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第15話 太ももは凶器

「ヒロさん」

「は、はいっ」

「届きません。笑った罰として肩車してください」

「か、肩車?」

「そうです。そしたらあのホールに届きます。いいですか、拒否権は無いですよ」

 拒否権もなにも、ウェルカムですが。

 ただ心配なのは俺の筋力だ。ベルーナは女性で男性よりも軽いとはいえ、持ち上がるかどうか。

 でもこんなことは口が裂けても言えない。

 根性だ。根性で持ち上げるんだ。


「さあヒロさん。お願いします」

 肩車を催促される。

 手は壁から離してはいけないのか、ベルーナは壁に振れたままだ。


 ごくり。

 緊張する。

 ベルーナは壁側を向いているので、こちらにはお尻を向けている。

 あの下に頭を突っ込むのか。

 ベルーナの服装はというと、長いスカートのようなローブを着ている。


 ちょっと待ってよ? あのまま頭を突っ込んだら、スカートの中に顔がうずまってしまうんじゃないか?


 かといって、そうならないように首をスカートの一番下から出して肩車をするにはスカートが長すぎて邪魔になるし。


「あの、ベルーナ? 服がね、邪魔してうまく肩車できるイメージがわかないんだけど」


「なるほど、一理ありますね。でもそんな理由で肩車は拒否できませんよ」

 あれ、なんかやっぱり勘違いしてる。

 俺は肩車はウェルカムなんですよ。でもベルーナさんがですね。


「これで大丈夫ですね。さあどうぞ」


 ぶうっ、と吹き出しそうになる俺。

 ベルーナがスカートを太もものあたりまでめくった。

 太ももが眩しい!


「だ、だめだよベルーナ。女の子がそんな恰好しちゃ」

「わ、私も恥ずかしいんです。だから早く肩車してください」


 わかった。女の子に恥をかかせてはいけない。

 ここは速やかに肩車してホールを塞がなくては。


「いくよ」

 俺はしゃがみこみ、ベルーナの太ももに手を触れる。


「ひゃっ」

 いや、我慢してベルーナ。やましい心は無い、ことはないけどそれよりも使命感が勝ってるから。


 そして意を決して、股の下に頭を通す。

 よし、ベルーナがスカートをめくっているから、なんとかスカートが顔を覆う事態は回避した。

 ここからだ。俺の火事場の馬鹿力を見せてやる。


「どっせーい!」

 俺の気合のこもった掛け声ともにベルーナの体が浮かび上がる。


「わわわ、ダメですヒロさん。壁から手が離れちゃう」


 ぬわー。太ももが。太ももの感触が直接顔に。


「ベルーナ、太ももに力いれちゃだめ、あ、壁の方に倒れこまないで」

「そ、そんなこと言われても、壁に手を付けておかないとと思うと、太ももに力が入ってしまいますよ」


 これは天国なのか地獄なのか。ちょっと首が締まってきた。

 むにむにが俺を襲う。

 だが確実に俺にダメージを与えてるぞ。


「ヒロさん、前、前、もうちょっと前に」


 酸素が脳に届かなくなってきたのか、意識が薄れていく。

 その中でなんとか前に二歩ほど移動する。


「これで届く。えいっ」

 ベルーナの手がホールに届いたようだ。

 俺は肩車をしているので、首が上を向けないからそれを見ることはできないのだ。

 首を動かすと、めくったスカートが顔の上に落ちてきてしまうからね。

 俺は紳士だ。そんなことはしない。


「あ、あれっ、どうして?」

 ベルーナが困惑した声を上げる。


「どうしたのベルーナ」

「それが、どうやら失敗してしまったみたいなんです。見てください」


 そう言われたので首を上に向けた。

 ええ、忘れていました。俺は首を動かしてはいけません。


 その瞬間、めくっていたスカートが顔の上に降りかかってきて、目の前が真っ暗になった。


「きゃあ、ヒロさん、エッチ、変態!!」

 いや、エッチとか変態とか言われてもね。不可抗力だよ。

 あ、痛い痛い、頭たたかないで。

 ちょっと、ベルーナさん落ち着いて。


「あわわ、ヒロさん、動かないで、落ちてしまいます」


 あまりの頭部への衝撃に俺の体勢がふらついたのだ。

 上にいるベルーナはその恐怖で我に返ったのか、俺の頭をたたくのをやめて、両手で頭をつかむ。もちろんスカートの上からだ。

 きっとはたから見たら変な光景だぞ。


 ぐえっ、首が、締まる。

 ベルーナさん、ギブギブ。ふとももに力入れないで。

 魅惑の太ももが殺人マシーンになっちゃう。


「ベルーナ、落ち着いて力を抜いて」

 俺は、ベルーナに力を抜くように言ったつもりだ。

 ただ、ベルーナのローブの素材は分厚いので、ベルーナにとっては何を言っているのか聞き取れないだろう。


 この状態になったら首の力だけでは脱出は不可能だ。

 仕方ない、一度しゃがんでベルーナを下ろさないと。


「きゃあ、ヒロさん、動く場合は先に言ってくださいー」

 ゆっくりとしゃがんでベルーナを床に下ろし、俺は首を抜いた。


 さらば天国よ。

 願わくばまたそこにたどり着きたい。


 何とかその状況を脱した俺。

 床に座り込み後ろに手をついて、ベルーナが言うようにホールを見上げた。


「ヒロさん、すみませんでした。自分から頼んでおいて」

 ベルーナが謝っている。どうやら一連の事を思い返して、謝っているようだ。


「いや、こっちもごめんね。うまく肩車できなくて」

 それに怒っているようではないので一安心。

 あれだけセクハラまがいのことをしたのに。


「男の人にスカートの中に頭を突っ込まれたのなんて初めてで……」

 いや、それは経験してないほうがいいよ。


「俺こそごめんね。ベルーナの太ももの初めてを」

 ん、このセリフでフォローできてるのか?


 あ、ベルーナの顔が真っ赤だ。

 セリフを間違ったな。これは評価が下がるパターンですわ。


 ・

 ・


 しばらくして俺たちは我に返った。


「それで、ホールなんですが」


 魔法障壁には先ほどと変わらずホールが空いたままだった。


「失敗したって言ってたけど?」

「はい。どうやらこのマナブロックでは塞げないホールのようなんです。こんなこと初めてです」


 ふーむ。既知の脆弱性って言ってたけどな。

 魔法障壁さん、どうして失敗したか分かる?

 俺も魔法障壁にアクセスしたままだ。こういう時は魔法障壁さん頼みだ。


『この脆弱性は既知のものですが、現在この魔法障壁内に存在するプログラムはこの脆弱性発見よりも前に作られたもののため、このプログラムで脆弱性の対応を行うことはできません。対応するプログラムを入手してください』


「ふーむ。このホールの塞ぎ方はわかってるけど、ここの魔法障壁にあるものだけでは塞げないってことか。プログラムの入手ってどこから入手したらいいんだ?」


 ベルーナにも伝わるように声を出す。


『その質問に対する回答は用意されていません』


 え、それ肝心なところなんだよね。

 ヒントとかないのヒント。


『その質問に対する回答は用意されていません』


 そうですか。


「あの、ヒロさん。誰としゃべってるんですか?」

「ああ、ごめんごめん。魔法障壁さんとね」

「魔法障壁さん? もしかして魔法障壁と会話できるんですか?」

「うん。会話は成立してないけどね。言葉のキャッチボールは難しいね」

 首をかしげるベルーナ。


「でもすごいです。さすがはファイアウォールエレメンタラーですね」


「うーん。でもさ、どうやらベルーナが使ったマナブロックは古くてだめなので、新しいのを手に入れないといけないらしいんだけど、心当たりある?」


「……。確か師匠からそんな話を聞いたことがあったような無かったような」


「師匠?」


「はい、私に仕事を教えてくれた方です。そうだ、師匠ノートに何か書いてあるかも。ヒロさん、戻りましょう」


 矢継ぎ早にそう言うと、ベルーナは俺の手を引っ張って職場に戻るのだった。

 もちろんホールは見えないように戻しています。

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