6、スライム可愛いですっ!
運営の便利屋さんを名乗る、お坊さんはジャンプをすると天井の穴へと消えていった。
そして穴はお坊さんが入ると同時に閉まり消えた。
僕は天井に向かってジャンプした。
穴が開いていた場所に触った感触はただの天井。
押しても開かない。
……運営専用の抜け道かな……
それとも何か特別な仕掛けでもあるのだろうか?
少しそんなことを考えていたら背後でカタカタと物音がした。
何もない横に身体を動かし、そして先程までの背後を確認。
人形の拳が先程まで僕のいた場所を過ぎていった。
「へぇ!」
通り過ぎた拳はちゃんと僕にダメージを与えられるものだった。
その拳のスピードから僕はそれがわかった。
「いいねっ!」
さっきまでのスライムとは違う、ちゃんとした敵。
ちゃんと敵になってくれる敵!
人形……いや、パペットが関節を動かす度にカタカタと音がする。
言い換えた理由?
なんだか人形だと日常感があって気が抜ける。
けどパペットだと非日常感があるからだ。
便利屋さんに合わせて人形言ってみたけどなんかしっくり来なくて。
パペットの動きは遅い。
関節をカタカタと動かし体勢を整えたら攻撃。
それも右の手で殴る以外に何もしない。
右手の拳はそこそこ速いけれど、それだけだ。
すごくつまらない。
対応が異様に早かったのは元々準備していたからだろうか?
可能性は高そうだ。
僕は攻撃で伸びたパペットの右手をつかみ引き倒し、パペットの胴体を踏みつけた。
ぐちゃ。
パペットの白い胴体は足の形に陥没。
中から透明なジェルのような液体が溢れた。
パペットの硬そうな見た目と裏腹にまるで卵の殻のようなもろさだ。
白い見た目も合わさり、本当に卵の殻なんじゃないだろうか?
スマホのアラームが鳴る。
胴体に穴が開いたパペットは出てきた時を逆再生するように、末端から白いポリゴンとなって崩れ、白いポリゴンはドライアイスのように白い煙をあげながら消えた。
スマホを開くとメールが届いていた。
ストーリークエストが終わったようだ。
再戦しますか? というタッチボタンが点滅しているけれど、僕は無視した。
僕はここでアチーブメントを稼ぐ気はない。
アチーブメントは偏らせて意味がある。
ただ数を稼ぐだけでは普通の進化しかできない。
それは少し良くない。
条件が困難なアチーブメントに偏らせる程、その後に成れるジョブが強い。
これはどのジョブを見ても分かる全体的な傾向だ。
そして僕の選ぶサモナーというジョブ。
ゲームマネーを稼ぐ手段が序盤からあり、初めから強い装備を買うことが可能なジョブ。
強い装備がある。
これはアチーブメントを稼ぐために非常に重要なことだ。
火力が十分なため、装備頼りといえば口が悪いが、戦闘の自由度が高くなる。
つまり狙ったアチーブメントを稼ぐことが非常にやりやすくなる。
序盤のほとんど斬ることができないなまくらな剣を使ってモンスターの身体を削ぐのは、長いことゲームをしている人でもミスをする可能性がある。
けれど名剣や名刀と呼ばれる物でモンスターの身体を削ぐのは、初心者でも上手くすればできること。
本来難易度の高いアチーブメントを稼ぐこと。
その難易度が低い。
つまり希少なジョブに進化しやすい。
これは非常に大きなメリット。
だから僕は今ここでアチーブメントを稼ぐ気がまるでないのだ。
受け付けに手を振り、僕は練習場を後にした。
受け付けのお坊さんは怪訝そうな顔をしながらも挨拶を返してくれた。
僕はティグリスさんに言われた練習場の次に行く施設に入った。
中にはまたお坊さん。
冒険者学校の先生はお坊さんにならないといけないのだろうか?
すごくありそう。
「資格所有者だな。ここで第1次転職を担当させてもらう、ニコルという。
あまり会うことはないと思うが宜しくお願いしよう」
どことなく冷たい印象を覚えるお坊さんだ。
他のお坊さんは柔らかいというか暖かいオーラをしていた。
けれどこのニコルさんというお坊さん、硬い、冷たいそういうオーラを漂わせている。
なんだがエラそう。
「はい、よろしくお願いします」
「転職先はもう決めてるかね?」
「はい、サモナーでお願いします」
「サモナーね……。
言ってなんだがそのジョブは選ばない方がいい」
「ステータスの補正が低い。
序盤の敵を倒すことも困難。
強くなりにくいなどですよね」
「……、わかってるなら何故それを?」
「調べたところ、他のジョブよりも早く、自由に成長できる道筋は見えていますから」
「……。どんな道筋を描いているかは知らないが、頑張ってくれ。
サモナー志望者の9割はもう一度ここにくる。
私は君とここで会わないことを願っているよ」
「9割……」
「あぁ、9割だ。100人いたら98人ほどはもう一度ここに来ている。思っていたのと違うっ!など言いながらな」
「定着率2%……」
「その2%も何をしているんだか分かったもんじゃない。
本当にやめた方が身のためだ、時間がもったいないぞ」
「いえ、大丈夫です、続けさせてください」
「……はぁ……、しょうがないな……」
ニコルさんは何かを呟いている。
僕の頭に手を翳すと水が髪にかかりそして染み込むように消えた。
冷たさは、気化熱を奪われるあの冷たさは、感じられなかった。
「端末を確認してみな、ステータスの欄を開いてみろ」
サモナーのジョブを選んだことが不愉快なのか、ニコルさんは横柄な口ぶり。
仕事が増えたなど考えていそうな感じだ。
僕は少し辟易しながら端末を操作して確認する。
「ジョブはちゃんとサモナーになっているか?」
「はい、大丈夫です」
「よし、じゃあ、あそこが出口だ。
行ってくるがいい」
「わかりました」
「君の冒険者生活に幸運を」
ニコルさんは胸元に拳を置いてそういった。
僕もそれに応えて手を振り、指し示されたゲートを潜り抜けた。
ようやくチュートリアルが終わる。
2時間はかかっていないだろうけれど1時間は過ぎている。
長かった。
次の街に入ったらギルドに加入申請して、それから店舗に向かうとしようか。
それにしても……
僕は目の前の光景にため息を吐く。
「なんだ、この目の痛い光景は……」
苔生す岩、苔生す大木、透明な硬い清水。
ここまではいい。
非常に神秘的で、幻想的で、これだけなら心落ち着く光景だろう。
しかしだ。
赤、青、緑、黄色、オレンジ、ピンク、紫、水色、黄緑色、白、黒……10色か? 10色で間違いないか?
それが木の陰、水の中、石の上、見渡す限り人工的な色合いが汚染している。
汚染している、で間違いない。
その汚染の正体はスライム。
20㎝サイズの小さなスライム。
アクティブ、積極的に襲いかかるモンスターではないのか、近くを通ってもスライムたちは自由きままだ。
スライムは水の中をすぃーっと泳いでいたり、石の上でぐてんっと広がっていたり、木にしがみついて動かなかったり、スライム同士でくっついていたりしていた。
単体で見ると可愛い。
だがな。
スライムたち。
お前らは可愛くてもだ。
おもちゃの部屋みたいな人工的なエリアならその配色はよかった。
だがな、ここはきれいな自然のエリアなのだよっ!
微生物の類も少ない、そんなとても生物の少なそうな、きれいな空間なのだよっ!
僕はスライム、とてもじゃないが君たちの存在をこの環境を汚す存在にしか見えないんだっ!
あ、足に体を擦りつけて、1度立ち止まってこちらを確認しながら立ち去るだと……
……なんでスライムがネコみたいな行動するのさっ!
ご飯が欲しいのか? お前はご飯が欲しいのか?!
いらないアチーブメントを稼がないように、スライムたちの間をすり抜けながら移動する。
攻撃をしないせいか、僕の周りはスライムが度胸試しをするかのように遊び始めた。
ちょっと靴を触って逃げる。
青いスライムは他のスライムの中に戻ってぐねぐねしてる。
今度は黄色いスライムが来る。
そんなことをされながら歩く。
子供かっ!
可愛いじゃないか。ちくせう。
足元で行われるやり取りに気をとられながら歩く。
結局、10分もかからない距離を1時間近くかけて歩いてしまった。
僕が街に入った時はそろそろ夕食の時間。
スライムが可愛いすぎるのが悪いっ!
スマホにメールが届く。
ストーリークエストで、街の中の散策。
NPCのお店を回れというものだ。
今からではとても時間が足りない。
夕食後にログインしてからやろう。