人外
赤や黄に色づく木々を眼下に見て、今更ながら自分の足元の危うさに気づく。男は、岩壁にへばりつくようにしながら一歩ずつ慎重に細い崖道を歩いた。深い森を抜け、晩秋の薔薇が僅かに残る細い小道に差し掛かって、ようやく、ここがどこかの村に通じているのだと悟った。
辺りは既に薄暗い。
歩みを進めると、道端に点々と明かりが灯っているのが見え始めた。
男は安堵のため息を洩らした。
――ここなら、きっと私のことは誰も知らない。……
どこか宿か、休める場所を探さねばならない。そう思っていると、折りよく老人が現れた。
「旅のお方かな」
「そうです。泊まる所を探しているのです」
そこへ、美しい女がやってきた。
「まあ、旅のお方ですの?」
「そうです。旅をしているのです」
背の高い、貴族の身なりの紳士が来た。
「これはこれは。遠いところの旅の方。」
一人、また一人と、村人たちがやって来る。自分は余程珍しい存在らしいなと、男は軽く驚いた。女が言った。
「どうぞ私たちの村に住んでください。
そして私たちの仲間になってください。」
男は心からその申し出を喜んだ。長い長い旅を続けていた男は、永住の地を求めて探しあぐねていたからだ。
「そのためには、我々の儀式を受けてもらわねばなりません」
そう言って紳士は、女と見紛うほど美しく艶かしい顔を男の首筋に近づけた。……
ぎゃああああ
紳士の顔が、見るも無残に爛れていく。
周囲にどよめきが走った。
「私は何もしていません。
――私は、何もしません、ですからここに置いて下さい。」
男は懇願したが、村人の姿は掻き消え、見えていたはずの家の明かりも無くなった。暗闇の中、男が一人、立っているだけであった。
「私は、どこへ行けばいいのだろう。」
男のついたため息で、生き長らえていた薔薇が一つ、凍り付いて散り落ちた。