第1話 待ちに待った異世界転生
俺の名前は、大阪ヒロ。
文系大学出身の俺は就職と同時に会計系の部署に配属された。
なぜかと言うと一理ある。俺が経営学部を出ているからだ。
確かに俺は経営学部を出ているんだが、事、数字を扱うのが大の苦手だ。
算数、数学と、いつでもテストでは足を引っ張られてきた。
そんな俺は大学受験の際に数学が必要無い大学を受けて合格し、無事に文系ライフを楽しんでいたのだが、そこに現れたのが「簿記」という難敵だった。
簡単に言うと家計簿の難しいやつ。
算数が苦手な俺は大学で唯一簿記の単位だけを落とした。
そんな数字が苦手な俺に会計の仕事などできるわけもなく、仕事が遅く同僚には迷惑をかけ、連日残業の毎日。
休日も出勤して溜まった仕事をこなす日々が続いた。
精も根も尽き果てて、上司に死にたい、部署を異動してくれと泣きついたところ、念願かなって部署異動がきまった。ひゃっほーい!!
と思ったのもつかの間。
異動先の部署は、会社内の吹き溜まりとも言われている部署で、社内のサーバを管理している情報系の部署だった。
いや、俺文系出身なんですけど。
この部署って会計と違って、確実に理系の人が配属されるところですよね。
俺、履歴書にちゃんと文系大学の文系学部出身って書いてますよ?
天国から地獄に落とされた気分だったが、なるほど。
社内の吹き溜まりが集まる部署だ。
仕事の出来ない人でもやっていけるほど、仕事の内容は簡単だった。
ただし、人間関係は最悪だ。
よそで引き取り手の無い人たちを一手に集めるような部署だ。
身勝手なおっさんたちの巣窟。
でもまあ、適当に仕事をしててもやっていけるならここも悪くないかもな。
3か月ほど仕事をしてみた。
サーバの管理といっても、実際に作業をするのは外注の業者だ。
俺はその業者に指示をだすだけでいい。
が、外注業者の返事が何を言っているのかわからん。
プロトコル? リモートデスクトップ?
さすがに外注業者に馬鹿にされているような気がしたので、情報系の基礎知識を身に着けることにした。
やってみると案外面白い。
今まで知らなかったことを知ることができて、知識の向上の楽しさを知った。
俺、文系だけど結構パソコンについては好きだし、合ってるのかも。
そんなこんなで仕事をしていたが、なんだか飽きてきた。
え、早いって?
そんなことない。さっきの話しからもう12年経ったんだ。
1年ほどは 熱意をもってやっていたんだが、2年目頃になるとここの部署の事情もよくわかるようになってきて、いくら頑張ってもキャリアアップは望めないことを知った。
ここは引き取り手の無い吹き溜まりの部署。
依然、日本の社会は一度でも失敗したものには厳しい社会だ。
他の部署への異動なんかできるわけがない。
そうこうして、一日の仕事をそつなくこなす、どこにでもいるようなおっさんが出来上がったのだ。
別に仕事内容に不満はない。
以前の会計の部署に比べれば残業の量は格段に少ない。
家に帰ってからの自由もある。
だけど、毎日同じことの繰り返しだ。
朝起きて仕事に行って、仕事が終わって家に帰って寝る。
これの繰り返し。
残念だが、俺には彼女なる存在はいない。
ちなみに俺は今35歳だ。
もちろん女の子と手などつないだこともなく、30歳で魔法使いになれるはずだったが、それはただの都市伝説だった。
彼女欲しい、クリスマスとかバレンタインとか憎い。
ちなみに、社内恋愛というのはやめたほうがいい。
失敗したときのダメージは半端ない。
そういうわけで、愛がほしいんだよ。
こう、どこで間違ったのか、この人生をやり直したい!
今流行りの異世界転生でチートでモテモテがやりたいんだ。
今までまじめに生きてきたんだ、そういう願いを聞き入れてくれてもいいだろ!
……とか思いながら帰宅しているところだ。
雨が降ってきやがった。
天気予報め、今日は晴れって言ってただろ。
確かに家を出る時にすごく曇ってるなとは思ってたんだ。
でもこれまでのデータの集積である天気予報様を天気素人の俺が否定出来る訳もない。
って、雷が鳴ってきたぞ。
音の大きさから結構近くに落ちたようだけど。
まあ、いまさらこの年で雷なんか怖くないけどな。
空がぴかっと光った。
その瞬間、体中がビリッと来た気がする。
気がするっていうのは……俺はそこで意識を失ったからだ。
・
・
・
「ここはどこだ?」
真っ白な世界だ。
上下左右どこを見渡しても真っ白。
俺の姿以外は何も無い。家も木も、空すら無い。
ただ、足は着くので重力の無い空間ではなさそうだ。
白色の濃淡からそこが地面のように見えるし、この空間に奥行きがあるようにも感じる。
まさか、これが噂の異世界転生前の神との遭遇場所ですか!?
「いよっしゃ、来た来た。とうとう俺も異世界転生してハーレムだな」
そうに違いない。俺は確か……雷に打たれた。
それで死んだんだろ。
激痛を味わい続けて死ぬ最期じゃなくてよかった。
「かみさまー、俺はここですよー」
興奮してきた俺はどこかにいる神に向かって呼び掛ける。
両手を口に持っていき、メガホンか拡声器かのようにして声を出すというおまけ付きだ。
ちょっと、はしゃぎすぎかな!
「……」
だが返事はない。
「かーみーさーまー、聞こえていますかー」
先ほどよりも腹に力を込めて、大声を出してみる。
より遠くに伝わるよう、普段は出すことのない大声を。
待てど暮らせど返事はない。
返事どころか物音すらない。
「おーまいごっど、みー、ひやー、ここに、いるでーす!」
日本語が伝わらないのかもしれないので、英語で呼び掛けてみる。
英語だよ英語、いいな?
10分後。
なんの変化もない。
さらに呼びかけ続けて、大体1時間。
なんの変化もない。
「ちょ、ちょっとまって、これは良くないパターン。
だれかいませんか、助けてください。
俺はなにも悪いことはしてませんよ。
お願いです」
いやほんとすいません。
もう異世界転生とかいいので、元にもどしてください。
辛い世界でもやっていきます。
孤独はつらい。
独り身でもネットでつぶやいたりできる世界のほうがいい。
『59分待ち』
慌てふためく俺の前に、なにやら数字が出てきた。
綿あめの様な雲のような、それにデジタルの時計が付いたようなそんな物体。
そこに59分待ち、と表示されている。
一体なんだこの数字は。
奇妙な数字だが、俺は嬉しかった。
なんせ、何も無い真っ白な世界に変化があったのだ。
『56分待ち』
デジタルの数字が変化し、残り時間が減っていく。
この待ち時間が無くなれば何か起こるだろ、やったね!
多分神様が来てくれるんだ。
神様も多忙なんだ。
これからのハッピーライフの前には1時間程度の待ち時間なんか、へでもないね。
・
・
そうして時間が進み。
『3分待ち』
とうとうあと3分になった。
どんな神様が来てくれるかな。女神様がいいな。できたら巨乳の。
でもロリ女神様でもいいな。
あとは女神様と良い仲になれたらもっといいな。
そうだ、忘れないうちに復習しておかないと。
俺が望むチート能力は、念じるだけでどんな相手でも意のままに操ることのできる能力だ。
これさえあれば好き放題できるぜ。
『1分待ち』
おっと、あと少しだ。
あと少しでハッピーなライフの始まりだ。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゼロ!」
俺はデジタルの表示に合わすように声を出す。
カウントダウン終了だ。さあこい神様!
今まで数字が表示されていた部分から、真っ白な煙があがる。
この場所の周囲は真っ白なので、煙の濃淡だけがその現象を示していることになる。
まあ、なかなか良い演出だな。こう、お預けをくらうような。
さーて神様の姿を拝もうかな。
煙が収縮していき、人型を形作っていく。
そしてこれが神様なんだな、と解るようになった時、俺はこう思った。
女神じゃ、ない!!
「次はお前か。えーとなになに、大阪ヒロ」
予想してたのとは違って立派な髭を蓄えたおっさんだった。
結構ガタイがいい大男のおっさん。
俺も結構背が高いほうだけど、それ以上に大きい。
ちょっとビビる。
とはいえ、神様には違いない。
早速交渉だ。ここでの交渉で今後ハッピーライフを送れるかどうかがかかっている。
「あの、神様ですか? おれにチート能力をください」
「あ、悪いね、お前と話すことのできる時間はあと45秒だ」
あと45秒だって!?
「え、え、ちょっと、チート、能力ください!
念じるだけでどんな相手でも意のままに操る能力!!」
嘘か本当かわからないけど、本当だった時のために45秒以内に要望を伝えておかなければ!
「あー、俺ねそういうのやってないんだわ。あと35秒ね」
「え、ちょっと待ってください。異世界転生なんでしょ!?
チート能力もらえるんじゃないんですか!?」
「確かにお前は死んで、言うところの異世界転生をするんだが、お前の転生先、俺の管理する世界じゃないんだわ。すまんな。あと25秒だ」
「え、ちょっと、そこをなんとか。
チートもなく転生したらどんぞこ生活じゃないんですか。
なんとかあなたの管理する世界に転生させてくださいよ!」
「別にこっちの手違いでお前が死んだわけでもないから、そこまでする必要もないしな。あと15秒」
げげ、あと15秒だと、やばいこのままでは底辺生活開始になる。
ハッピーライフも夢のまた夢だ。
「あ、あのそのお髭素敵ですね。
せめて何かとび抜けた才能とかお願いしますよ」
「お、なにお宅、この髭の良さわかる派?
この髭はな、俺の魂の表れなんだよ」
ちょっと! 語りだしたぞ、あと何秒残ってるんだ。
「あ、あの、お髭の話はですね」
あっ、なんか、底が抜けた……。
今まで立っていた足元が急に無くなって、今、足どこにも着いてないよ?
あーっ!!
これ、なんか落下してるぞ。想像通りだけどさ。
おいいいい。底辺生活かよぉぉぉ。
「あ、すまんすまん。
髭の話になったから熱くなっちまった。
お前のこと気に入ったわ。
時間無くてチート能力はつけてやれないけど、お前の前世での能力のいいところなんか伸ばしといてやるよ。
あ、でもそうすると前世でいう35歳のまま転生になるけどな。
まあええやろ。と、もう聞こえてないか」
髭の神が何か言っていたようだが、ほとんど聞き取れなかった。
ばかばか俺のバカ。
いや、俺のバカというより世界のバカ。
「神様のばかやろーーーーーーーーーーー」
そして落下感の恐怖に耐えきれなくなって俺は気を失った。