第2話 この異世界はデスゲームですか?
「ん、たたたた……」
体が痛い。非常に痛い。
痛いだけか? そもそも体は大丈夫なのか?
なんかめっちゃ高いところから落下した感覚あったぞ。
途中恐怖で気絶したけど。
手はある……足もある……。もちろん二本ずつある。
見たことのある手足だ。
どこも出血とか骨折とかしている様子はない。
「ほっ、大丈夫だ」
大ダメージから始まる異世界転生とかまっぴらゴメンだ。
「しっかしこの手足、おなじみの手足だな。
せめて若返らせるとかしてくれよな。転生ってそういうもんじゃないの?」
しょぼくれたオッサンのなりのままだと、せっかくの異世界転生でもモテモテにならないじゃないか。
何の能力も無くても、若返りさえすれば十分にワンチャンあったはずなのに。
この際、顔の事は置いておくとして。
それにしても、ここはどこなんだ……。
辺りは……暗い。時間的には夜か。
周囲に明かりは全くない。
そのため自分がいる場所がどんなところなのかを把握することも難しい。
かろうじて星の明かりで自分の周りが視認できるくらいだ。
遠くの方でポツポツと光っているのは見える。
その光がここからどのくらい遠いのか距離感はつかめないが、人がいるのは間違いなさそうだ。
尻の下は冷たい。どうやら石畳の上に居るようだ。
得られる情報はそれだけ。
そういえば、情報と言えば今の俺どんな状態なの?
こういうときゲームならメニューウインドウを開けるんだよな。
チート能力はもらえなかったけど、もしかして基本ステータスが超つよくてワンチャンあるかもしれないぞ!
「さあ、開けメニューウインドウよ!」
高らかに宣言してみる。
…………。
何も起こらない。
開き方を間違ったかな。
なら、これでどうだ。
今度はメニューウインドウが開くイメージを念じてみる。
…………。
何も起こらない。
そんなに都合よくはいかないか。
きっとここはメニューウインドウが無い世界なんだ。きっとそうだ。
ステータスの事は置いておくとはいえ、困ったぞ。
ここはどこかもわからないし、そもそも俺無一文じゃね?
自分の体をまさぐってみる。
死ぬ前に着ていた服じゃないな。
なんか、ファンタジーっぽい服を着ている。
だけど、安物そうな。俺にはお似合いってことかよ。
ん、なんか懐にあるぞ。
「パン!?」
懐から取り出したものは一切れのパンだった。
昔やったオンラインゲームで言うと、これは初期装備ってやつだな。
ぬののふくにパン。
これで当面をしのげっていうのか。
でも神様もさ、パンを入れる時間があるならもっといいものをくれてもいいんじゃないか。
自分の初期装備は理解したけど、どうしたものか。
このパンだけじゃ数日たたないうちに飢え死にだ。
それに金目のものは持ってないぞ。
無一文で知らない世界とかハードすぎる、いやヘルモードだろ。
こういう時はさ、チートは無いにしてもどこかの金持ちの息子とかに転生させてくれるべきだと思うよ。
貴族令嬢とかさ。ああ、でも女の子よりは男の子のほうがいいかな。
ハーレムしたいし。
……現実逃避はそろそろ終わりにしないと。
「そもそもここはどこなんだよ……」
立ち上がって辺りを見回してみる。
ようやく目が暗さに慣れてきたのか、辺りの様子が少しだけ分かるようになった。
地面は先ほど言ったとおり石畳。
それで、壁。壁。
右と左を壁に挟まれた場所だ。
壁と言っても屋内ではない。
さっき言ったとおり空が見えるからな。星がきれいだ。
田舎なのかな。いやいや、この世界はきっとファンタジーな世界なんだよ。
って、この世界ってどんな世界だ?
ファンタジーの世界なのか?
それとも殺伐とした銃と硝煙の世界なのか?
やばいぞ、いきなり初対面の人に殺される世界とか勘弁してくれよな。
だが怯えていてもしかたない。まずはこの世界の情報を探るんだ。
人に会うのもやばいかもしれない。
目と目があったらバトルという世界かもしれないしな。
身を隠しながら進むしかない。
足音をたてないように。こそこそ。
俺は近いほうの壁にぴったりとくっつく。
俺は壁だ、何物にも見破れまい。
かさかさ。壁に沿って進んでみる。
――ごんっ
「いてっ!」
あっと、声を出すのはまずい。
念じろ、念じるのだ。心の中で会話するのだ。いいか。俺いいな。
よーしいいこだ。
頭をぶつけたものの正体を手で探る。
なんだこれは……。
目に見えない何かがある。
暗いから見えてないだけか、と思ったがちゃんと先の景色は見えている。
透明だけど確かに物理的な物がある。
それも大きい。
ペタペタと手で触ってみたが、全体像がつかめない。
触ってすぐに理解できるような柱のようなものではないことは分かった。
――こんこん
叩いてみる。
軽い音がする。この世界の魔法か何かだろうか。
まあこれが別になんであれ俺の邪魔をしなければ無視だ無視。
俺は目の前の物体の途切れるところ探るため、触って確かめながら歩く。
あら、これ、途切れてる所無くない?
そのまま反対側の石壁まで到達してしまった。
上と下はどうだ?
同じように手で確かめながらまずは下を、そして上をチェックした。
残念ながら上も下も隙間すらない。
つまりはこれは見えない大きな壁。
石壁と石壁の間は通路のようになっていて、俺はそこにいるんだが、その通路を塞ぐようにして見えない壁があるのだ。
まあ見えない壁の事はいいや。
こっちは進めないということだ。
とりあえずその透明な壁を通り抜けるのは諦めて反対方向に、つまり来た道を引き返すことにする。
――ごんっ
少し進むと同じように見えない壁にぶち当たった。
「ちょ、ちょっとまって、こっちにもあるの?」
先ほどと同じく、石壁と石壁の間をふさぐように目に見えない壁がある。
ちょっと、これ詰んだんじゃないの?
どこにも出口無しやで!
どうしたらいいんだ。このまま朝を待つか?
でも、両側に入口も出口もない空間に男が一人いたら怪しまれるに違いないぞ。
捕まって投獄ということも考えられる。
まずい、この世界がどんな世界かもわからないのに、いきなりデッドエンドを迎えることになってしまうかもしれない。
まずいまずい。
ドンドン、と力の限り目に見えない壁を叩いてみる。
もしかしたら割れるかもしれない。
だが、手ごたえでわかる。これを俺の力で割るのは不可能だ。
だからと言って諦めるには早い。
命がかかってるからなんだってできるぜ。
これが火事場の馬鹿力じゃい!
と壁に手を打ち付けること1分。
骨にひびが入ったかのように痛い……。
痛い痛い、じんじん来る!
「くそっ、ここで終わりなのかよ。
これなら異世界転生せずに生きていたほうがましだったぜ……」
思わず独り言ちた。
もうだめだ。これは悪い夢だ。
そうだ、これはあれだ、死んでもまたループする能力のあれだな。
って、ループもなにも、始まってすぐに壁に閉じ込められてどこの段階に戻るっていうんだよ。
壁よ、壁さんよ。俺を通してくれよ。
俺は両手で目に見えない壁に触れる。
「……?」
なんだ? この壁、穴が空いてる?
でも目の前じゃ無い。少し上の方だ。
両手を触れてみると何かが流れ込んできたかのように、穴が空いていることが分かったのだ。
分かるというか、少し上の方で一か所だけ人が通れるほどの穴が空いている。
そんなイメージが脳内に浮かんだ感覚だ。
手を放して見上げてみる。
すると、穴が見えなくなった。
「穴が、消えた?」
そんな馬鹿な! せっかくの手がかりなんだぞ!
再び両手を壁につけてみる。
やはり穴がある。気のせいなんかじゃない。
両手を付けて集中すると見えるようになる穴だ。
よし、あの高さなら届かないことはない。
俺は一度壁から手を放す。
そして、助走距離を取って穴に向けてダッシュ&ジャンプだ!
な、なんとか穴の淵に手を引っ掛けることができた。
やっぱり穴はあったんだ!
でも、この体勢から体を引っ張り上げれるのかな。
俺、スポーツマンじゃないぞ。
「んぎぎぎぎ」
一生分の力を使った気がする。
そのおかげでなんとか穴に体を上げることができた。
「はあ、はあ……死ぬかとおもったぜ」
でもこれで、この壁に囲まれたゾーンから脱出することができる。
力を使い果たしたけど、あまり休んでいる暇も無い。
誰かに見つかる前にここからおさらばするんだ。
「よっと」
少し高さのあるところから飛び降りる。
これで壁の向こう側だ!
さてさて、どこに向かうかな。
辺りは暗いけど適当に進めばどこかに辿り着くだろう。
――かさっ
ん? 何かの音がした気がする。
俺がたてた音じゃないぞ。
「ほう、管理者か。やけに早いじゃないか」
びっくりした!!
いきなり声がしたら心臓に悪いじゃないか。
声のした方向をよーく目を凝らしてみてみる。
すると、黒い衣装を身にまとった女性の姿があった。
記念すべき? 異世界転生最初の人との遭遇だ。
だがしかし、ここがどんな世界かもわからない。
目と目が合ったとたん殺し合いの始まる世界かもしれない。
どうする、なんて喋りかけたらいいんだ。
そもそも会話して大丈夫なのか……。
しかし見つかったからには会話するしかない。
「あ、あの、すいません。言葉解りますか?」
俺は言葉が解るが、相手は俺の喋る言葉がわからない可能性もある。
異世界あるあるだ。
「なんだお前、死にたいようだな」
のーーーーーーーっ!! はい決定。
ここは人と会ったらデスゲームの世界ですね。
言葉は通じているみたいだが、もうだめだ。
女性がナイフのような刃物らしきものを取り出してこちらに向かって来る。
やばい、やばいぞ、逃げないと、どこへって、後ろだ。
もと来た壁の中だよ。
俺は一目散に開いた穴へとジャンプする。
高いんだよこの穴!
でも急いで登り切らないと殺される!
またもや一生分の力をつかって、なんとか壁に空いた穴に登った。
「馬鹿かお前。わざわざ障壁の穴を敵に教えてどうするんだ。
噂通りこの国の魔法障壁管理者はゴミのようだな」
なんだ、何を言ってるんだあいつ。
魔法障壁管理者?
そんなことよりこれからどうしたら。
壁の穴には登ったが、この後逃げ道はない。
だって、反対側にも壁があるんだもの。
「さあ我が眷属のワームよ。障壁を越えるのだ」
女が怪しげな雰囲気を醸し出している。
暗くてよく見えないが、女と地面からもやのようなものが立ち上っている。
目を擦ってみたが見間違いではない。
立ち込めたもやの中、地面からムカデみたいな生物が姿を現した。
「ぎいっ」
人の大きさ程ある一匹のムカデが聞きなれない音をたてる。
「え、ちょ、まさか」
こっちにくるのか?
ムカデが跳ねた、と思った瞬間、一直線に俺のほうに向かって跳んできた。
ぐふっ。ムカデって跳ぶんだ……。
重い一撃をもらった俺は壁の穴から吹っ飛ばされて後ろ側に落ち、壁に囲まれた場所へと逆戻りした。
幸い腕が動かなくなるほどのひどい怪我はなかったものの、命の危険はビンビンだ。
あの大きなムカデが俺を食いにくるんだろ?
短い異世界転生だった。
次の異世界では、チートでモテモテのハーレムの世界がいいな……。
俺はもうこの世界で生きていくことをあきらめた。
「……ん?」
だが、覚悟を決めたものの、一向にムカデに食われる気配はない。
恐る恐る目を開けてみる。
ムカデは……いた。
だけど、何をしてるんだ?
俺に背を向けて、壁に向かってワサワサと何かをしている。
壁を壊そうってのか?
無理だろ。その壁かなり硬いぞ。
と、今がチャンスだ。この隙に逃げなければ!
でもどこに。
さっきから言ってるけど、俺の後ろにも見えない壁があるんだ。
「な、何をしてるんですか。あなたは何者です!」
なんだ、別の誰かの声が聞こえる。
これは少女、の声か?
突然の声に、走り出す気勢をそがれた俺。
ちょうど俺の後ろの辺り、その声の聞こえた方向へと視線を向ける。
暗くてよく見えないが、見えない壁の向こう側に声の主と思われる少女の姿を発見した。
星々の明かりだけが唯一の光源。
薄暗い中に現れたのは白色のローブを着た背の低めの少女。
フードを深くかぶっており、遠目でもあるため表情までは見て取れない。
これはどう判断したらいいんだ。味方なのか敵なのか。
この世界がデスゲームなら味方じゃないこと間違いなしなんだが。
前方には敵意むき出しの女性と化け物ムカデ。
後方には謎の少女。おそらく敵。
ああ、俺はもうだめだ。
さっきも言ったが、次の異世界転生ではチート能力とハーレムを……。
「聞こえないんですか、ここで何をしてるんですか!
障壁に接触反応があったので急いで見にきてみたら」
ん?
目をこすってみる。
少女が見えない壁をすり抜けたように見えたぞ。
いや、確かに通り抜けた。
その証拠に少女が俺の方に近づいてくる。
フードの下にチラリと見えるのは、眼鏡か?
「あなたですよあなた。怪しいですね。何者です!」
その小さな口から俺に向かって発せられた言葉。
どうやら即殺、というわけではないようだ。助かった。
って、助かってない。
「俺は怪しいものじゃない。怪しくないんだ!」
俺は大きく手をぶんぶん振って怪しく無さをアピールする。
いやー、この発言はだめだろ。
怪しさ満点だわ。
どう勘違いしたらこのセリフで怪しくないって分かってもらえると思うんだ。
俺が逆の立場だったら速、悪人判定するわ。
「動かないで!」
やっぱり怪しい認定された!
ちょ、なんか鈍器見たいなの取り出したぞ!
ここはデスゲーム世界でした。さようなら。
「ま、まって、俺よりもあっちのほうが怪しい。あのでかいムカデみたいなの」
俺は怪しいけど、あっちのほうがもっとやばい。
でかいムカデだよ? 人食べるよ?
それに比べて俺はなんの敵意もないよ?
「え、ムカデ?」
少女は言われて初めて、壁に取り付いて作業をしているムカデに気づいたようだ。
「あれは、ワーム。
何てこと……すでに侵入されてたなんて。
急いで穴をふさがないと!」
少女が俺を無視してムカデが取り付いている壁に駆け出す。
「ま、まって、危ない」
情けない。そんなセリフしか出てこないのか俺よ。
「フフフ、お前も管理者か。遅い登場だな」
少女がワームと呼んだ大ムカデの向こう側、見えない壁越しにいる黒装束の女性だ。
「何者です。名乗りなさい!」
壁を挟んで少女と女性が対峙する。
少女は鈍器というか、杖というかそれを女性に向けて構えている。
「お前は馬鹿か。そう言われて名乗る馬鹿はいないだろ。
それに、そんなセリフを吐く前にワームを何とかするべきだったな」
「えっ、しまった!」
壁に向かって作業していたムカデの動きが止まる。
「くくく。能無しの管理者どもよ」
女性が壁を蹴ると、まるで綺麗に円形に切り取ったかのように、人が通れるほどの穴が開いた。
「くっ……」
少女が数歩後ずさる。
そんな少女の様子をしり目に、女性は悠々と開けた穴から壁の中へと入ってくる。
「さて、いいのか、壁の無い管理者など弾の無い銃と同じだぞ」
僅かながら声のトーンが上がった気がする。
あの黒い覆面の下で笑みを浮かべているのだろう。
「ほら、そこの男と一緒に殺してやろう」
やっぱり俺もか。そうですよね。さっきまで狙われてたし。
でもどうせ死ぬんなら……最後は少女を助けてかっこよく散りたいよな!
「待て待て、この子を殺すのなら先に俺を殺してからにしな」
やけくそだ。
俺は立ち上がり、少女と女性+ムカデの間に割って入る。
「な、何やってるんですかあなた。あなた敵じゃないんですか?」
「まあおそらく……やっこさんの敵ではあるが、君のような少女の敵になった覚えはないな」
いやー、歯が浮く。こんなセリフがスラスラ出てくるなんて。
これが異世界転生の力か?
「っ! 逃げますよ、付いて来てください!」
「お、おい!」
少女に袖を引っ張られる。
思ったより結構強い力だ。
少女と俺は全力で走る。
後ろをチラ見したけど、俺達のその様子を黒装束の女性はただ見ているだけだ。
余裕か?
そんなに俺達が弱そうか?
まあそうか。おれパンしか持ってないもんな。
パンしか、持ってないよ!
「ど、どうするんだ。逃げるっても、この先は壁が」
「ええ、壁がありますよ。壁の向こうに逃げるんです」
壁の向こう?
どういうことだ。抜けれるのあれ。
「歯を食いしばってくださいね。急いでいるので痛いですよ」
「え、え、痛いの? ちょっと!」
――どうっ
体に衝撃が走った。
どうやら壁に激突したようだ。
でも想像していた痛みと違う。
堅い鉄板にぶち当たる想像をしてたけど、そうじゃなくてサンドバックみたいな柔らか素材だけど重く硬い、そんな感じのものに全身をくまなく打ち付けた感じだ。
ただ、鉄板であれサンドバックであれ、全力でぶち当たったので痛い!
これはシャレにならない。頭も打った!
歯は食いしばってたから無事だけど、痛い!
目がチカチカする!
俺の手を引いていた少女の手もいつの間にか離れており、眩暈と共に天地の方向を失った俺は地面へと倒れこんだ。
「ふうっ、とりあえず無事に壁を越えれましたね」
不意に少女の声が聞こえた。
ん? 壁を越えたって?
激突したよね俺。盛大に。
目を開けると、そこにはこちらを向いて座り込んでいる少女の姿があった。
そして俺は地面にうつ伏せに倒れこんでいる状態だ。
で、問題は、この位置から少女を見るとだ、少女の纏っているローブの隙間から下着が見えるんだが。
ちょっと体も動かないし、まあご褒美だと思ってこのまま眺めていよう。
そうだな、俺達は壁を越えたんだ。
うん。健康的な白。
「あなたは何者ですか。お城の人ですか?」
先程の強めな口調と異なり、少女は落ち着いた口調で俺に語り掛ける。
が、そこで俺の目線を感じ取ったようだ。
「っ!!」
バサッとローブを手で囲みこんで、下着を見られないようにガードした。
「ち、違うんだ。見てない。パンツなんか見てない。
いや俺は怪しいものじゃない」
ああ、この語彙力の無さ。
どう見ても怪しくて、パンツも見たって言ってるよね。
これじゃあ信用してくれっていうのは無理だろ。
「おやおや、なんだい。二人で乳繰り合ってるのかい。
この城は平和ボケしちまったのかね」
いつのまにか俺たちがすり抜けた壁の元まで黒装束の女性がやってきている。
もちろん壁の向こう側にいて、俺達のいるこちら側は安全地帯のはずだ。
「あ、あなた何者なの。この男の仲間? なにが目的?」
少女はキッと女性を睨みつけ、彼女に問いかける。
いや、そう聞いて素直に教えてくれる人はなかなかいないよ?
俺が言うのもなんだけど、あの人怪しいよ?
俺とは違ってさ。
「ハッ、その男の仲間か、だって?
そいつはお前らの仲間だろ。
間抜けな管理者だな。わざわざ穴の場所を教えてくれたぞ」
「なんですって? あなた、何をしたかわかってるの?」
少女は俺のほうを見て、厳しい口調で問い詰めてくる。
「何をしたかって言われても。何がなんだかさっぱり……」
俺は異世界転生してきたばっかりで右も左も分からない素人異世界転生者。
そんな俺に言われても。
「敵なの味方なの?
早く答えて。じゃないと敵とみなします。
さん、に、いち」
「わ、わ、敵じゃない、敵じゃないよ。だから殺さないで」
「本当かしら。
百歩譲って敵じゃないとしても、不審者には違いないわ。
私の邪魔だけはしないで!」
何とか敵じゃないことは信じてもらえた。
邪魔だけはしないでって、確かに何の役にも立たないけど、せめて肉壁にはなれるよ。俺。
さっきも漢の気概見せたよね?
「この期に及んで仲間割れとは、頭はお花畑かい」
「そ、それであなたの目的は?」
「あんた本当にお花畑のようね。
そんなの教えるわけないだろ」
いや、そうだよね。教えてくれるわけないよね本当に。
俺もそう思う。
ああ、でも俺も同じ立場なら聞いちゃうかな。
「だ、け、ど、冥途の土産に教えてあげるわ」
って、教えてくれるんかい!
「私はね、クレスタ帝国のアサシン。
この城に侵入してある重要人物の命を奪うのが目的さ」
クレスタ帝国?
国の名前か?
この城ってことは、ここは城の中か。
どうりで高い石壁に囲まれてると思ったら、これ城壁なのね。
「語るに落ちましたね。冥途の土産なんて。
魔法障壁がある限りあなたの思い通りにはならないわよ」
「くくく、それがなるんだよ。
この城のクソみたいな魔法障壁がなんの役に立つっていうんだい」
女性は壁に両手を当てる。
あれは、俺がやったのと同じ?
「くっ、サーチを使えるなんて!」
サーチ?
サーチってなんだ?
「お、おい、サーチってなんだよ」
「私が教えてやろう。
魔法障壁は通常は強固な防壁だが、時間がたつにつれて綻びが出てくる。
その綻びを探すのがサーチだ。
……ほら見つけたぞ。そこだ!」
目では見えない不可視の壁の一部に、ドアというかドアの輪郭というか、そんな物が浮かび上がる。
「さあワームよ、このぼろっぼろの魔法障壁に風穴を開けな!」
ギイギイという音を立ててデカいムカデが現れたドアに取り付く。
「おい、なんか壁にドアみたいなのが出たぞ。大丈夫なのか?」
俺は少女の顔を見る。
少女は冷や汗をかいている。
「おい、おいってば!」
「あ、あのままじゃ壁が破られてしまう。
ホールが出来る前に塞がないと……」
俺の呼びかけに、ようやく少女が反応を見せる。
「ホール? あのドアのことか?
塞げるなら早く塞いでくれよ」
「だめなの。私、操作権限しか持ってないの。
だからワームが開くホールは塞げない……」
「えっ!?」
ちょっと待って、じゃあどうして出てきたの。
ここで出てくるってことは、とっておきの切り札とか引っ提げてるものでしょ。
「ううう、まさかこんなことになるなんて。
私もあなたもここでお終いだわ……」
待って待って、なんで諦めてるの。
諦めたらそこで終了だよ!?
ぎぎぎー、と音は聞こえなかったが、壁に現れたドアが少しづつ開いていく。
やばい、あれが開いたらムカデが入ってくる。
俺は咄嗟に駆け出し、ドアを押し戻そうとした。
「ふぎゃっ」
なんかびりっと来た。
両手でドアに触れて力を込めた瞬間びりっときた。
びりっときた瞬間、何か頭の中に流れ込んでくる。
『IDとパスワードを入力してください』
な、なんだ?
IDとパスワードだって?
あれか、IDとパスワードっていったら、あのIDとパスワードのことか?
パソコンとかの。
ていうか、ノーヒントでそんなのわかるわけないだろ。
んんん?
よく見ると壁に書いてあるぞ?
合ってるのかこれ……とりあえず入力してみるぞ。
『認証しました。
はじめまして管理者。
あなたは管理者権限を実行できます。どうしますか?』
なんだ、管理者に管理者権限?
管理者権限って、あの子がさっき言ってた操作権限のことか?
『管理者権限とは、操作権限の上位権限です』
え、何、答えてくれるの?
操作権限の上位権限だって?
じゃあなにか、このドア塞げたりするわけ?
『了解しました。管理者権限によるコードを実行。
ホールを塞ぎます』
お、おおお。なんだかわからんが凄い。
ドアが輪郭から光の粒みたいになって消えていくぞ。
これ、助かったんじゃね?
「な、なんだと、ちょっと待て、お前タダの間抜けじゃなかったのか?
おい、ちょっと待て!」
なんか敵さん慌ててらっしゃる。
予想外のことだったんだろう。
ざまーみろ。俺をゴミみたいに扱いやがって。
「す、すごい。ホールが完全に消えた……」
少女が目をぱちくりさせている。
なんだ、やっぱりすごいのか。凄いな俺。
「くそっ、もう一度サーチだ」
アサシンが再び壁に両手を当てサーチに入る。
せっかく塞いだのにまた扉を作る気だな。
そう何度もやらせるか!
……いや、でもどうやって止めさせたらいいんだ?
まだあいつの傍にはムカデもいる。
俺が近づいても刃物でイチコロだ。
くそっ、なんとかならないのかよ。
『了解しました。管理者権限によるコードを実行。
ウイルスを消去します』
ウィルス消去?
と思った瞬間。
「ぎゃぅっ!」
女性がお世辞にもお淑やかとは言えない声をあげる。
いやいや、もともとお淑やかとは縁遠い発言ばかりだったけど。
なるほどね。彼女の壁へのサーチがウィルス判定されたんだ。
なんだかパソコンみたいだな。
彼女の手から煙がでている。
ウィルス消去って物理的なやつなんだ。
手が焼けるほどの……。
「く、くそっ、こんな強大な権限を持つ管理者がいるなんて聞いてないぞ。この失敗はあいつのせいだ」
アサシンはそう言い残すと、素早く壁から離れて闇に姿をくらませた。
いつの間にか大きなムカデも消えている。
終わりか? もう襲ってこないよね?
「ふう、何とかなったな」
俺は腰を落とし、一息つく。
「危なかったな。大丈夫か?」
命を拾った喜びを分かち合いたくて少女に声をかける。
「あ、あの、あなたは。いえ、あなた様はいったい……」
少女はこちらにかぶりつくような体勢で俺を見ている。
暗い中フードをかぶっていたのでわからなかったが、チラリと見えたのは赤色の眼鏡だったんだ。
フードは今の騒ぎで脱げている。
緑色の髪を短く三つ編みにしたおさげのメガネっ子。
予想通りカワイイ。
「俺? 怪しいものじゃないよ。
俺の名前は大阪ヒロ。異世界転生初心者さ」