第11話 初めてのお泊り業務
「そういえば、ヒロさんは夜寝る場所はどうされるんですか? 別の世界から来たんですよね。家とか」
「そ、そうだ。泊る場所がない」
今まで泊まった場所と言えば……。
牢屋。
この世界に来て2泊とも牢屋。
俺の中でこの世界の一般的な宿泊のイメージは牢屋をもとに構成されている。
「なるほどなるほど。じゃあこちらにきてください」
ベルーナに続いて部屋を出る。
中央の廊下を少し進み、とある部屋の前に到着する。
「じゃじゃーん」
両手で部屋の扉を指し示すベルーナ。
「ええと、ここは……」
「はい。宿直室です。ささ、どうぞ」
案内されて部屋の中へと入る。
先ほどの30畳の部屋とは異なり、少し狭い。大体10畳くらいだろうか。ワンルームの部屋みたいな感じかな。
地下なのでやはり窓は無い。
見た感じ洗面所や炊事場は無いな。隣接している部屋にあるんだろう。
部屋の中はきれいに整頓されていた。
ベルーナが清掃しているんだろう。一人で清掃までするなんて大変だ。
「ここが魔法障壁管理部の宿直室です。当面はこちらに寝泊まりしていただいてかまいませんよ」
「ありがとう。寝るところがあるのは素直にありがたい」
「えへへ。どういたしまして」
「あれ、あの荷物は」
部屋の片隅に荷物がある。
大きなリュックサックに沢山物が詰まっているようだ。
「あれは私の荷物です。私も利用することがあるので」
な、なんですとー。
ベルーナも泊る?
二人で一部屋だって!?
つまり、夜通しババ抜きやキング〇オをやれるってことですね。
KENZEN!
いや待てよ、でもあれだ。
――――部屋は一つしかないので、真ん中で区切りますね。
って、真ん中にロープを通して布で区切って、
――――こっちに入ってきちゃだめですよ。
とか言われるけど、実は着替えのシルエットとか見えたり!
けしからん。けしからんですぞー。
「これからヒロさんが泊まり込みしてくれるなら、私は家に帰れますので。ヒロさんに甘えちゃうことになりますけど、よろしくお願いしますね」
え、家に帰る?
ババ抜きは?
「あれ、ヒロさん。嬉し涙ですか? そんなに喜んでもらえて嬉しいです」
「あ、ああ。嬉しいなぁ」
俺は笑顔のまま涙を流していた。
まだ俺の中に涙が残っていたなんてな。
くぅ。
・
・
その後、職場全体の戸締りなどの説明を受けた。
その際に、
「魔法障壁に緊急事態があったときは警報が鳴りますので、急いでそこに向かう必要があります。なので宿直業務があるんですよ」
という説明を受けた。
ええと、これって、ずっと誰かが職場にいないといけないってこと?
しかも、昼夜問わず何か起こる可能性があるってことでしょ。
もしかして、ブラック企業!?
「滅多に鳴らないから、異常を知らせてくれるアイテムを持って、たまに家に帰ってましたけどね」
とも言っていた。
この部署はベルーナ一人だった。
つまりずっと一人で宿直業務をやっていたわけだ。
文句を言うんじゃない、俺。昼夜問わず仕事をすることがなんだ。
俺が頑張った分ベルーナの悲しみが減るんだ。
よーしやってやるぜ。ブラックでもなんでもかかってこいよ!
勤務時間後、いや勤務時間の概念があるのかは知らないが、ベルーナは何度も頭を下げて家に帰っていった。
宿直室に置いていた荷物を下げて。
そして俺は地下の職場に一人となった。
地下にずっと居ては時間の感覚が鈍りそうだが、今は宵の口だ。日が暮れて間もない。
食堂がいつまで開いているのかわからないので、急いで行ってきた。
残った銀貨1枚を夕食に使ったので、もう無一文だ。
明日からどうしよう。給料っていつもらえるんだ。
まあそんなこんなで今食堂から帰ってきたところ。
緊急時に知らせてくれるアイテムも持ち歩いていたから、準備は万端だったぜ。
まてよ、緊急時に警報が鳴ったとして、どうやって対処したらいいんだ?
それ聞くの忘れたぞ。
むむむ。とりあえずその場所に駆け付けるって言ってたな。
もしかして、一番最初に会った時、あれが緊急で現れたってことかな。
異世界転生してきたその日の事だ。確かあれは夜だったしパトロールをしてるとは考えにくいし。
それと、今日の昼間だ。俺が自分のデータを検索した後の事だ。
その時は鍋をかぶってたな。
この二つの事例から導き出される答えは。
緊急時は身の危険があるってことじゃない?
アサシンとか不審者とかとやり合うんでしょ。
ま、まあ、鳴った時に考えるか。
鳴らないことを祈っておきます。
・
・
宿直室に戻ってきたものの、何もやることがない。
パソコンも無い、スマホもない。テレビも無い。
「いったいこの世界の人は何を楽しみに生きてるんだ?」
思いついてしまった。
あれだ。夜の営みだよ。きっとリア充達は、夜はそうやって楽しんでいるに違いない!
ええい、リア充爆発しろ!
と、夜なのでテンションが上がってきたけど、悔しがってもどうにもならないことは仕方がない。
現実に戻ろうぜ。
おれは明日を生き抜くだけでも精一杯なんだ。
あぁ、テンションがだだ下がりだ。
やることがないので寝ることにした。
布団を敷いて中に入る俺。
もちろん土足で歩く床に直接敷いているわけじゃないぞ。
部屋の中は一段高くなっていて、そこは土足禁止の聖域だ。
それにしても、この世界にも布団があったんだな。ベッドしかないのかと思ってた。
確か牢屋はベッド、と言えるのかどうかの台があってその上で寝てたな。
ん、よくよく考えたら、この布団って備品だよね。共通の備品だよね。
つまり、ベルーナも使ったやつだよね。
おらドキドキしてきたぞ。
思いっきり息を吸い込んでみる。
「ぶはっ、かび臭い!」
さすがに口からセリフが出てしまった。
かび臭い。
イメージしていたベルーナのシルエットが、黒と紫の色のばい菌キャラに上塗りされた。
厳密に言うとばい菌キャラの仲間のカビキャラも沢山居る。
そういえばベルーナが持って帰った荷物はキャンプに行くくらいの大荷物だったな。その中に寝袋的なものもあったんだろうな。
自業自得なんだが、俺は悲しみに暮れて眠りについたのであった。
・
・
――――オォォォォォォ
――――ヒタヒタ
「ん、なんだ?」
――――ヒタヒタ
足音がする?
気のせいか。
――――オォォォォォォ
さ、叫び声?
い、いや、風の吹きこむ音だろ。きっとそんなオチ。
――――ヒタヒタ
あ、足音。足音だよね。
まって、大事な事だけど、今職場には俺しかいないよね。
それとも新人ですか?
――――ヒタヒタ
部屋の前で止まった?
ちょっと待って、そこに何か居るってこと?
超マジ怖い。気のせい気のせいこれは気のせい。
俺はカビ臭い布団を頭からかぶって恐怖を払うように祈り続けた。
って、だめだだめだ。
不法侵入者かもしれないぞ。初日から機密情報を盗まれるなんていうポカをしてクビ、なんてことになったら笑いものだ。
行くしかない、きっと何もいない。
気のせいだ。でも気のせいであることを確認しないと。
鍋が視界に入る。ベルーナがかぶっていた鍋だ。
それを頭にかぶる。
そして、棒だ。
棒切れをもって、ゆっくりと宿直室の扉に向かう。
扉に手を伸ばす。
勢いよく開ける選択肢もあるのだが、ここはゆっくりだ。
相手に気づかれず先手を打つほうがいい。頭部だ、頭部に一撃を入れればいい。
棒切れを持つ手に力が入る。
ゆっくりと音を立てないように扉を開ける。
そして隙間から外を覗いてみる。
……何もいない。
扉を開けて外に出てみる。
やはり何もいない。
「ふう、気のせいか。いやーそうだと思ったんだよね。うんうん」
恐怖をごまかすために口に出してみる。
その後念のため応廊下と戸締りしている部屋以外を確認してみたが、何者の形跡も見つけることはできなかった。
うん。やることはやった。
これでミスによるクビは無いだろう。
「ふぁー、寝よう。何時かわからないけど」
気のせいだったと分かったので、眠気が襲ってきた。
そしてすぐに俺は眠りについたのだった。
・
・
「おはようございまーす」
ん、んあ?
もう朝?
「おはようございますヒロさん」
「んー、天使、天使が見える」
「ぶっぶー。残念ながら天使じゃありませんよ、私です。ベルーナです」
靄のかかったような頭の中がスーッとクリアになっていく。
目の前にはベルーナの姿がある。
「ああ、天使ベルーナ、おはよう」
あれ、何を言ってるんだ俺。
まだ寝ぼけてるんだろう。昨日よく眠れなかったからな。
まあベルーナが天使なのは、あながち間違ってないからよしとするか。
「ほらほら。まずは顔を洗ってきてください。あ、そうそう、ヒロさん着替えとか持ってませんよね。じゃーん」
ベルーナが荷物から服を取り出す。
「これは?」
「魔法障壁管理者の制服です。ここに保管されてたものなので新品ではないのですけど、ヒロさんが必要とするに違いないと思ったので、持って帰って洗濯してきました。ピカピカですよ」
渡された制服は、青と白をベースにした上着とズボンのタイプのものだ。
「ありがとうベルーナ。この服が一張羅だったから嬉しいよ」
これで着るものも何とかなる。
さすがに渡された服の中には下着は無かった。
これは至急で調達しないとな。
それにしても制服があるのか。お城勤めだから普通なのかな。この世界ではスーツはなさそうだけど。
ベルーナの服装を見てみると、昨日と同じ服装をしている。ゆったりとしたローブだ。
別に、体のラインが出ないからって残念がってるわけじゃないぞ。だったら言うなって? そのとおりです。
しかしだ。俺の着るこの制服って管理者専用のデザインなんだろうか。そうだったらいいな。
いや、服装で役職がわかるなら説明の手間が省けていいだろ。
俺の身分証、壊れてるし。
「ねえベルーナ。この制服のデザインって魔法障壁管理者専用なの?」
「はい。おそらくそうだと思いますよ。古来からの伝統のデザインだと聞いたことがあります。それに、似たような服をお城の中では見たことは無いですね」
お、やったぞ。専用だ専用。
男子たるもの『専用』の単語に心を動かされないわけはないだろう。
・
・
顔を洗って戻ってくる。
そこには何かを広げているベルーナの姿があった。
布団も畳んでくれたようだ。部屋の隅に置いてある。
「さあヒロさん。ご飯にしましょう。無一文だと聞きましたので、朝ごはんを作ってきました」
サンドイッチだ。手作りのサンドイッチ。
それにスープもあるぞ、ひゃっほう。おいしそうだ。
「あ、ありがとう。本当に何から何まで助かる」
この子は天使や。
もっと世に広めたい。
「いえいえ。ヒロさんは命の恩人です。それに、一生懸命お世話させてもらうって約束しましたよ」
屈託ない笑顔で答えてくれるベルーナ。
あぁ、神様、異世界転生させてくれてありがとう。
俺は神に祈りながらこの幸せを噛みしめるのであった。