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禁断の蜜の正体は

作者: ユーリアル

どろどろっとした関係がたまには書きたかったのです、ええ。





「私は美味しかったですか、兄さん」


 俺の、苦労はあったが明るい未来が待っているはずの異世界生活はその日、その一言で終わりを告げた。訳も分からぬままに見知らぬ世界に飛ばされ、曖昧な記憶のまま勇者として戦った日々。出会いもあり、別れもあり、僕が俺に変わるほどの時間が経っていた。


「何を……? おかしなことを言うな、イサミは。あ、そうか。そういう趣味なのか? 今日から俺はお兄ちゃんだぞーって。でもそれは無理だな、だって俺達……」


「結ばれたから、ですよね。ふふっ、そのぐらい私だってわかってますよ」


 そっと口元に当てられた細い指が、焦りからか早口になっている俺の話を止めた。1つのベッドで、お互い裸で腕枕をしているような状況、となれば自然と見上げるような形でイサミの顔が目の前にある。月のような銀色の髪、人形のような細い体。それでいて出てるところは出ていて……柔らかかった。


 冗談ですよ、そういってイサミは毛布を口元までかぶり直して恥ずかしそうにうつむく。それだけ見るととても可愛らしい彼女、そう評するほかない。何もなければ俺もその仕草にやられ、そのまま襲い掛かるか笑顔のままで横になったことだろう。


 しかし、俺には記憶がない。正確には、この世界の人間ではないという記憶はあるけれど他が曖昧だ。地球という星に産まれ、今いる世界がその地球上のどこにもない場所だということはわかる。魔法だなんだとかがある国なんてなかったからね。


 王様に請われるままに戦い、世界の半分を支配していた魔王、魔族とみんなと一緒に戦った。そして、敵に捕らわれていたという聖女であるイサミを助け出してもう2年になる。その間、俺とイサミは多くのの場所を旅し、一緒に戦い、そして……触れ合った。


「頼りがいがあって、兄がいたらこうなのかなって思ってちょっとからかってみただけです」


「そ、そっか。出来ればこういう状況じゃない時にやってほしかったな」


 伝わってくる温かさから膨らんでいた欲望もなんだか急に収まってしまった。彼女は冗談だという。だけど、俺には記憶がない。だから妹がいて、一緒にこの世界に来ていないと否定が出来ないのだ。それに、今思えば彼女の仕草1つ1つに、何か既視感がある。


─本当は彼女は誰なのか


 それからずっと、その考えが俺に付きまとう。2人して戦いに向かった夜でも。勝利の報告を民衆にするときも。お忍びで街を散策するときも。それまで気にしていなかった彼女の姿に、どこか懐かしさと、もしそうであった場合の恐怖のような物がゆっくりとせりあがってくる。


(もし、もしもイサミが妹だったら?)


 それはとても残酷な事実だ。だって俺がこの世界に来てからイサミを助け出すまでには何年もかかっている。その力を見込まれ、拷問といったものは受けてなかったらしいけれどそれでも味方のいない場所に何年も1人だ。俺は家族をそんな場所に結果的に放置していたことになる。


「どうしたんですか、イサキ」


 最初に出会った時、よく似た名前にドキッとしたのもつい最近のように思える。偶然とは怖い物、そうも思った。周囲の人間にしてみれば、俺たちが兄妹だったと言われたらやっぱり、というのかもしれない。けれど、髪の色も違うし他にも色々と違うと感じる。だからイサミは妹ではない。


「いや、もうすぐ平和になるかなって思ってさ」


「なりますよ。兄さ、じゃなかった。イサキなら大丈夫です。私が保証しますよ」


 そんな健気な姿に、無性に可愛さを感じて抱き寄せる。今は2人旅。護衛が一緒だと逆に動きづらいと2人して言ってそれを押し通した結果だ。でもそれは建前。本当は……彼女との時間を邪魔されたくなかったからだ。


「ふふっ、2人の相性はなんだか怖いぐらいですね」


「まったくだ。まるで禁断の味わいに手を付けているみたいだ」


 口にしながらも、彼女と深くつながる度に感じる底の見えない状況に恐怖を感じている俺もいた。イサミは妹ではない、そうわかっているのに出してはいけない物に手を出してしまった、やっちゃいけないことをやった時のような後悔と高揚感。


 不意に襲われるかもしれないからと、鎧はともかく服は身に付けたままの時間。腕の中で静かに休むイサミの髪を撫でながら彼女を守らないと、と強く思った。今度こそ俺は彼女を守らないといけない。手を離してしまったあの時と違って……。


「手を離した……?」


 口にして、そのことに気が付いた。いつ、誰の手を? 考えを巡らせたとき、頭痛が走る。思わず呻きそうになるけど、眠っているイサミを起こすわけにはいかずに必死に耐える。痛みが走る度、頭の中で色んな光景が巡る。立ち並ぶビル、行き交う人、走る車、そして……こちらに迫るトラックと手を握っていたはずの少女。彼女の名は……。


「ははっ。やっぱり偶然か」


 ようやく思い出した事実に、俺は安堵のため息をつく。認めよう、俺には妹がいた。6つは年下で、小柄なリスのような少女だった。あの日、日曜だからと買い物に出かけた俺達は暴走するトラックに轢かれそうになり……そして……どうなった? 俺はここにいる。では妹は?


 思わず寝たままのイサミを見るが、彼女は俺の1つ下のはずだ。体だって妹より大きい。何よりも髪の毛の色だって違う。何もかもが、名前以外が妹とは違う、違うんだ。


「んんぅ? どうしました、イサキ」


「ああ、思い出したんだ。俺には妹がいた。妹もこの世界に来てるかもしれないんだ。この戦いが終わったら、探しに行ってもいいか?」


 当然のように返ってくると思っていた賛同は返ってこなかった。イサミを見ると……どこか達観した顔をしていた。どうしてだろう、彼女は妹が見つかるのが嫌なんだろうか? いや、そんなことを考える子じゃないはずだ。


「会ってどうするんですか? いいえ、会えると思っているんですか?」


「わからない。だけど、探してやりたいんだ。兄としては」


「何年も忘れて放っておいたのに?」


 そう言われるととてもつらい。誠心誠意、謝って許してもらうしかないだろうとは思う。たった1人の妹のことを忘れていた駄目な兄貴だけれども……そこだけは通したい。


 結局、若干のしこりを残しつつも俺達は目的を果たし、戻って来た。そして2人で世界を放浪する旅に出たのだ。あてのない探し人の旅。表向きは世界各地の魔を滅するための旅としている。





「見つかりませんね」


「そんなすぐには見つかると思ってないさ」


 機嫌の悪そうだったイサミも、旅に出るとその様子は引っ込んだ。もしかしたら俺が他の女(妹だが)を気にしたから嫉妬していたかもしれない、そう思うぐらいには俺達は愛し合ってるんだ。妹を見つけたら紹介したいぐらいには。


 でも……俺のどこかがずっと悲鳴を上げている。この関係はまずい、どうにかしろ、と。一体彼女との関係の何がまずいというのだろうか? 身分の差か? そんなものはどうとでもなる。では何が……。


「もう、集中してください」


「ごめんごめん」


 小柄な彼女に覆いかぶさるような姿勢のまま、俺は考え込んでしまっていたらしい。眼下には窓からの月明かりに照らされた白いイサミの肌。何度触れあっても飽きるどころか、子供の頃に駄目と言われて余計に食べたくなったお菓子のように魅力的だった。


 気を取り直して彼女を愛そうと思って顔を見た時……俺は固まった。彼女の視線が、俺を射抜いていた。俺を挑発するような、力のある瞳。


「そんなんだからアキさんに振られたんですよ、兄さんったら」


「……は?」


 頭が状況に追いついてこない。今、イサミはなんていった? 俺が振られた? いつ、誰に? この世界に来てアキなんて名前の女性と出会ったこともなければ告白したこともない。あるとしたら、地球にいた時の部活の先輩……まさかまさか!


「でもアキさんも兄さんの趣味がわかってたんでしょうね。机の三段目の引き出しの奥……掃除のときに見つけちゃったんです……妹物の本」


「イサミ……なのか?」


 我ながら情けないほどの無意味な問いかけだった。そういう気持ちなんかとっくにどこかに行ってしまっていた。このまま服をすぐに着たいぐらいだ。だけど見上げたままの、貫くようなイサミの視線がそれを許さない。


「どちらがいいですか? どちらでも、構いませんよ。私を……愛してくれるなら」


「でも……そんなはずは……髪だって……体だって……」


 腕に力が入らない。けれどこのまま倒れ込むわけにもいかない。例え双丘が身じろぎするたびに蠱惑的に揺れているとしても、今どうにかするのは出来やしない。


「5年。何だと思います? ヒントは足すと19です」


「5? 待ってくれ……イサミ、君は俺よりも……」


 既に答えは出ている。けれどそれは俺が口にしていいものかどうか迷うばかりだった。それが正解ならば、俺は……俺は妹に……許されるはずがない、そう思いつつも納得している俺がいた。昔から言うじゃないか。禁断の蜜の味、と。


 気が付けばイサミは俺の体と入れ替わるようにして、逆に俺をベッドに押し倒していた。さらりと、長い髪が首から胸元をくすぐる。月明かりをバックに、白い彼女の肌がまるで光をまとっているかのように輝いていた。


「彼女は1人でした、孤独でした。たった1人見知らぬ土地で。彼がこの世界に来る何年も前から。言葉は通じても正直は通じず、ずっと暗い塔の中。だけどずっと耐えていました。きっと、いつか必ず……そう、必ず。助けに来てくれると。だから耐えました。どんなひどい目にあっても……心だけは手放さずに」


「イサミっ!」


 体を起こし、抱き寄せようとする体は彼女の細腕に押されまたベッドに沈んだ。抵抗も出来ず、彼女を見上げるばかり。泣いている? いや、笑っているのか?


「どうですか、成長したこの体は。いつか喜んでもらえるならと耐え忍んできたこの体は。穢れた女はお嫌ですか? 禁断の気持ちを抱いていた女は嫌いですか? ねえ、兄さん。兄さんだって……同じでしょう?」


 触れあっている部分が温かい、そのはずなのにどこか冷えていくような錯覚があった。体の一部だけが妙に熱を帯びている感じもあった。それは錯覚、そのはず……はずなのに。


「イサミ、駄目だ。俺たちは……」


 その先を口にしようとして、覆いかぶさって来た彼女のぬくもりにそれは不可能になった。そして、耳元に言葉がささやかれる。それは禁断の扉を開ける鍵。もう戻れない道への道しるべ。


─元の世界に戻ったら出来ませんよ?


 あるいはそれは、小さな女の子の精一杯の誘惑だったのかもしれない。拒絶されるかもしれない、軽蔑されるかもしれない、そんな未来への恐怖からの虚勢だったかもしれない。それを確かめるすべはなく、そのつもりもない。


 なぜなら……。





「勇者様だー! 聖女様もいるぞー!」


 眼下で、人々が歓声を上げている。この土地の魔獣を倒し、平和を取り戻した俺たちへの賞賛の声だ。この後はこの土地の領主との食事会だとかが待ち構えている。全く、忙しいことだ。だけど苦労とは思わない。なぜなら……隣に彼女がいるから。


「大人気ですね、イサキ」


「俺だけじゃないさ、イサミもさ」


 寄り添う姿に、他の人は仲が良いな、といった感想を持つかもしれない。事実、仲は良い。それ以外の関係もあるが……少なくとも外向きには勇者と聖女のままだ。


 しかし、そうじゃない関係の時間も2人の間には産まれた。それは、夜。


「イサミ……イサミ!」


「ふふ、可愛い人。今日はどちらにします? 聖女にします? それとも……妹がいいですか、兄さん?」


 ベッドの中で微笑む彼女。それが俺の守りたいもののすべてだ。だから俺は今日も……。




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