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第13話 くっ、背後を取られたか!

 っと、だめだだめだ、仕事に集中しないといけないな。

 耳の事はまた夜にでも思い出そう。それまではお預けだ。


 俺は立ち上がり、再度手を前に出して気張る。


「ぬぬぬぬぬ」


 手は一向に光らない。


「おかしいですね。ちょっと手を見せてもらいますね」


 俺の開いた手をまじまじと見るベルーナ。

 すると、ペタペタと手を触ってくる。

 指をつまんでみたり、手のひらを合わせてみたり。


「ちょ、ちょっとベルーナさん!?」

 そのアクションも俺には刺激が強いんですが。


「なんですかヒロさん。今はベルーナ先生ですよ」

 気にせずに俺の手をいじくりまわす。


「魔力を感じませんね」


「い、いや、魔力って言われてもね。使い方がわからないよ」

「?」

 首をかしげるベルーナ先生。

 発言の意図が伝わっていないようだ。


「こうですよ、こう」

 俺と手のひらを合わせたままベルーナが手のひらに魔力を集めている。

 なんとなく暖かい気がする。


「いや、こうって言われてもね。俺のいた世界には魔力なんて無かったからね。使い方もよくわからないよ」


「そ、そうなんですか? 魔力って物心ついたときから自然に使えるものなんですけど」


「使うための訓練とか練習とかしないってこと?」

 自転車に乗るには練習が必要だから、もっと別の、例えば歩く、みたいな感じなのかな。


「そうですね、魔術士として魔法を使おうとすると訓練も必要なんですけど、これは魔法の道具を使うのと同じで、みんな意識しているわけではないですね」


「もしかして俺ってだいぶ落ちこぼれなのか。こんなのでファイアウォールエレメンタラーなんて名乗れないよ」

 儀式で判明した俺の職業。

 どうせならマスターニンシャーで活躍したかったな。

 あ、でもその場合は殺戮の世界に飛び込むことになるから、それはそれで考え物だな。痛いのも怖いのも嫌だし。


「なるほど。勇者のヒロさんは魔力の使い方が違うのかもしれませんね。そしたら後で練習するとして、今度は魔法障壁へのアクセスをやってみますね」


 うーん。練習あるのみかな。

 確かエンリさんが読んでいた古文書によると、勇者はすぐには能力を発揮できなかったって言ってたな。


「それでは。まずは私がお手本を見せますね」

 ベルーナが魔法障壁に触れる。


「我らファルナジーンに住まう人の子なり」

 何やら詠唱を始めるベルーナ。

 ベルーナの体とその周囲が青色の光に包まれていく。

 それに合わせて衣服やチャームポイントのおさげが重力に逆らうようにふわふわと浮かび始める。


「この大地を守護する精霊よ、我らの祈りに耳を傾けたまえ」

 ふーむ。

 よくわからないが、詠唱で魔法障壁にアクセスするということか。


「~~~~~~~~」

 なにやら理解できない言語をしゃべるベルーナ。


「~~~~~~~~~~~~」

「~~~~~~~~~~~~~~~~」

 いかん、眠くなってきた。


「~~~~~~~~~~~~」

「~~~~~~~~~~~~~~~~」

 あとどれくらい続くのだろう。

 意味が理解できないので、お経を聞いているかのようだ。

 幸いかわいい女の子の声なのは救いだ。


「~~~~~~~~~~~~」

「~~~~~~~~~~~~~~~~」

 ……長い。

 体感5分くらいたったぞ。

 尚もベルーナは目を閉じて詠唱している。


「この大地を守護する精霊よ、我らの祈りに耳を傾けたまえ」

 ん、このフレーズは聞いたことあるぞ。

 一番最初なんじゃないか?

 もしかしてリピート!?


「~~~~~」

「~~~~~~~~……」

 体感で10分後、ベルーナの詠唱が止まった。


「これで魔法障壁にアクセスできるようになりました」

 ベルーナの魔力? なのか、青く光っていた光が先ほどよりは小さくなっている。


「あ、ああ。思ったより、長いんだな」

 体感10分間だからもう少し実際は短いんだろうが、それでもずっと詠唱し続ける必要があるなんて大変だ。


「はい。守護精霊様に認めていただかなくては魔法障壁へのアクセスはできません。そのためには相応の詠唱が必要になってきます。守護精霊様に認めていただくための方法として、踊る事で詠唱より短時間でアクセスする方法があると聞いたことがありますが、この国ではその方法は失われてしまったようで、現在では詠唱でアクセスする手段しか伝わっていません」


 踊りね。それは見てみたいな。

 ベルーナの踊りとか、かわいいんだろうな。


 と、まてよ。魔法障壁を管理する人が女性だけとは限らない。

 踊りの内容にもよるけど、男性には踊るのが辛い内容のものだったら、もしかしてそういう理由で伝承が途絶えたのかもしれないな。


「それではヒロさん。やってみましょう」


 え? ちょっとまって、いきなり実地?

 10分にもわたる詠唱が必要なんだよね?

 何一つ覚えてないよ。そもそも聞き取れない言葉もあったよね。


「待った待った、ぶつけ本番は無理だよ。あんな長い詠唱覚えられない」

 俺は体全体で無理だと表現する。


「大丈夫ですよ、私がサポートしますから。さあ、手を伸ばしてください」


 がしっと腕をつかまれる。

 そのまま背後に回られ、後ろから両手を押さえられた。


「ちょ、ちょっとベルーナ」

 密着してる、当たってる、背中に、あれが!

 理性を保て俺、ふぉーっ!


「もう逃がしませんよ。ここで逃してはベルーナ先生の名折れです」

 あ、なんかスイッチ入っちゃってる。

 多分胸が当たってることとか気づいてないな。


「さすがに大人の男性ですね。背中が広いです」

 背中から声が聞こえる。

 俺は背が高いから、ちゃんと立ってるとベルーナの顔の位置は背中辺りだ。


「わかった、わかったから。ちゃんとやるから、そんなにひっつかれると」

 嬉しいんだけど、ここは城壁の上だ。

 誰に見られているともわからない。


「なんですか、先生の指導が気に入らないっていうんですか、ヒロ君」

「べ、ベルーナ。わかった。わかったから。横、横に居て。その方が安心できる。ベルーナの顔が見たい」


「そうですか? わかりました」

 しぶしぶ俺の後ろから離れるベルーナ。

 

 何とか背後から引き離すことに成功した。

 別に残念だとか思ってない。思ってないぞ。この記憶は脳裏に焼き付けておくから。


「ではでは、気を取り直して」

 俺の横にスタンバるベルーナ。

 でもがっしりと腕はつかまれている。


「ええと、魔法障壁に触れて、と」

 俺は魔法障壁に手を伸ばす。

 もちろん魔法障壁は見えていない。

 ベルーナが見つけてくれた場所、今はもう何の反応もないが、そこに手を伸ばす。


『IDとパスワードを入力してください』

 ん、これだ。いつも頭の中に聞こえる声。

 これ魔法障壁がしゃべってたのか。

 誰か人だと思ってた……。


「ヒロさん?」

 ベルーナが俺の顔を見る。


 もしかして、この声はベルーナには聞こえてないのか?


『IDとパスワードを入力してください』

 あ、もう一度聞かれた。時間制限でもあるのか。


 パスワード、どこに書いてあるのかな。

 いつもの通り頭の中でその辺を探してみる。

 が、見当たらない。というか頭の中に壁のイメージが沸かない。

 実物の魔法障壁を目の前で見ているからか?


『IDとパスワードの入力制限時間を過ぎました。接触個体の生体反応から管理者と断定し、アクセスを許可します。Hello, World!』


 え、ちょっと、なに、どういうこと?


「え、これでアクセスできてるの?」

 そもそも詠唱は? いらないの?


 その瞬間、器に水が満ちていくように俺の手が触れている箇所から何かのエネルギーのような物が広がっていき、城全体を覆うドーム状のものが見えるようになった。


「なななな、なんですか。いったい。こ、これ魔法障壁ですよね」

 ベルーナが驚き戸惑っている。


「え、うん、そうなの?」

 よくわからん。実際魔法障壁見たことないもの。


『ようこそ管理者。魔法障壁は展開中です。現在、展開中のすべての障壁を可視化しています』

 おお、やっぱりこれが魔法障壁なのか。

 それにすべての障壁が見えるようになるなんて。

 俺ってすごいのね。


「ああ、だめですだめです。魔法障壁が見えてはだめです。これは軍事機密なんですよ! ヒロさん隠して隠して」


「えっ、えっ、ちょっと、え、隠して?」

 隠すってなに、どうすればいいの?


『コマンドを受け付けました。魔法障壁の可視化を終了します』

 脳内で魔法障壁さんがそう伝えてくる。


 そして、潮が引くようにドーム上の天井部分から消えて行く。

 ほどなくして魔法障壁は元の不可視の状態に戻った。


「はふぅ」

 ベルーナが大きく息を吐きながら床に座り込んだ。


「ご、ごめんベルーナ」

 軍事機密をばらまいてしまった。これはクビもあり得るだろ。

 いやクビでは済まないかもしれない。斬首ありの可能性も。

 何とかベルーナには罪が及ばないようにしないと。


「驚きましたよ、もう。でも、さすがはヒロさんですね。詠唱も無しに簡単にアクセスして、それも城内のすべての魔法障壁の場所を知らしめるなんて。さすがは勇者ヒロさん。ファイアウォールエレメンタラーの力は伊達じゃないってことですね」


「え、う、うん。まあ、そうかな?」

 ちょっとよくわからないけど、その力、俺、使いこなせてなくね?


「お、おい、なんだ今のは」

 城壁の出入り口部分から兵士が一人現れる。


 反応が早いな、さすがは国防の要。

 兵士は武器を持ってこちらに近づいてくる。


 でもこれはちょっとヤバイ感じ?

 打ち首待った無しは困る。

 なんとかごまかそう。会話が下手くそな俺でも、死ぬ気になれば何でもできるに違いない。


「我々は魔法障壁管理部。今、遠方から何者かの攻撃を受けている。それの対処中だ」


「魔法障壁管理部だ? どこの部署だよ」

 ちょっと、相変わらず兵士の中で魔法障壁管理部の知名度低いなおい。


「ふむ。我々は魔術士長エンリ様の命を受けて任務を遂行しているところだ。ベルーナ君、身分証を見せてやりたまえ」


「は、はい」

 あっけにとられていたベルーナが自分の身分証を兵士に見せる。


 俺のは壊れちゃったからな。

 俺のまでチェックするって言いだすなよ。頼むぞ。


「た、確かに。失礼いたしました。私どもで何か協力できることはありますでしょうか」

 

 急に兵士が畏まる。

 よし、成功だ。案外チョロいな。自分でやっておいてなんだが、大丈夫かこの国。


「心遣いには感謝する。だが我々も秘密裏に対応を行っている。貴君は持ち場に戻りたまえ」


「はっ、了解しました。必要な場合はお呼びください。それでは」


 兵士は一礼して元来た所へ戻っていった。


「ふぅ」

 間違ったことは言ってないよね。

 エンリさんから職を与えられたのは確かなんだし。


「あ、あの、ヒロさん」

 黙って様子を見守っていたベルーナが口を開く。


「あ、ご、ごめんね。なんとかやり過ごさなきゃって思ってさ」

 弁解、弁解を。


「いえ、すごく恰好良かったですよ。本当に勇者のようでした」

 ベルーナがいつもどおりべた褒めしてくれる。


 それはうれしいが、『本当に勇者』っていうところに引っかかる。

 ベルーナ、忘れてないよね? 俺は本当に勇者なんだけど。

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