第21話 番外編 上司たちの喫茶店デート4
「エンリ様、こちらをお受け取りください。ヒロ様からです」
店員が花束をエンリに渡す。
「まあ、綺麗……」
うっとりとした表情で花束を見つめるエンリ。
「ちょっと、俺頼んでないよ。間違いじゃない?」
――がすっ
「いってー!」
よく見ると店員がヒロの足を思いっきり踏みつけたようだ。
「ヒロ様、頼みましたよね?」
店員の表情から感情が消え去る。
「あいだだだだ」
引き続き足を踏みつけてぐりぐりとしている。
「彼女に花束を渡したいのだが、と言ってましたよね?」
「あ、ああ、言った。注文したよ。そう、そうだよ、あーあ、ひみつだったのになー」
その返事に気をよくしたのか、店員はヒロの足を解放する。
「ふふふ、それではお幸せに」
そう言うと店員は去っていった。
「グッジョブよ店員、さすがね。指示通りにしか動けないのは二流、さらに上を目指してこそ一流ってものよ」
「え、あれハイネさんがお願いしたんじゃないんですか?」
「違うわよ。まさに想像の上を行く出来事ね。これでエンリ様のハートもガッチリキャッチよ」
「あの、勇者。こんな綺麗な花束をありがとうございます」
「え、ええ、お礼なんていいんですよ」
「ほら、ヒロさん、そこで、決め台詞ですよ。この美しい花もあなたの美しさには敵わない、って言うんですよ!」
「ベルーナさん。そのセリフはちょっとクサくないですか?」
「えっ、だめですかね? 私は言われてみたいですけど」
「まあ、人によるけど、ヒロにそれを求めてもだめじゃないかしら」
「そうですかねぇ。ヒロさんもたまに恰好つける事もあるんですけど」
「それにしても、いろんな努力の甲斐があって、エンリ様もようやく口を開くようになったわ。エンリ様ガンバ!」
部下卓の盛り上がりもひとしおだ。
「あのエンリさん、お時間大丈夫ですか? ハイネが来ないならもう用も無いかと思いますが」
「って、アホヒロー! ばかなの? なんでこのいい雰囲気をぶち壊そうとしてるの!?」
「あの、時間は大丈夫です。それに、わたくし、もう少しあなたとお話して、いたい、です……」
テーブルに視線を落としたまま、エンリは言葉を紡いだ。
段々と小声になり最後の方はよく聞き取れなかった。
「いよっし、エンリ様がんばった!」
「あ、ヒロさん、すごい表情してますよ。やっと気づいたんですかね、エンリさんの気持ちに」
「あまりの鈍ちんでこっちがハラハラするわね」
「あの、ご迷惑でしょうか」
「め、滅相もございませぬ。光栄の極みにございまする」
「あー、今度はヒロさんがテンパってしまってます」
「情けない男ね。まあそこが憎めないと言えば憎めないんだけど」
「あの、ヒロ、様とお呼びしても良いでしょうか」
「エンリ様吹っ切れたのかグイグイいくわね。いいですよ、もっと押していきましょう。ヒロは押しには弱いタイプとみたわ」
「名前で呼び合う仲だなんて、このベルーナが許しませんよ」
「ベルーナお母さんたら過保護なんだから」
「ヒロ、様」
「は、はいっ」
「ヒロ様。ヒロ様」
「はいっ、はいっ」
練習なのだろうか。何度も名前を呼ぶエンリ。
それに答えるように返事をするヒロ。まるでコントのようだ。
「はぁ、微笑ましいわね。私も恋してみたいわ」
パフェをぱくつくハイネ。
「好きな人とかいないんですか?」
「んー、私結構理想が高くてね」
「でも、恋は突然に始まりますよ。理想とは別物です」
「ベルーナさんはどうなの? 恋してるの?」
「えっ、ん、んん、まあ」
急に自分の話しになったので、飲んでいたお茶でむせそうになるベルーナ。
「えっ、だれだれ? 城の人?」
「ハイネさん、お終い。その話はお終い。今日はエンリさんの方が大切ですよね? お二人の展開を見逃してしまいますよ」
ベルーナの読み通り、更なる展開が二人を襲う。
「あら、これは……」
エンリが花束についていた紙切れに気づく。
「映画のチケットですね。喫茶イモータルからお二人へ、と書いてます」
「グッジョブよ店員。何から何まで気が利くわね」
ハイネは辺りを見回し先ほどの店員を探す。
店員と視線が合ったので、親指を上げてグッドのポーズで賛辞を贈る。
「はわわ、喫茶店デートからいきなり映画デートなんて、ヒロさんが耐えきれませんよ」
上司のヘタレぶりを知っているため心配しているベルーナ。
「あの、ヒロ様、映画はお嫌いでしょうか」
「だいしゅきです」
あまりの展開にテンパりすぎてセリフを噛むヒロ。
「よかったです。あら、でも始まりの時間がもうすぐですね。」
チケットを見て、そしてヒロを見て、ケーキを見るエンリ。
「だ、大丈夫です。」
ヒロはケーキにフォークを突きさすと、一気に口に頬張った。
「あら、殿方は豪快なんですね。よろしければわたくしのケーキもどうぞ。まだ口をつけていませんので」
「ありがとうございましゅ」
口をつけていても全然問題ありません!と内心思っているかどうかはわからないが、エンリのケーキもヒロの胃袋の中に消えていった。
「それでは早速向かいましょう、ヒロ様」
「はひっ、お供させていただきます」
喫茶店を出て映画館に向かうため二人は席を立つ。
「きゃっ」
立ち上がった瞬間、エンリがバランスを崩しヒロに向けて倒れこむ。
「おっと」
そこをヒロががっちりと受け止めた。
図らずも二人は抱き合う格好となっている。
「こ、これは、ナイスシーンよ。シャッターシャッター!!」
ハイネは身を乗り出して、二人を撮り始める。
「いいわ、いいわよ、エンリ様。このシーンいただきよ」
席からでは飽き足らず、立ち上がって間近で二人を撮影し始めた。
「あわわ、ハイネさん」
二人の周囲で写真を撮りまくるハイネから目をそらしたベルーナ。
「あれ、ハイネ?」
サングラスの不審な女子の正体にヒロが気づく。
「え……、しまった、我を忘れてしまった」
名前を呼ばれて我に返ったハイネ。
そーっとヒロとエンリ、二人の顔を見る。
「ハイネ、どういうことか説明してもらえますね」
美しい笑顔のエンリ。だが笑っていないのは一目瞭然だ。
「べ、ベルーナさん、助けて!」
共犯者に助けを求めるハイネ。
「え、ええっ? なんでばらすんですか!?」
明後日の方を向いていたベルーナだったが、まさかのハイネの裏切りによってまな板の上に引きずり出されるのであった。
かくして、喫茶店を出た四人。
通りに面した場所で正座させられているハイネとベルーナ。
「す、すみませんでしたー!」
土下座するハイネ。
「あの、ヒロさん、ごめんなさい」
共犯者のベルーナも謝罪する。
「ハイネ。あなたには勇者文献全10冊の写本を命じます」
「がーん」
分厚い文献10冊の写本となるとかなりの労力と時間を要する。
だが、エンリの許しませんオーラの前では反論も減刑を求めることもできないハイネ。
目をうるうるさせながらヒロの方を見つめる。
「そ、そんな訴える目で見てもだめだぞ」
男は女の涙に弱いものだ。
だが、ヒロも今までのハイネの行いに同情の余地はないと突きつける。
「ハイネ。ヒロ様にご迷惑をおかけするようなら、写本の量増やしますよ?」
その言葉を聞いて、ハイネは涙を流す。
「うわーん」
鼻水も垂れだして年頃の女の子のする顔ではない。
「ううーん。じゃあ首から『私は軽はずみな行動で上司たちに迷惑をかけました。反省しています』と書かれた板を首から下げてこの通りで半日反省してもらう。これなら半日で済むぞ。どうだハイネ?」
さすがに可哀そうになったのか、ヒロが代案を出す。
だがその代案は写本と比較して何ら軽いものでは無い。
「うぐぐ、写本、します」
進退窮まったハイネ。
葛藤の末、俯きながら写本を選択した。
「あの分厚い本10冊の写本……。いつまでたっても終わりませんよぉ」
ブツブツと小声でつぶやくハイネ。
「大変だよなぁ、そう思うよね、ベルーナ」
「は、はいっ、大変です」
ヒロが急にベルーナに話を振る。
「二人でやったら半分で済むよね、ベルーナ」
ニコリと微笑みかける。
「そ、その通りです。私も写本に協力させていただきます!」
「偉いぞベルーナ。精進するんだぞ」
腕を組んでうんうんと頷くヒロ。
「エンリさん、うちの子がご迷惑をおかけしますがそれで構いませんか?」
「ええ、お優しいのですね」
「いやあそれほどでも」
「それではヒロ様、残念ながら映画の時間は過ぎてしまいましたが、わたくし、次回を楽しみにお待ちしておりますね」
「えっ!? あのっ、そのっ!?」
喫茶店の出来事は全部ハイネの仕業だと思っていたヒロは、その返事の意図を理解しきれずにいるようだった。
かくして上司思いの部下たちの計画した喫茶店デート作戦は終わりを告げた。
この後、奥手な上司たちがどのようなやり取りをするのか、それは誰にもわからない。
番外編をお読みいただきありがとうございます!
次からは本編に戻りますので、本編もよろしくお願いいたします。