第19話 番外編 上司たちの喫茶店デート2
喫茶店の中は外観と同じくお洒落なデザインになっている。
木目を利用して大胆に作られたテーブルや椅子。
葉の形が小さく可愛い観葉植物が要所要所に置かれ、都会の中で森林浴を楽しめるかのようだ。
「ハイネは……まだ来てないようですね」
ヒロはぐるりと席を見渡してみるが、待ち人の姿は無いようだった。
現在の時間は午前中である。にもかかわらず喫茶店内は若い女性たちで賑わいを見せている。
「座って待ちましょうか」
「え、ええそうですね」
ヒロとエンリは店員に席へと案内される。
「ベルーナさん、二人が席に着いちゃいます。私たちも行きますよ」
「あ、ちょっと待ってくださいよ」
二人の後を追って入店したハイネとベルーナ。
部下たち二人は店員の案内を振り切って上司たちが座った席の隣のテーブルに座りこんだ。
「ハイネさん、通路を挟んでいるとはいえ、こんなに近くでばれないでしょうか」
小声で話しかけるベルーナ。
先ほどまでフードを深々と被っていたいたベルーナは、いつの間にかハイネと同じくサングラスとマスクをしている。
おそらくハイネから借りたのであろう。
サングラスとマスクをした女の子二人。
異様な光景ではあったが、当の上司たちはまったく正体に気づいていないようだ。
「ええと、これはどれを注文したらいいんだ。こんな店に来たことないからわからないな……」
メニューを見ながらぶつぶつとつぶやいているヒロ。
確かにメニューは絵本と見間違うほどの内容で挿絵がストーリー性を持っており、どれが注文できるものなのかは解りにくい。
焼肉屋でカルビやロースを頼むのに慣れたヒロではなおさらだ。
「ああ、ヒロさん、ダメですよいきなりカッコ悪いところを見せたら。そういう場合はまずは女性に選ばせて同じものを選んだらいいんですよ」
その様子を見ながらベルーナがつぶやく。
「ううーん、確かにマイナス点よね。でも、エンリ様は気にしてないようだわ。ほら、うるんだ瞳でその様子を見てるもの」
「あの、エンリさん。何を注文しますか?」
ベルーナの思いが通じたのか、メニューをエンリの方に差し出すヒロ。
「……」
だがエンリはヒロの方を焦点のそろわない目で見たまま何も話そうとはしない。
「エンリさん?」
「ひゃ、ひゃいっ、な、なんでしょうか」
「あ、あの、何を注文されます?」
「え、ええ、同じものでお願いします」
エンリはメニューも見ずに即答した。
「エンリ様!? あの気遣いの鬼、いやそのきめ細やかな気遣いから大地母神とも呼ばれているエンリ様が!?」
普段とは違う上司の姿に戸惑いを隠せないハイネ。
「ヒロさんの道が絶たれてしまいました……」
「まだよ、きっとヒロならここから挽回してくれるはず。そうよねベルーナさん」
「そ、そうですよ。ヒロさんは勇者ですから。そうだ、ヒロさん、店員ですよ店員、おすすめを聞いてそれにすればいいんですよ。届け私のテレパシー!」
メニューに四苦八苦している上司の横の席で、指を交差させて両手を合わせ念じているサングラスにマスクの部下。
その祈りが通じたのか、ヒロは店員におすすめを尋ねて二人分注文することに成功したようだ。
「ふう、一時はどうなることかと思いました。これで振り出しに戻るですね」
「ええ、ここからが腕の見せ所よ。一体どんな会話が繰り出されるのかしら」
「あの、お客様。ご注文はお決まりでしょうか」
いつの間にか店員が部下卓に注文を取りに来ていた。
「私、ゴールデンプリンスパフェ!!」
「私は、イチオシ当店自慢ケーキセット、ホットコーヒーでお願いします!」
「それにしてもお洒落な喫茶店ですね」
「……」
「うちの職場は地下なので、日の光や緑とは縁遠くて」
「……」
「ハイネさん、注文に気を取られてましたけど、大変なことになってますよ」
「ええ、ベルーナさん。エンリ様が心ここにあらず状態ですね。これじゃあ嫌われているのではないかと相手に勘違いされてしまいますよ」
「少し遅かったのかもしれません。すでにヒロさんが、俺、エンリさんに嫌われてるんじゃね、っていう顔してます」
「うーん、このままじゃ間が持たなくて、二人をくっつけるという目論見が崩壊してしまうわね」
「こちらケーキセットになります」
二人の会話の沈黙を破るナイスタイミングで上司卓に店員が現れた。
「ナイスよ店員。私のパフェはまだかな」
「危ない所でしたね。私達の注文したメニューが来る前に破局するところでしたよ」
せっかくこれから盛り上がろうというところで終わってしまっては頂けない。
部下たちはほっと胸をなでおろしたのだった。
「あの、エンリさん? 豪快なんですね」
ヒロの目線の先には、山のように砂糖を突っ込まれた紅茶のカップがある。
それをぼーっとしながらぐるぐるとスプーンでかき混ぜ続けるエンリ。
「あ、あの、もしかしてコーヒーのほうが良かったですか? ずっとこれ見てるようですけど……」
四苦八苦した注文時にエンリが無言だったため、エンリには紅茶、ヒロはコーヒーを選んで注文している。
エンリは焦点を合わせずヒロを見つづけている。
そこに意図はないはずだが、勝手に紅茶を選んだことが気に入らず、自分の頼んだコーヒーを見ているとヒロは受け取ったようだ。
「エンリ様あぁぁぁ! どうされたんですか!」
「ヒロさん違うんですよ、エンリさんはヒロさんを嫌って豪快に砂糖を混ぜ混ぜしてるわけじゃありませんし、コーヒーが飲みたいわけでもないんですよ!」
「こちらゴールデンプリンスパフェになります」
「あ、それ私私」
見た目からボリュームたっぷりのパフェをハイネが受け取る。
何層にも重なった生クリームとアイスの層と、器からはみ出すほど大量に乗ったフルーツ達の競演だ。
「こちら、イチオシ当店自慢ケーキセットになります」
「はわわ、とてもおいしそうです。今日はカロリー気にしないで食べますよ!」
ベルーナも目の前に現れた生クリームたっぷりのケーキに夢中だ。
部下たちが自分達の注文したものに気を取られているうちに上司卓はさらなる展開へと進んでいる。
「あ、あの、よかったらコーヒーと交換しましょうか? まだ口付けてませんので」
ヒロはそっと自分のコーヒーをエンリの前に持っていく。
「きゃっ!」
今までぼーっとしていたエンリの目に不意に光が戻る。
――がちゃん
エンリの手が砂糖を満載していた紅茶のカップを倒してしまう。
「あっちい!」
こぼれた紅茶がテーブルの上を伝わって、向かい側のヒロに降りかかった。
「ああ、申し訳ございません。申し訳ございません」
立ち上がってペコペコと平謝りをするエンリ。
「ああーっ、エンリ様、どうされたんですか。いつもなら流れるような動作で相手の服にかかった飲み物をハンカチで拭っているはずなのに」
「ううーん、本当にそうなんですか? どうも様子を見てるとハイネさんが話すような人には見えないんですが」
「そうよ、ほら、動いたわ。あれよ、あれがいつものエンリ様よ」
エンリがハンカチでヒロの服にこぼれた紅茶を拭き始めている。
椅子に腰かけたままのヒロと、ヒロの太股付近にこぼれた紅茶をしゃがんで拭っているエンリ。
「あ、あの、エンリさん、大丈夫です。その、ハンカチがよごれちゃいます」
自分の着ている服よりも値段の高そうなハンカチにヒロは恐縮してしまっている。
「いいんですよ、ヒロさん。そういう時は女性の好意を受けておくのです。それが恋につながるんですよ」
その様子をのぞき込むように見ているベルーナ。
「あれベルーナさん、応援してくれるの?」
「えっ、んー、まだ様子見ですね。エンリ様がヒロさんにふさわしくなければ、ベルーナさんは許しませんからね!」
「あっ、あれっ? エンリ様? 何を?」
安心して展開を見ていたはずのハイネが戸惑いを見せる。




