第12話 ベルーナ先生の実地訓練
俺はベルーナに仕事の内容を教えてもらうことになった。
今俺たちがいるのは宿直室ではなく一番最初に案内された30畳の部屋。
この部屋あの部屋では意思疎通がしにくいので名称を聞いたところ、この部屋は『祭壇の間』と言うことを教えてくれた。
因みに、なんでそう呼ばれているのかはベルーナも知らないようだった。
~室じゃなくて、『間』だからな。何か宗教的な儀式が行われてたんじゃないの?
何らかの理由で使われなくなった部屋を仕事部屋として使っているんじゃなかろうか。
「それではベルーナ先生お願いします」
「はい、いい心がけですよヒロ君」
三つ編みおさげのメガネっ子のベルーナは、とても知性的に見えるので先生ははまり役だ。
ただちょっと幼い容姿なので、学校の先生と言うよりは、近所のお姉ちゃんが年下の男の子を教える、ようなイメージだ。
俺は年下の男の子に成り切る。成り切るぞ。
「こら、ヒロ君。なにをニヤニヤしてるんですか? 集中しないとだめですよ」
妄想してたら怒られた。
まあ実際はおっさんなんだ。妄想のような甘いシチュエーションは起こらないよ。
そのようなのんびりした午前の予定だったはずが、突然けたたましい警報音が鳴り響く。
「なんだ、いったい何が起こったんだ?」
部屋の中に設置された器具が赤い光を発しながら回っている。
明らかに異常な状況だ。
「さっそくお仕事ですね」
その様子に驚くこともなく、平常運転で答えるベルーナ。
「お仕事? もしかしてこれが異常を伝える警報なの?」
「そのとおりです、さすがはヒロ君」
でも、もう少し音を小さくしたり、赤い光を弱くしたほうがいいんじゃないかな。いきなりこれだと心臓に悪いよ。
「それでは、まずはどこで異常が起こっているのかしらべます」
激しい警報音とフラッシュのように光る赤いライトの中、中央モニタに城内の地図が映し出される。
この祭壇の間はこの前言ったように、奥に長い造りになっていて、奥が祭壇、手前が仕事場になっている。
今中央モニタと言ったのは、入口すぐ横の壁がなにやら映像を映し出す構造になっているようで、便宜上中央モニタと呼んだのだ。
その中央モニタに映し出された城内の地図だが、大きな画面いっぱいに上空から見た見取図が記されている。
その図の中に一か所、赤く点滅している部分がある。
「ここですね。赤く光っている点が今回の警報の原因になります。ここは西城壁の上部魔法障壁ですね」
西城壁の上部魔法障壁?
魔法障壁に名前があるの?
「ベルーナ先生、西城壁の上部魔法障壁ってことは、もしかして、下部魔法障壁とかもあるんですか?」
俺は挙手して質問する。
「はい、ヒロ君。いい質問ですね。お城の魔法障壁は単独した一つではなく、複数の魔法障壁が組み合わさってできています。そのため、どこにある魔法障壁か判別しやすいようにそれぞれに名前がついてますよ」
「なるほど。それで先生、なんで警報が鳴っているんですか?」
「それは行ってみなければわかりません」
「え、行ってみるって、その西城壁の上部魔法障壁にですか?」
「はい。緊急ですので、急いでいきましょう。実地訓練に切り替えです」
こうして俺は基礎知識を学ぶ前に実地訓練へと出発することになった。
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西城壁まで来た俺たち。
「いいですかヒロさん。飛び出してはだめですよ。どんな不審者がいるかわかりません」
外に出たからなのか、呼び方がヒロ君からヒロさんに戻っている。
俺とベルーナは、西城壁屋上、つまりは西城壁の一番上に続く階段に身を潜めている。あと数段登れば屋上だ。
警報の原因がわからないので、危険が待ち構えている可能性もある。
そのため、ベルーナは頭に鍋をかぶっている。手には、お玉、ではなく今日は木製の杖を持っている。
昨日俺と出会ったときには急いでいたので、間違ってお玉を持って出たらしい。
俺はというと、防具になるようなものは身に着けてはいない。急だったので防具になるようなものが無かったのだ。
昨日不審者を撃退しようとした棒切れは持ってる。
何かあった場合は、この棒切れでベルーナを守らなくてはならない。
「ベルーナはここに居てくれ。俺が様子を見る」
格好良く決める。
ベルーナを守りたいのもある。
それ以前に、俺とベルーナのどちらかが危険な目に会うかもしれないのに、ベルーナにそれを担わせるのは人として終わってる。
だ、か、ら、俺は恐怖に震えながら、行く決意をしたところだ。
「ヒロさん……」
そんな俺の決意を知ってか、それ以上は何も言わないベルーナ。
うん、しっかり足が震えてるの見られてるからね。
さて、行くぞ。
屋上への出口は狭く、人ひとりがちょうど通れるくらいだ。
それにどうやら屋根は無い。日の光が階段の中まで差し込んでいる。
俺はそーっと、目だけを出してあたりの様子を探る。
前方には何もない。
後方にも何もない。
左右も、何もない。
セーフ、セーフだ。不審者はいないぞ、やった!
念のため俺だけ先に屋上に上がって、辺りぐるりを確認したが、不審者やアサシンが潜んでいるようなことはなかった。
「ありがとうございますヒロさん」
「いいんだよ。これは責任ある上司の仕事だ。気にすることはない」
格好つけてみる。
有言実行したんだからこれくらいは許されるだろ?
安全が確認できたので、警報が鳴った原因を探る番だ。
「なにも見えないけど、どこに魔法障壁があるんだ?」
「通常は見えませんので、大体の場所は覚えるしかないんです。さらに今回は物理防御障壁ではありませんので手で触って感じることもできません」
物理魔法障壁っていうのは、透明なのに物理的に壁があるやつか。転生した一番最初に日にえらい目に会った透明の壁の事だろう。
それとは違って手で触れられない魔法障壁があるってことか。
「でも何らかの方法で管理者にはわかるんだろ?」
「そのとおりです、さすがですねヒロさん。いえ、ヒロ君。それでは実地訓練を開始しますね」
すっと前に手を伸ばすベルーナ。
「おおよその場所のあたりをつけて、秘密の特定の周波数の魔力を送り込みます」
ベルーナの手がなんだが光り始めた。
これが魔力を送るってやつか?
光った手から前方の空間にその光が移動する。
ベルーナの手のひらから1メートルほど前にその光が留まる。
「あそこが壁になります。触れてみますね」
ベルーナの人差し指が光に触れると、触れた場所から波紋が広がる。
波紋は光の範囲の中で起こって、外側までは広がっていない。
「なるほど。おおよその場所は魔力を送って探知して、実際は波紋が起こるかどうかで見分けるわけね」
「そのとおりです。先生は嬉しいです。これが透過魔法障壁の見つけ方です」
「でも、なんで障壁の場所を見つける必要があるんだ?」
「それはですね、魔法障壁の操作をするには障壁に直接触れる必要があるんですよ」
「じゃあちょっとやってみましょうか。私がやったのを真似してもらいます。事前に私が場所を特定しているので、イメージしやすいかと思います」
「はい、前に手を出して」
言われたとおりに前に手を出す俺。
「では魔力を手のひらに集中してください」
なに? 魔力? 集中?
どうすんのさ。とりあえず気張ってみたらいいのか?
「ぬぬぬぬぬ」
「いい調子ですよ。それでは秘密の波長ですけど。ちょっと腰を落としてください」
腰を落とす? こうかな。
なんとなく力が入る気がするぞ。
すると、ベルーナが俺に近づいてきて。
「efghjkyl です」
耳元でそっとささやいた。
「!!?」
そのあまりの衝撃に、俺は身をひるがえして床に倒れこんだ。
耳が、耳が、天国!
耳から何かが脳に上がって直接脳を揺さぶるような、今までに味わったことの無い感覚。
これが女の子の声が耳元で聞こえる感覚。
イヤホンやヘッドホンで女性歌手の歌を聴くのとはまた違った、全然違った衝撃を受けた。
「ああ、ヒロさん。どうしたんですか。急に倒れこんで」
「え、いや、あの、急に耳元でささやかれたからね。びっくりしてね」
「もう、何を言ってるんですか。真面目にやってくださいよ。それに秘密なんですから周りに聞かれてはだめなんですからね」
腰に手を当てて怒った顔をする。
でもこれは本当に怒っている顔ではない。それくらい俺にでもわかるぞ。
「ごめんごめん。でも可愛い女の子にあんな耳元でささやかれたらさい、しかたないと思うよ。そう仕方ない」
「またまた。さあもう一度挑戦してください」
さらりと流すベルーナ。
いや、本当なんだよ、ベルーナもイケメン男子にささやいてもらったらわかるよ。
でも俺がそんなこと許しませんけどね。