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次の日。
ラナとイベリスは、会話がしやすいようにと人払いをして朝食をとっていた。
ラナがベーコンエッグを食べやすい大きさに切り分けながら、イベリスに話しかける。
「あなたが得られる強き心って、一体なんなのかしら……?ねぇ、何かやり遂げたい事はある?」
「ああ。俺は今ベーコンエッグを腹いっぱい食べたい」
カエルの目は、大きな皿に2つ並んだベーコンエッグに釘付けになっていた。
「んもう!ちゃんと話を聞いてちょうだい!」
「話なら聞いている!だから早くそれを食わせろ!」
「はぁ…分かったわよ。はい、どうぞ」
イベリスは持っていたフォークを槍のようにベーコンエッグに突き刺すと、器用に口へ運んで食べ出した。
うーまーいーっ!
やはり出来立ては格別だ!
「…ふふっ。これが気高き王子だなんて、信じられないわ」
カエルの至福顔に思わず苦笑しながら、ラナも朝食を食べ始めた。
†††
その日は一日図書室にこもって、強き心を持っているであろう人々について調べた。
学者、職人、芸術家……。
一流を極めた彼らが、どのようにして夢をつかんだのか。
それから恋愛、慈愛、更には自己愛まで、それらが生まれる仕組みも見てみた。
だがいくら本をめくっても、欲しい答えには辿り着かなかった。
「う~ん、どれも今ひとつね…。やっぱりそんな簡単には分かる訳ないわよね」
ぱたんと本を閉じ、ラナはため息をついた。
肝心のイベリスはというと、なんとラナの膝の上で眠りこけていた。
文字ばかりで頭が痛くなったと言って、勝手に膝を借りて昼寝を始めたのだった。
起きる気配のないカエルをチョンチョンとつつく。
…………起きない。
「全くもう……」
あなたのために調べてるのに…。本当に元に戻る気があるのかしら。
†††
合間にしばし休憩。
モナルダの淹れてくれた紅茶で一息つき、クッキーを一つつまむ。
「ありがとうモナルダ。今日もとても美味しいわ」
「お褒めいただき光栄にございます」
「このクッキーもすごく美味しいってパティシエにも伝えてね」
「かしこまりました」
「……なぜだ?」
ティータイムは好きではないとラナの肩に乗ったままのイベリスが、モナルダに聞こえないほどの声で話しかけた。
「昨日から見ていて思ったが、お前はなぜそんなにも従者達に礼を言うのだ?あいつらはお前の世話をするのが仕事なんだ。尽くすのは当然だろう。礼など必要ないはずだ」
「あら、そんな事はないわ。彼らは確かに雇われてここにいるけれど、みんな私のためを思ってしてくれているのよ?その証拠に、このクッキーだって紅茶だって、私の好みに合わせていろいろ工夫をしてくれているんだから。私は、私の事を考えてくれた事に感謝しているの。だからお礼は必要よ。それに『ありがとう』って言葉は、言った方も言われた方も嬉しい気持ちにさせてくれるしね」
「ふーん…そんなものなのか」
「そうよ」
「…………」
イベリスは周りに控える従者達を見回した。
『考えてくれた事に感謝』……そんなの、考えた事もなかったな……。
†††
夜になり、いつものようにラナは寝室の隠し扉を開けた。
「おい、今日も森へ行くのか?」
「もちろんよ!だって、せっかく捕まえたと思ったものが偽物だったのよ?次こそ本物の新種を見つけなくっちゃ」
「偽物で悪かったな」
「本当、がっかりだわ」
「……俺はお前で良かったがな」
「え?何か言った?」
「別に。お前みたいな変人が王女でこの国は可哀想だと言ったんだ」
「ひどい!それを言うならあなたの国だって可哀想じゃない!」
「なんだと?!」
その後もくだらない言い合いをしながら、2人は城下へと出ていった。
†††
揺れるポケットの中で、イベリスは今日の事を考えていた。
『考えてくれた事に感謝』
その言葉が、なぜかずっと心に残っていた。
そして休憩を終え再び図書室で本を開き出した彼女を見て、気付いたのだ。
彼女は、今日どころか森で出会ってからずっと、自分の事を考えてくれていた。
見返りに報酬をもらえる訳でもないのに。
むしろ悪口や文句ばかりを言われて、何も良い事がないのに。
そしてふと思った。
もしも、自分を捕まえたのが彼女ではなく他の誰かだったとしたら、こうして何事もなく一日を終えられていたのだろうか。
元の姿に戻る希望を、見出だせていたのだろうか。
「……………………」
答えは…否。
ポケットの中から、チラリと彼女の顔を見上げる。
…………『ありがとう』…か。
もしも人間に戻る事ができたなら、彼女にだったら言ってみてもいいかも知れない。
言える日は……いつか来るだろうか。




