第14話 俺達は調査に来たんだった
「それでは異常の原因を探りますね」
そうだった。
いろいろあったから忘れてたけど、ここの魔法障壁に異常があるため調査に来たんだった。
「では、エレメンタルリンク値を見て原因を探ります。魔法障壁へのアクセスは私もできていますので、まずはお手本を見せますね」
目を閉じて集中しているベルーナ。
でも俺からは何をしているかはわからない。
「あの、ベルーナ? 何をやってるのか見ててもわからないよ」
「そうでした、すみません。エレメンタルリンク値を見えるようにしますね」
また目を閉じるベルーナ。
見えるようにする操作をしてくれているのだろう。
「さあ見てください。これがエレメンタルリンク値です」
そう言ってベルーナに示されたもの。
それは、魔法障壁に映し出された斑模様だった。
何色かの色で表現されているそれは、滲んだ絵具のように歪な模様を描いていた。
「あ、あのベルーナ。これがエレメンタルリンク値なの?」
俺が見たエレメンタルリンク値は読める文字で記載されていたぞ。
「はい。間違いなくエレメンタルリンク値ですよ。この模様と色の濃淡から魔法障壁に起こっていることを見つけ出すのです」
腰に手を当ててえっへんポーズをする。
ふむ。エレメンタルリンク値の表示は人によって異なるのかな。
あの模様の形式はよく解らないけど、とりあえずベルーナ先生のお手本を見ておくか。
ベルーナが作業に戻る。
しばらくするとエレメンタルリンク値の模様や色が少しづつ変化していく。
「んー、なかなか難しいですね」
難航しているようだ。
そりゃ、こんな縞模様から情報を見るなんて難しいだろ。
そもそもどこを見ればいいのか見当もつかない。
ベルーナもてこずっているようだし、俺もやってみるか。
魔法障壁さん、エレメンタルリンク値を出して欲しいんだけど。
と頭の中で念じる。
『管理者権限のコマンドを受け付けました。保存されているすべての魔法障壁のエレメンタルリンク値を表示します』
と、その瞬間。
あだだだだだだ、痛い、痛い。頭が。
「ちょっと、待って、ストップストップ」
「え、ヒロさん、ストップって?」
俺の言葉にベルーナが反応する。
『エレメンタルリンク値の表示を停止します』
ふ、ふう。
いや、何があったかっていうとね、膨大な量のデータが頭の中に流れてきてね。
きっと脳が処理できなくなってすごい頭痛を引き起こしたんだと思う。
危うく廃人になるところだった。危なかったわ。
「あの、ヒロさん?」
もだえ苦しんでいた俺の顔を不思議そうに見ている。
いいところを見せようとして失敗した。恥ずかしい。
「邪魔してごめん。ちょっと手伝おうと思ったら、失敗してすごい頭痛が」
「そうでしたか、ありがとうございます。じゃあ一緒に探してみてくれますか?」
手伝おうとしていたことが嬉しかったのか、ベルーナは咎めもせず協力を求めてきた。
これは俺の腕の見せ所だな。
もう少し的確な指示を意識してみるか。
魔法障壁さん、ここの魔法障壁に異常があるみたいなんだけど、原因とかわかる? できたらその部分だけをエレメンタルリンク値で表示してもらえると助かるんだが。
『コマンドを受け付けました。エレメンタルリンク値から異常値を検索します』
おお、できるのか、魔法障壁さん賢い。
良いお嫁さんになるに違いないね。
男かもしれないって?
無機物は女の子って決まってるのだ。そもそも声が女の子の声だからね。抑揚は無いけど。
だよね、魔法障壁さん。
『そのコマンドは用意されてはいません』
あ、魔法障壁さんに対して思ったことがそのままコマンドとして実行されるのか、これは結構難しいな。
でも、勝手に思考を拾う時あるよね?
その辺のラインが知りたいけど。
とか思っているうちに、
『検索が完了しました。エラーコード5921。魔法障壁に既知の脆弱性があります。エレメンタルリンク値を表示します。』
頭の中に該当の部分だけのエレメンタルリンク値が表示される。
魔法障壁さん言うように、たしかにエラーコード5921、そして既知の脆弱性がある、と書いてある。
ちなみに、脆弱性とはセキュリティ上欠陥のある部分のことだ。
セキュリティホールとも言われている。
放置していると、ハッカー達にそこを付かれて侵入されたりウイルスを仕込まれたりする。
というのが俺が前世でエセサーバ管理者として得た知識だ。
とりあえずベルーナに見せてみるか。
『コマンドを受け付けました。エレメンタルリンク値を外部に表示します』
「ベルーナ、どうやら既知の脆弱性があるみたいなんだ。エレメンタルリンク値を見てくれるかな」
「あの、これはエレメンタルリンク値なんですか? 私には何が書いているのか読めません……」
え、これ、読めないの?
どういうことだ。ベルーナだけなのか、この世界の人には読めないのか。
魔法障壁さん?
『現在エレメンタルリンク値は管理者用の言語で表示されています。一般的な表示にコンバートしますか?』
お、おお、そうなんだ。するする、コンバートする。
表示されているエレメンタルリンク値がベルーナが見せてくれたような、色と模様のものに変わる。
「どう、ベルーナ。逆に俺にはわからないけど」
「はい、これならなんとかわかると思います。……」
じっくりとその模様を見つめるベルーナ。
「だめです、こんなエレメンタルリンク値は見たことありません。すみません。ベルーナ先生と言っておきながら、私も2年目の新米なので」
衝撃の事実。
ベルーナ先生も新米だった!
とはいえ、この世界には詳しいし、俺よりも先輩なのは間違いない。
「うーん。セキュリティホールの塞ぎ方か……」
通常ならプログラムのアップデートファイルをダウンロードして実行するだけでいいはずなんだけど。
「セキュリティホール? 壁にホールが空いてるんですか?」
ベルーナが聞き返してくる。
「え、ああ。脆弱性ってセキュリティホールのことだろ?」
「なるほど。私にはわかりませんでしたが、魔法障壁管理者のヒロさんが言うなら間違いないですね」
すごくベルーナ先生に信頼されてる俺。
でも間違ってることもあるんだよ?
「ホールの塞ぎ方なら心得てますよ。えっへん。見ててください。私も操作権限者の端くれです」
「わかった。勉強させてもらうよ」
「はい、見えるように行いますね」
「まずはホールの場所を確認します。~~~~~」
そう言う先ほど魔法障壁にアクセスした時と同じく、理解できない言語で詠唱を始める。
「ありました。あそこですね」
不可視の魔法障壁に丸い穴が現れる。
ちょうど拳大の穴だ。
少し高めの位置にあるので、俺は見上げるようにしてその穴を確認している。
「ホールは敵対勢力に見つかると危険なので、内側からだけ見えるようにしてます。注意してくださいね」
ベルーナ先生の講義。
そういえば一番最初の日に暗殺者に襲われたときもそんなことを言っていたな。
確かホールを乗り越えて壁を越えようとした時だっけ。
「ではでは、ホールを塞いでいきます。修復用のマナブロックを使います。魔法障壁内にあります。これですね」
ととと、とちょっと場所を移動したところに手を触れるベルーナ。
よくわからないが、手を触れている部分にもやもやっとした光が現れる。
移動したってことは、魔法障壁の実際の場所に格納されてて、直接触れる必要があるってことかな。
「これに魔力を注いで、その後ホールに突っ込んでホールを塞ぎます」
ベルーナの体が青白く光る。
これが魔力をマナブロックに注いでるっていうことなんだろうか。
注ぎ込みが終わったのか、もやもやしていた光がぶよぶよと蠢いている。
「これをホールに突っ込んで……」
壁に手を触れながらベルーナが移動する。
ぶよぶよの光もベルーナの手先に連動して移動する。
「ホールに突っ込んで……」
精一杯手を伸ばすベルーナだったが、先ほどのホールの部分には届かない。
あ、背伸びをしてる。ほほえましい。
「むっ、背が低いって思って笑ってますね」
不意にこちらを見たベルーナが頬を膨らしている。
俺が微笑ましい笑みを浮かべていたのを勘違いしてか、お冠のようだ。
「ヒロさん」
「は、はいっ」
「届きません。笑った罰として肩車してください」