第22話 激走! スレイプニル便
ここからはまた通常のお話にもどります。
旅費を懐にしまい込んで、俺は乗合馬車の発着場に向かっている。
少し準備に手間取ってしまった。
なんの準備かと言うと、お着換えだ。制服では目立つため、一張羅である布の服に着替えていたのだ。
というわけで急いでいる。具体的には横腹が痛くなるほどダッシュしている。
転生した先がちょうど城内だったため、俺は今の今まで城の外に出たことは無い。
食事も全部城内の食堂でできたし、寝床は職場だし。
というわけで今回が初めての城外だ。
西洋とアラビアが混じったような石造りの街並みが広がっているが、残念ながら観光している暇は無い。
この出張スケジュールに余裕は無いのだ。
一泊二日の強行軍。目的地まで馬車で丸一日かかるらしいし、もうすでに昼に近い。
すぐにでも乗合馬車に乗って出発しなければ。
過酷な交渉の末に勝ち取った出張旅費だ。文句を言う筋合いはないけど、工程に無理があるんじゃない!?
乗合馬車の発着場は思いのほかすぐに見つかった。
もちろんベルーナに教えてもらったのだ。
俺の手にはベルーナの手書きの地図が握られている。
「ミラーの街行き便出発するぜ、乗るやつは急げよ」
って、ヤバイ、馬車が出発するらしい。
横腹の限界を乗り越え、命を燃やすダッシュで乗り場へ向かう。
「おっちゃん、大人一枚、はあ、はあ……」
息が上がってる。全力疾走とか久しぶりすぎて。
「おう、金貨2枚だ」
懐から金貨2枚を取り出しおっちゃんに支払った。
ちなみに、この世界では銀貨10枚=金貨1枚の計算だ。
銀貨1枚でおおよそ日本円で1000円くらいの金額だ。
そのため、今回の片道の旅費は金貨2枚、つまり2万円くらいとなる。
まあ、馬車の相場はわかんないけど、新幹線より少し高い気もする。丸一日の移動距離だと考えたら相応の価格なんだろうか。
「ほらボサっとしてんなよ。もう出発するって言ってるだろ」
「す、すいません」
おっちゃんに背中を張られた俺は、初体験となる馬車に乗り込んだ。
「お客様、席に着いてベルトで体を固定してください」
馬車に乗り込むなり御者がそう告げる。
とりあえず空いている席に座り座席のベルトで体を固定した。
馬車に乗るのは初めてだけど、予想していたのとは違うな。
予想していた馬車はよく西部劇とかで見る幌馬車タイプなんだけど、今乗っているのは確かに幌馬車の荷台のようではあるが、座席が規則正しく設置されていて、さらには座席ベルトもあるというわけだ。
「それでは出発します。はいよーっ!」
御者の掛け声とともに馬車が走り始める。
これからのんびりとした馬車旅の始まりだ。
のんびりとした、のんびりとした……!?
待って、なんか体に凄いGがかかる。馬車ってこんなに凄い乗り物なの?
見える景色も凄い勢いで後方に流れていくぞ。
それに、揺れも、凄い。
「あ、あの、馬車は初めてなんですけど、こんなに揺れるんですか?」
隣の席に座っている商人風のおじさんに聞いてみる。
「馬車? あんた何を言ってるんだ。これはスレイプニル便だよ」
「スレイプニル便? って何ですか?」
「あんたどこから来た田舎者だよ、ほら見てみいあれを」
おじさん促されるがまま馬車を引っ張っている馬を見てみるが、なんか俺の知っている馬と違う。
フォルムは馬で間違いないんだけど、まずサイズがデカい。象さんよりも、もう一回りはデカい。
それに、
「足が多い!?」
走行中なので良く見えないが、そのデカい馬は明らかに4本以上の足が存在している。
「あれがスレイプニルよ。あの8本の足で馬の3倍以上のスピードが出るってもんよ。力もあるでな。そのスピードを維持して走るスタミナも抜群よ。これがスレイプニル便だ。料金は少し高いが、速さはお墨付きだ」
なるほど、俺が馬車だと思って乗り込んだのは馬の代わりにスレイプニルという生き物が車を引っ張るスレイプニル便だったってことか。
確かに速い。けど、振動がすごい。
なるほど座席にベルトで体をしっかりと固定する必要がある訳だ。
うぷっ、気持ち悪くなってきた。
「あんた顔色が悪いぞ。スレイプニル酔いか? まあ初めてのやつには少々きついかもな」
いや、少々っていうレベルじゃなくてジェットコースターみたいな感じ。速度も相まって石に乗り上げた後とか滑空していることもあるもん。
もうやばい、リバースしそうな感じ。
内側から込み上げてくる。イメージしてはだめだ、リアルなイメージはだめだ。
口を開くと出るかもしれないので、隣のおっちゃんの問いかけにはただただ頷いておく。
「そうかそうか、じゃあこれを噛め。リリグサ草だ、乗り物酔いによく聞くぞ」
おっちゃんは自分の荷物から何やら植物の葉のようなものを取り出して俺に手渡した。
見たことない草だけど、もうリバース寸前なので藁にも縋る思いでその草を噛んだ。
苦い。
パセリに近いような味の汁が噛んだ部分からジューシーにほとばしる。
「どうだ、よく効くだろ?」
そんなにすぐ効くもんか、と思ったが、確かになんだか楽になってきた。
先ほどまで込み上げてきていたものが、その苦みによってスーッと引いていくような感じだ。
これで少しはしゃべれそう。
「どうもありがとうございます。少し楽になりました」
口をもごもごしながらしゃべる俺。
葉の繊維が結構硬い。
もしかして飲み込むんじゃなくてガムみたいに噛み続けて長い時間効果を持続させるのが正しい用法なんだろうか。
「おう、そうかそうか、それはよかった。じゃあ銅貨1枚な」
えっ、金取るの?
親切心からじゃなかったのか。
効果もあったし、まだ気持ち悪かったので、何も言わず銅貨1枚を支払った。
俺は商魂たくましいおっちゃんと共に、揺れ続けるスレイプニル便を味わうのであった。




