだけど、男の言うチンケな機材じゃセキュリティ保持機能が働く段階まですら行けないのかもしれないな。
という事は、俺がアタックかけて壊したことがばれないように魔法障壁さんにログを消してもらったけど、見る人が見れば一発で俺が壊した犯人だって分かるんじゃないか?
それは困るけど……いや待てよ、男が言うように魔法障壁クラスの力があれば情報を消すことはおろか、書きなおすことも可能なんじゃないか?
そしたら俺が壊したってばれないんじゃないだろうか。
いや、単体で作動しなくなってる時点で怪しいか……。
ま、まあ、経緯はともかく、俺が魔法障壁管理者だって分かってもらえたようだ。
「おい、ヒロ。俺はお前が気に入った」
「えっと……すいません、話が見えないんですが……」
急に苗字じゃなく名前を呼んだと思ったら、突然何を言い出すんだこのターバンさんは。
「いや、俺も身分証を壊したことがある。
俺の場合は魔法障壁を使ったんじゃなく、自作のマシンで挑戦したんだが。
身分証を壊すのは、よっぽどのバカか才能のあるやつだけだ。
お前も俺と同じ匂いがする」
「は、はあ」
「なんだ、つれないな」
「いや、初対面から今まで散々脅されましたから……」
「まあ気にするな。俺の名はダイスン。よろしくな」
肩をバシバシと叩かれた。痛い。
ちょっと力入れすぎと違う?
まあせっかく友好的になってくれたんだ。
ちょっと痛いくらいで文句を言うべきじゃないな。
いや、痛い。あと5回くらい叩かれ続けたら言うか……。
「よろしくお願いします。ダイスンさん」
俺は出来る限りの笑顔を作る。
ダイスンはうんうんとうなずくと、俺が預けた身分証を返してくれた。
「ああ、それで、本当にマナブロックを受け取りにここまで来たのか?」
「そうですが、何か」
「いや、一番新しいマナブロックはマナ通信で送ったはずだが」
「マナ通信……ってなんですか?」
「何ってお前、そりゃマナによる情報伝達方法だろ。
ん、そういえば、ファルナジーンにはここ数年通信ができてなかった気がするな。
もっと記憶をたどれば、ファルナジーンの魔法障壁管理者のじいさんもわざわざここまで取りに来てたな。命知らずだな」
「命知らず?」
「そりゃそうだお前、魔法障壁管理者はいわば歩く軍事機密だぞ。
そんなもんがそこら辺を歩いててみろ、格好の的だ。
すぐに拉致られて拷問されて秘密を暴かれるってもんよ。
お前もよくここまでこれたな」
「え、マジですか?」
「そりゃそうだろ、自分が管理している魔法障壁内ならともかく、その外に出るってことは、なんの戦闘能力もないんだぞ。
昔はひどかったぞ。
まだマナ通信が普及してない時代は、皆がここにマナブロックを取りに来たもんだ。
大きな国なら軍が護衛をつけていたが、小さな街規模となるとそうはいかない。
何人もの魔法障壁管理者が死んでいくのを俺は見てきた」
念のため私服で来てよかった……。
制服だったら鴨が葱しょって、飛んで火にいるなんとやらだった訳か。
「もしかして、俺も狙われますかね?」
「かもな。
この建物に出入りしてるってことは関係者だとばれている。
気を付けた方がいい」
「あの、支部の建物を秘密結社みたいに隠した方がいいんじゃ。
目立つと困りますよね」
「それは無理だ。移設する金が無いからな。
事情によりうちの支部は特に、な。
まあ、街中なら大丈夫だろ。
さすがに街中で拉致の上、拷問できるほどこの街の治安は悪くない」
「良かった……。
帰りもスレイプニル便ですっ飛んで帰ることにします」
「おうおう、それがいい。
お前みたいな馬鹿に死なれちゃ目覚めが悪いってもんよ」
ダイスンさんがクククと笑う。
まだこの人の距離感になじめない。
つい数分前まで命の取り合いをしてたからな。
いや一方的に取られる側だったけど。
「さて、マナブロックだが、ファルナジーンの魔法障壁は何種族の精霊の何属性だ?」
「え、何種族? 何属性?」
「そうだ。魔法障壁の種類によって出来るホールが違うからな。
当然必要なマナブロックも違ってくる」
「え、えっと……」
そんな情報あったんだ。こまったな知らないぞ……。
ベルーナなら何か知ってるはずだけど、今更出直すなんて格好悪い。
しばし言葉に詰まる俺。
「……よしよし、いいぞ。よくやった」
「え?」
「いいか? 魔法障壁の種族と属性は極秘情報だ。
それが知られれば弱点になる。
だから死んでもそれを話してはいけない。
ヒロは頼りなさそうだからな、ちょっと試したんだ。
悪かったな」
無言が正解だった!!
危なかった。ただ知らなかっただけだなんて言い出せない。
しっかし、魔法障壁の種族と属性か。
PCのOSの種類やバージョンみたいなものかな。
あれも種類ごとにセキュリティパッチがあるし。
ダイスンさんの言うように、それによって出来るホールが違うとなれば、逆にその情報を知られればどんなホールがあるのかが丸解りになってそこから侵入されるというわけか。
「以前に前任のじいさんに渡した時の情報はこっちで持ってるから大丈夫だ。ちょっと待ってな」
そう言うとダイスンさんがカウンターの後ろの薄暗い通路へ消えて行った。
・
・
少しの間ぼーっと待っていた俺。
しばらくするとダイスンさんが何かを手に戻ってきた。
手のひらに収まるくらいの小さな棒のようなもの。
色合いと光沢からして金属らしい表面。
見た感じ身分証と同じ部類のものだと思う。
「これは?」
「おいおい、マナメモリーも知らないのか?
この中にマナブロックが入っている。
帰って魔法障壁に差して使え」
「ありがとうございます」
差し出されたマナメモリーを手に持ってみる。
確かに棒状の先は何かに刺し込むためにコネクタ状になっている。
細いUSBメモリのようなものかな。
「ああ、今回はサービスしておくぜ。
本当はマナメモリーは持参したものに入れてやるんだがな」
「かたじけない」
なぜか武士のように礼を言い深々と頭を下げる俺。
「いいってことよ。まあ、気をつけてな。
何かあったらマナ通信してきな。
っと、マナ通信使えないんだったかな。
まあその原因も探っておきな」
マナ通信ね。
それがあれば危険を冒してここまでマナブロックを取りに来なくてもいいし、情報交換も出来るわけだ。
帰ったら絶対に調べよう。
俺は自分の命を守るためにそう誓ったのだった。