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 「そして野を彷徨い、野垂れ死んでしまえばいいと思ったのに……。よりにもよってこの変人に助けられるとはな」


 「ちょっとトリィ、それってどういう意味?」


 「そのままの意味だ」


 「もう。ひどいわ、トリィったら。…でも、どうして言ってくれなかったの?私に相談してくれれば…」


 「こいつはレッドの王子だぞ?お前が口を挟んだら、事がややこしくなるだろうが。それに…こんなクズに熱を上げたなど、人生最大の恥だ。……言いたくなかったのだ」


 「そうだったの……。トリィ、気付いてあげられなくてごめんなさい」


 うつむくトリトマを、ラナは再び優しく抱きしめた。


 「私はただ一言……『ごめん』と…『気持ちには答えられない』と、言って欲しかっただけだったんだ…………」


 トリトマはラナの服のすそをキュッと握った。


 「……なぜだ?」


 抱き合う2人の耳に、イベリスの空気を壊すような声が聞こえた。


 「…え?」


 「…………」


 「なぜ俺がこの魔女に謝らなければいけない?」


 その言葉に2人は目を見開いた。


 「あ、あなたっ、今の話聞いてた?!」


 「当然だ。だからなぜかと訊いたんだ。俺は薬の感想など述べた覚えはない。こいつがレッドの使いとやらの言葉を鵜呑みにして、一人で勝手に苦しんでいただけだろう?俺は何も悪い事はしていない」


 「…っ!」


 「なんですって?!」


 「あらかた、勝手な理想でも抱いていたんだろう。俺が誰にでも愛想を振りまく能天気な奴だと。残念だが俺はそんなおめでたい奴とは違う。それに、けなされるような見た目で来るお前が悪いんだ。王子である俺を不快にさせぬよう取り計らうのが普通だろ。魔女なんだから魔法で顔を変えるくらいできるんじゃないのか?」


 「っ……ま…魔法は、おのれの欲のために使ってはいけないと教えられているっ」


 止まる事のない暴言に、トリトマはワナワナと震えだした。


 「あなた……なんてことっ…」


 「当然の事を言ったまでだ。俺は被害者なんだぞ?人に呪いをかけるようなおぞましい輩に謝ってやる義理は──ふぎゅっ?!」


 いかるトリトマが、カエルのイベリスを鷲掴んで顔の前に持ち上げた。


 「こ、こらっ!何をする?!離せっ!!」


 「おい馬鹿王子……お前は今、自分がカエルである事を忘れているようだな」


 「!?」


 「今のその姿なら片手で握りつぶすくらい、わけないんだぞ?」


 「やめろっ!そんな事したらただじゃおかな──ぐあぁっ!」


 カエルの体がギリギリと締め上げられる。


 「ぐっ…お、おいっお前!見てないで早くこいつを止めさせろ!!」


 「あら、無理よ。あんなひどい事を言ってしまったんだもの、こればっかりは止めようがないわ。それに、私は『お前』なんて名前じゃありません」


 未だ強気のカエルに、ラナは呆れたように首を振った。


 「なんだと?!王子である俺が死んだらどうなるか分かってるのか?!」


 「お前のような暴君など、いない方が平和なのではないか?」


 「そうね。あなたが国王になったら、きっとレッド王国は滅んでしまうわ」


 「なにぃ?!お前らっ!よくも俺にそんな口を…!!」


 「あなたには言われたくないわ」


 「まぁ、強気でいられるのも今のうちだろう」


 カエルを締める力が強まっていく。


 「うがっ!ぁあああっ!!」


 「さぁ、どうする?クズガエル。今までの罵詈雑言を全て撤回し私へ謝罪をするか、それともこのままぐしゃりと潰され森に住まう獣の餌となるか」


 目の前にある魔女の顔がニタリと嗤う。


 …こいつ……本気だっ!


 ヒクッ、と喉が声を忘れ、イベリスから血の気が引いた。


 「…っ…わ、分かった!!するっ!撤回する!!今まで言った事全部だ!だから…っ」


 「撤回だけか?」


 ギリギリと更に力が強まる。


 「いやっ、ち、違う!謝罪もするっ!悪かった!!俺が全部悪いんだ!!傷つけるような事を言ってすまなかった!!!」


 「…………」


 トリトマはしばし見据えると、ぱっと手を離した。


 べしゃりとカエルが床に落ちる。


 「ぜー…はー…っ、げほっ!…はぁ……」


 「口先だけだろうが、その必死さに免じて許してやる。…ふふ、死ぬのがそんなに怖いか」


 「くっ……こ、のっ…!」


 クソ魔女が!人間に戻ったら覚えておけ!!


 「おい、魔女!」


 「…なんだ?」


 「俺はお前に謝罪した。そしてお前も俺を許した。ならばもうこの姿でいる必要はないはずだ!さっさとこの呪いを解け!」


 すっかり元通りのイベリスの威勢に、トリトマは呆れてため息をついた。


 「はぁ…、解放された途端に態度がでかいな」


 「うるさい!早くしろっ!!」


 「無理だ」


 「なにっ?!」


 「お前の言った通り、それは呪いだ。単なる魔法とは違う。よって、解く方法なんてものは存在しない」


 「なっ、なんだとぉぉお?!」


 驚愕の事実に、イベリスは目を剥いて吠えた。


 「存在しないとはどういう事だ?!…あ!まさかお前、俺をずっとこの姿にしておくためにそんなくだらん嘘をっ…!」


 「嘘ではない。呪いとは、かける相手の心を抉るもの。そうやすやすとかけたり解いたりできるものではないのだ」


 「じ、じゃあ俺は一生このままなのか?!俺の謝罪も無駄だったというのか?!」


 「あら、それは違うわ」


 ラナがカエルをふわりと抱き上げた。


 「!…な、なんだ?!」


 「あなたはきっと、今まで誰にも謝った事がなかったのよね?そんなあなたが、脅されてたとはいえ謝罪の言葉を口にする事ができた。それってすごく大きな成長だと思うわ。決して無駄なんかじゃない。…ふふっ、よくできました」


 そう言ってラナはカエルの頭を優しく撫でた。


 「!!」


 な、なんだこの、ムズムズとくすぐったいような感覚は?!


 顔に熱が集中していくのを感じる。


 人の姿であったなら、顔が赤くなっていただろう。


 「やっ、やめろ!俺を子供扱いするな!!」


 「子供じゃなくて、小さくて可愛いカエルの扱いをしてるのよ」


 「もっとやめろっ!!」


 「そうだわ!謝ったご褒美に、明日の朝食はベーコンエッグを2つにしてあげる」


 「何?!本当か?!」


 「ええ、本当よ」


 「言ったな?絶対だからな!!」


 「分かったわ」


 ベーコンエッグ~~~ッ!


 イベリスは明日の朝食を思い、目をキラキラさせた。


 「………お前……その姿の方が案外幸せなんじゃないのか?」


 「んなっ!?」


 魔女の呆れる視線に、イベリスは我に返った。


 「そそっ、そんな訳ないだろう!!」


 危ない危ない!危うく惑わされる所だった!


 「ねぇ、トリィ。本当に彼が元に戻る方法はないの?」


 「ん?んー、まぁ…………ないことはない」


 「そうなの?」


 「あるのか?!」


 「ああ」


 トリトマはこくりとうなずいた。


 「だがそれは、お前自身が変わる事ができればの話だ」


 「俺が、変わる?」


 「そうだ。その方法とは……強き心を手に入れる事だ」


 「強き心…?」


 「先に話した通り、呪いは相手の心を抉る。したがって心が弱ければ弱いほどかかりやすく、強ければ強いほどかかりにくい。…その証拠がお前の見た目だ」


 「は?どういう事だ?」


 「私はお前に、イボだらけのヒキガエルになるよう呪いをかけた。だが実際はそれとは異なる姿になった。……お前は自分の見た目に相当自信があるのだなぁ?他はすんなりかかったのに、その一部分だけが見事に弾き飛ばされた」


 「そっか!だからどこの資料にも載っていないカエルになったのね!」


 「強き心は呪いをはね除ける事ができる。だからもしそれを手に入れたなら、今かかっている呪いを弾き飛ばして元の姿に戻る事ができるはずだ」


 「…なるほどな。それで、その強き心とやらはどうすれば手に入るんだ?」


 「分からん」


 「な、何っ?!」


 分からんだと?!


 「心の強さは人それぞれ。お前のように自信に満ちあふれる心、何かをやり遂げようとする意欲の心、誰かを守りたいと願う心……。一概にこれだとは言えないのだ。だがいずれも、その身を投げ打つ覚悟があってのもの。今のお前では到底無理だろうよ」


 「っ!そ、そんなのやってみなければ分からんだろうが!!」


 「まぁ、せいぜい頑張るんだな」

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