0話 俺と鳴海の現状
激しい戦闘の末、今にも消えゆく意識の中で微かに残る俺の前世の記憶をたどる。
※しばらく、本作とは全く関係のないやりとりが続きます。
激しい紅蓮の炎の中で、俺の前世であるゴウヤは紅蓮の魔剣を片手に、親愛なる姫君メミリアに問いかけた。
「たとえこの命尽きようとも、我が愛は永劫に残るだろう。だから最後に……」
最後のセリフを言いかけた時、ゴウヤは口から大量の血を吐いた。
それを見たエミリアはすぐにゴウヤの元に駆け寄ると。
「ゴウヤ!無理をしないで!あなたは、まだ死んではいけない」
ゴウヤの傷を癒す回復魔法を唱えながらそう投げかけた。
そんなエミリアの恣意をゴウヤは全力で拒否する。
「いいんだエミリア。我の命はそう長くは無い。だから、だから最後に!俺の頼みを聞いてくれ」
「何、なんでも言って」
「この紅蓮の魔剣とともに、我らはここで永劫の愛を誓おう」
「ええ。ゴウヤ喜んで」
そう。こうして俺、ことミネルバ・シェリウスゴウヤの生まれ変わり、武田龍騎は前世の記憶とともに、紅蓮の魔剣の操り方を思い出したのだ。
「フハハハハハ!魔王サタンよ!これで貴様の命は終わりだ!」
そう言いながら大きな魔剣を地面から引き抜きくと
「行くぞ紅蓮魔剣よ!バイシクル・フレーーーーーイム!!!!!!!!!」
大きな魔剣で魔王を切り裂いた。
「いよおおおおおおし!」
長きにわたる執筆を終えた俺は仕事用チェアの背も足れにドンと身を任せた。
数時間続きの執筆を終わらせた俺の体にはこの上無い達成感が降り注いでいた。
一作家として作品一つをまるまる完結させるほど嬉しいことは無い。
俺は今にも叫びたいほどであった。が、俺はある程度人間ができているため、こんな夜中に一人で叫んだりはしない。
と、紹介が遅れた。
どうも、[神崎なつき]というペンネームでラノベ作家をやらせていただいております、この作品の主人公こと、望月春馬です。
---望月春馬 20歳 大学二年生。
あーーあー。もう1日が始まっちまったよ。
俺は流れゆく景色を眺めながらそんなことを思っていた。
朝方の電車、すなわち通勤ラッシュに丁度差し掛かるものだ。
あたり一面、人人人!どこを見渡してもスーツの大人や制服の学生しかいないこの空間。
まあ、幸いにも俺は早めに電車に潜り込んだんでそんなに被害という被害は受けていない。
どこを見ても人しかいない酷い景色を紛らわすため目のやり場を求めて外を見てみる。
窓外の景色はいつも通りで代わり映えしない。
つまらなくはないけれど、面白くもない。いつも通りのこの景色。
まあ、とにかくこの苦痛の登校は都内の国立に進学してしまった自分への宿命だ。と、捉えてどうにか不満を抑えてはいる。
が、最近はどうにもその不安は積もりに積もって、大学に行くのが面倒になっている。
実際、大学を進学した動機も曖昧であった。
親の勧め。そう言えば聞こえはいいだろう。
俺自身、大学に進学する気はあったけれど、したくはなかった。
親父に無理やり勧められ、流されるがままに受験した。
結果は合格だったけれど、それほど歓喜はしなかった。
あいつはどうなのだろうか。あいつは親父の言いつけ通り、大学に行くのだろうか。
妹の事を考え出した時、動き続けていた窓外の景色が駅のホームの中で止まった。
俺の通う大学は駅から徒歩5分ぐらいの位置にあるため、通勤ラッシュの改札口さえ抜けて仕舞えばひとまず安堵できる。
人という波に少し溺れて、大学までの国道沿いを5分程歩いた俺は今、大学の教室の中でうつむいていた。
今日はどうやら早く着きすぎたようで、授業まではまだまだ時間がある。
こうしているうちにもう10分も経ったというのに、まだ先は長い。
中高と、友達はそんなに多い方じゃなかった。
ライトノベル作家やってるぐらいだから、トーク力はそこそこあるし、相手との距離詰め方もそれなりにはこなせる。
けれど、当時の俺は相手の感受を気にして、次へ次へと適切な回答を探しながら会話をしていくという動作に疲れてしまった。
大して仲良くもない友達。気も合わない友達とわざわざ神経をすり減らしてまで仲良くするのが面倒でバカバカしくなってしまった。
そのため俺は、ただ一人の同類を覗いて口を紡いだ。
世の中はタイミングが全てというが、物語にはそれがさらに大きく作用する。
だって無駄な手間が省けるんだもん。
俺が丁度友達を紹介しようとした時、そいつは俺の前に突然現れた。
「お前、机にキスってどうなんだ。だいぶ狂気に見えるんだけど」
チャラい言動がそうさせるのか、男にしては透き通った綺麗な声音でそう言いながら、俯向く俺の頭に何かをコツッと当てた。
そいつの声に数秒遅れて、いきなりなんだとそいつを睨んだ。
「なんだよ……。鳴海かよ」
そこには腹立つ顔で眩しい笑みを浮かべる、俺の数少ない友達(同類)がいた。
---鳴海央空 20歳 大学2年
薄茶色の髪をワックスで今風に仕上げていて、チャラい印象を受ける。天性から授かったその顔は紛れもないイケメン。
大きな目に加えて口元から何からシュッとしている。耳には数個の穴が空いていて、休日にははめているそうだ。
「なんだよって、お前の大親友に向かってそういうこというか?普通」
「普通とか強要してくんな。今時どの作品も普通とか平凡じゃキャラが弱いの」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ」
そいつは苦笑いを浮かべた後、ゆっくり俺の席の隣に腰を下ろした。
こいつとはいつもこんな感じのノリだ。
俺からしたら、変に周りの目を気にして、気取って自分を大きく見せようと興味もないスノボとかの話をするより全然面白いし、安心する。
口では冷たくはしているが、俺は実は鳴海君が大チュキ♡
俺はこいつに対してはツンデレのようですね。
「なあ、鳴海。お前この後暇?」
「この後って?授業終えた後?」
「当たり前だろ。つーか、俺たち最近サボってなかったから授業数足りてるよな。昼で帰らねえ?」
「賛成ー。ちなみに今日の俺はオールフリー」
「じゃあ、授業終わったらいつものタクボナルド行くか」
「了解!」
鳴海は言いながら左胸にグーを持っていく。敬礼のつもりなんだけど、ちょっとちげえよ。
そう突っ込もうとした時、俺はあることに気がついた。
頭のいいこいつのことだ、多分これは天然を装ったボケなんだと。
俺のツッコミを織り交ぜた上でのボケなんだろうな。腹立つ。
そう思い突っ込む心を抑え、口の中で言葉を濁した。
大学を二時限目で上がってきた俺たちは、駅から近い、というか駅内部に設けられているタクボナルドに訪れていた。
タクボナルドは全国展開で経営している有名ハンバーガー店だ。
俺はこの店の中なら、シェイクとタックフルーリー、あとは田久保バーガーが好きだ。
もう注文もお支払いも終えた俺たちは店の隅の方の席に腰を下ろす。
本当に思うだけどさ、ラノベ主人公って超楽だよね。
大学をスキップ、飲食店での注文もスキップしてあとは食べるだけ。
うん。聞かなかったことにしてくれ。
ポテトを何本か鷲掴みにして口に運ぶ。
ポテトを飲み込んだ後に、塩気が残った口に甘いシェイクを行き渡らせると、いつもにも増して甘さが引き立つ。
これが本当に美味くて、どうにも口元が緩むのは不可避。
しばらく無言で飲食をしていると、鳴海が何かを思い出したように問いかけてきた。
「春馬、お前最近売り上げどうよ?」
「人に売り上げを聞く時はまず自分の売り上げから言うのが礼儀じゃねえのか?」
俺が定番の挨拶ゼリフちょっとひねって返す。
どうだ鳴海?笑ってもいいんだぞ?
「最近あんまよくねえんだけどさ、こないだの新刊のおびに累計70万って書いてあった」
どうやら俺のボケというか、おふざけというか。とにかくそれに関してはスルーの方向なのね。
まあ、面白さなんて人それぞれだもんな。
って、んなことより
「おまっ!!70万円⁉︎オッフォッ!」
いきなり声を荒げたせいで、冷たいシェイクが喉の変なとこに入ってむせてしまった。
ってぐらい驚いた。
「まあ、自慢じゃねえんだけどな」
嘘つけよ。作家が自ら累計を口にする時は8割がた自慢だ。残りの2割は自虐ネタ。
と、そろそろ俺の友達の本性。すなわちこいつが俺の同類と呼ばれる由縁について語ってもいい頃だろう。
「やっぱり、今を生きる若き新星[寺島空海]先生はそこらの凡人作家とはちげえな」
意地の悪そうに、昨日読んだこのラノの作者紹介コーナーの見出しを言ってやった。
今言った通り、こいつはペンネームを[寺島空海]とするライトノベル作家だ。
売り上げは先にあげ通り好調のようで。
「なんか止めろ。若き新星とか割とはずいんだから」
まあ、こんな感じでちょっと煽ると頬赤らめて照れちゃうからこいつは愛らしいんだけどね。
「お前、自分で若き新星って載せて下さいって言ったわけじゃねえんだろ?」
「まさか!そんなことさすがにできないっての!」
やっぱりこいつは作品のことになるとかなり謙遜するんだよな。
才能はすげえのに。
俺はハハハとわざとらしい笑いでこの話を区切る。
そして、まあと次の話題の前置きをする。
「俺の売り上げの方はぼちぼちだよ。累計40万ちょいだ」
「へぇー、前回の紅蓮魔弾の新刊そんな売れてねえの?」
「んー。微妙なんだよなー。熱烈的な俺のファンたちは手に取ってくれんだけど、新規さんたちがなかなか踏み込んできてくれねえ」
紅蓮魔弾とは俺こと神崎なつきの2作目で今の所3巻まで連載している。
売り上げは先にあげた通り、デビュー作に比べてそれほどよくはない。デビューから4年にしてはまあまあ売れている方ではあるのだが、向かい合っている天才のせいでどうにも自分が霞んで見えてしまう。
「新規とか、アニメ化でもしない限り中々増えねえもんなー」
「そうなんだよなー」
こんな感じで、俺たちは二人っきりなるとよくお互いの作品についてだべり合う。
が、今日もいつも通り自分がこいつより劣っているという劣等感に苛まれるだけであった。
苦い現実に反して、今日もシェイクはちょー甘い!