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第17話 初めてのお給料、の前借り

 そういうわけで俺はベルーナに教えてもらった経理部に来ている。

 そして部屋にいた女性に声をかけて今に至る。


「はあ、何度言われても予算をつけることはできません」

 前髪ぱっつんの若い女の子が、眼鏡をクイっと上げてそう言った。


 そう、すでに交渉は失敗しているのである。


「いや、そこを何とか。緊急の事案なんだ」

「ミラーの街に出張に行く費用と、あなたの提案した内容とでは費用対効果が望めないと言っているのです」


 つまりは、それだけのお金をかける価値が無いと言っている。

 セキュリティって大切なことなんだよ?

 そんな重要案件にも拘わらず交渉が失敗したのだ。

 俺は自分がコミュ障手前だったのを忘れていた。

 そう、交渉事なんか大の苦手だ。


 どうしたらいいんだ。

 そうだ。


「どうかこのとおり。お願いします」

 俺は土下座した。自分より年下の女の子に土下座だ。

 プライドとかそういうものは捨てよう。すべてはベルーナのためだ。


「ちょっと! そんなことをしてもだめです。そもそも私には予算を付ける権限はありませんから」


 え、ちょっと、それは酷くない?

 最初から言っておいてよ。

 そりゃ一番近くにいたからキミに声をかけたけどさ。


「じゃあ誰に相談したら」

「誰に相談してもダメです。お引き取りください」

 あぁ、邪険に扱われてる。

 周りに飛び火しないようにしてるなこれは。会計部署が忙しいのは前世で身をもって知ってるけどさ。

 もう少し柔軟な思考を持ってだね。


「何事ですか、騒々しい」

「あ、チーフ。すみません。それがですね」

 前髪ぱっつんちゃんの上司と思われる女性が登場した。

 ぱっつんちゃんが、今までの状況を説明している。


「なるほどね、で、この男がそのダメ男ね」

 こっちを見る上司。

 ダメ男って、ひどい言われようだな。

 ちょっと泣きついて土下座しただけなのに……。


「きゃっ、あなたもしかして勇者?」


 きゃっ? なんか可愛い声が聞こえたよ。

 上司さんの俺を見る目がゴミを見る目からアイドルを見る目に変わったぞ?


「え、ええ。一応そうですが」

「きゃー、ウソウソ、ほんとに。本物に会えるなんて。あの、握手してください」

 キラキラした目をしながら手を差し出された。

 握手くらい無料ですよ上司さん。


「きゃー。勇者と握手したわ。嬉しい。そのね、昨日の式典? 絶対に見に行こうと思ってたんだけど、仕事でどうしても抜けられなくてね。きゃー、きゃー」

 年甲斐もなく跳ねている上司さん。

 俺より年上だろうけど、これはこれで可愛くある。


「あ、あの、チーフ?」

 そんな様子を見るのが初めてというように、前髪ぱっつんちゃんが驚いて声をかけた。

 分かる、分かるよぱっつんちゃん。俺も堅物だと思ってた上司がこうなったら今のキミと同じような顔をするよ。


「あなた。今すぐに勇者が遠征に行く費用を出しなさい」

「えっ?」

「聞こえなかったの。早く計算して支給しなさいって言ってるのよ」

「は、はいー」

 上司さんのすごい剣幕に押されてぱっつんちゃんが計算を始める。


 す、すごいな。

 上司が白と言ったら白だけど。

 根本から覆ったこの急展開を、俺は唖然として見ている。


 ま、まあ、これが勇者特権ってやつに違いない。

 

「ねえ勇者。サイン頂きたいのだけど」

 俺の横で上司が流し目でサインをねだってくる。

 どこから用意したのか、手には色紙を持っている。

 俺、サインなんかしたこと無いんだけど……


 でもちょっと待て、これはチャンスなんじゃないか?

 そう、おれがベルーナを置いてまで一人でここに来た理由だ。


「サインですか、それは構いませんが、こちらも一つお願いが」

「ええ、なんでも聞いちゃうわ。何? 何?」

「それではすいません。実は無一文なので、次の給料日までどうやって生きていけばいいのか困っているのです。それで出来たら給料の前借ができないかと・・・」


 そう。給料日がいつなのかは知らないが、月払いだとしても最長あと1ヶ月あるわけだ。

 それまで食いつないでいけるはずがない。


「わかったわ。普段は絶対に前借はできないんだけど、私、勇者のためにやっちゃう。何なら勇者基金を作って寄附をつのってもいいわよ」


「え、いや、基金までは結構です……」

 ちょっと上司の勢いに押されてきた。


「そう? 残念ね。城の全員の給料から天引きして基金に寄付しようと考えていたのに」

 この人そんなこと考えてたのか。

 絶対にやめてよね。城の皆さんに恨まれて石とか投げられるのは勘弁してほしい。


 でも、給料の前借は約束してくれたぞ。


「ミカさん、計算はまだなの? あと勇者の給与前払いの手続きもお願いね。急いで。至急。できるわね?」


 急な仕事の追加に、ぱっつんちゃんがあたふたしている。

 ごめんね。仕事を増やしてしまって。

 ぱっつんちゃんの分もサインしておくね。


 いつの間にか山のように積まれた色紙。

 計算が終わるまで俺は贖罪のようにサインを書き続けるのだった。


 ・

 ・


「ベルーナただいま」

 魔法障壁管理部に戻ってきた俺。


「おかえりなさいヒロさん。どうでしたか?」


 パタパタと駆け寄ってくるベルーナ。

 もこもこのスリッパを履いてる。

 

「ああ、ばっちりだよ」


「ヒロさんすごいです。あの堅物で有名な経理の人たちを相手にどんな交渉をされたんですか?」


「うーん。人徳かな。たぶん・・・」

 間違ったことは言ってない。

 極端な一部の人に俺の需要があっただけだけど。


「さすがはヒロさんです」

 いつもどおり褒めちぎってくれるベルーナ。


「それで、旅費なんだけど、ミラーの街への乗合馬車の往復分の代金と、ミラーの街での1泊の宿泊代分をくれたよ。あとなんか必要経費分でおまけしてくれた」


「やりましたねヒロさん。美味しいものでも食べてきてください。出発はどうされます? まだ朝方なので今から出発したら日が落ちる前にはミラーの街に着けると思いますが」


「そうだな、日が落ちる前には着いておきたいな。じゃあすぐにでも行ってくるよ」


 出張か。前世ではほとんど出張なんか行くことが無かったからな。楽しみだ。しかもお泊り出張だなんて贅沢極まりない。


 俺は早速出張の準備を始めるのであった。

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