1、憧れ
RSOというVRMMORPGのゲームがある。
そこにはギルドが無数にある。その中に1つ、異常なまでに巨大なギルドがある。
生産ギルド【けもけも】
ゲーム開始から数ヶ月で構成人員数、数万人。
そのギルドマスター、フォロは広告収入などで年収数億を稼ぐという。
彼女がプロデュースするプレイヤー達に、プレイヤー達が経営するお店などの空間に、生産されたアイテムに、闘技場などで行われるエキシビションマッチなどの興行に、ゲーマーでない人までも惹かれ、ただ時間を過ごすためにゲームを始める人もいる。
彼女のこのギルドはもはや企業と言っても過言ではない。
アイドル、リラクゼーションルーム、ファングッズに、アイドルによる興行などと言い換えることができる。
現実でもプレイヤーを起用したCMすら作り上げてしまった程だ。
それに世界中どこにいてもVR機器さえあれば実際に会いに行ける。
こんな世界、一体他の誰が作るだろうか?
一個人が始めた世界だなんて信じられるだろうか?
天才とは彼女のような人を指すのだろう。
そんな彼女がプロデュースした初めのプレイヤー、アバター名はテン子、通称天子様。
僕はこのテン子という異様なプレイヤーに惹かれた。
テン子。
テンの獣人種で幼女だからテン子と名付けられたという説が多い。
犬のモンスターにはいぬくん、猫のモンスターにはぬこにゃん、蛇のモンスターにはへびくんなどの名付け方からしてもそうだろう。
彼女は黒い。耳の先から尻尾の先まで。
肌だけは色が抜け落ちたかのように白く、大きく丸い目や高めの鼻、笑みを浮かべて閉じる口にどこか人形を思わせる。
ゲームでは幼女という点を除き地味なアバターだろう。
彼女はRSOの中でVRゲームだというのにマイクを使ってしゃべることがない。
チャットの吹き出しだけを使ってしゃべっている。
彼女はよく言う。
「私はおっさんです」
なおこの人、彼女のモンスターであるイヌやネコ、ネズミなどと抱きあって眠っていたり、泳いでいたり、乗っかっていたりしている。
この「おっさんです」発言はまるで信じることができない。
本当におっさんならマイクを使ってしゃべれば1発で判明するだろうに、それをしないのだから彼女は見た目通りの子供なのだろう。
彼女のログインペースからして現実を大事にしている。
現実と目線の高さが違うアバターを動かすことは難しい。
彼女がおっさんなら身長120㎝くらいのおっさんになってしまう。
いないことはないだろうけれど考えにくい。
さらに彼女は人見知りが激しく、夜のフィールドで見知らぬプレイヤー達に話しかけられてさめざめと泣いてしまったなどという話まで聞く。
どこかのまとめで彼女は幼女だと確定されていた。
僕も彼女が幼女なのは確実だと思う。
まぁ、それだけなら珍しい幼女プレイヤーだというだけの話。
しかしながら彼女は特殊だ。
先ほど彼女のモンスターと言った。
そう彼女はモンスターを従えている。
彼女はサモナーなのである。
サモナーとは、プレイヤーのステータスの合計が他のジョブと比べて8割しかなく、代わりにモンスターを3匹召喚出来るジョブ。
モンスターのステータスの合計は最大でもプレイヤーの8割。
召喚されるモンスターはパーティー枠を消費してしまう。
つまりパーティーのステータス合計を考えると、サモナーが入ると最大値が減ってしまう。
言ってしまえばパーティーとして弱くなるのだ。
先へ進めば進む程敵が強くなり様々な面でギリギリになっていく。
結論を言えばサモナーがパーティーに入ることはありえない。
サモナーはパーティーを組めない人、ソロ専用のジョブなのだ。
彼女はこのRSOというパーティー推奨のゲームで初めに大成したソロプレイヤーだとも言える。
彼女は、今のRSOの世界では極めて普通に行われているものの、解体という行為に対して初期から行っていた。
彼女のあだ名はそのため解体天子様である。
さらにその後、解体から先に進んで調理を始め、解体に関して資料をまとめて講義すら行う先生。
PVがぎこちないけど、むしろそこがいい!
彼女は店長として【もふもふ】というお店を開いて、そこでは彼女のモンスター達と戯れたり、レンタルが出来る。
なお、この店舗のオーナーはギルドマスターのフォロさん、彼女です。手広いです。
ここの制服で彼女の物だけは黒い軍服風。
他の店員さんは可愛いメイド服やかっこいい執事服、明るい中華な服、爽やかな和服などを身にまとっていたりする。
ただし軍服風だけはない。
軍服風は店長マークということでしょう。
【もふもふ】は店員さんが全員サモナーという特殊な店だ。
このお店が出来るまでサモナーは10レベルに届く前に倒せる敵がいなくなり、戦えなくなるジョブだった。
テン子様も苦労してレベルを上げたのである。
レベルが上がらないと言ったけれどこれには理由がある。
RSOというゲームは特殊な経験値のシステムを使っているからだ。
アチーブメント。
システムの中で決められた何かを成し遂げた時にもらえる物。
同じ敵を同じ方法で倒してもアチーブメントは初めの1回しかもらえないのだ。
倒し方を工夫して初めて違うアチーブメントを入手出来る。
アチーブメントには種類があり、獲得するその種類が偏るとジョブやスキルのランクアップ先に通常の進化先とそれとは別の進化先が出てくる。
剣術のスキルを例にすると通常進化の重剣術。
斬ることに特化して、部位欠損などのアチーブメントを多く入手していた場合、刀術。
突くことに特化して、急所攻撃などのアチーブメントを多く入手していた場合、レイピア術。
他にも魔法と合わせてなどの条件を満たしてアチーブメントを入手していくと特殊な進化先が表れるらしい。
サモナーはというと、パーティーを組む相手がいないし、モンスターも初めは弱いので戦闘に向いているとはお世辞にも言えない。
そのため初めのフィールドですらステータスの低さも相まり苦難を極め、一撃が弱いので何回も攻撃しなければ倒せない、だけど敵モンスターはピンチになると逃げる。
結果、戦闘に勝利することが出来ない場合が多く、初期のサモナーはテン子様を除き打ち拉がれて別のジョブへとアバターを作り直した。
テン子様がこのお店を作り上げたおかげでサモナーは初期からゲームマネーを稼ぎ武器を購入し初めの苦難を乗り越えることが出来るようになった。
テン子様がいなければ今のサモナーは歩くことも出来なかったのである。
サモナーは苦労して育てた先に未来があるのか?
パーティーに入れるメリット。
それは主に移動手段だろうか。
地上も地中も水中も空中も火中だろうと、対応しているモンスター達はプレイヤー達の誰よりも速く移動出来る。
火力にステータスを極振りしているプレイヤー達は足が遅い。
彼らにとって彼らの移動手段として高い能力を出せるモンスター達は好ましい存在である。
移動手段としてのモンスター達の多くは回復魔法や補助魔法などを覚えているため、枠を1つ使っても損をしない場合が多い。
他にも斥候能力だとか、プレイヤーでは対応出来ない奇襲の回避を出来るようにするモンスター達もいる。
テン子様はその道を作り上げた。
お店のシステムの1つにレンタルがあるように、このモンスターの性質を利用した仕組みを作り上げた。
サモナーは弱い。
けれどその特殊性が強みになる。
僕はテン子様を尊敬する。
1つの使えないと呼ばれたジョブをパーティーに欲しいとまで思わせたその偉業に。
始まりのサモナー、テン子。
僕は彼女と話してみたい。
彼女と話せばここでくすぶる今の僕も変われるかもしれない。
僕は変わりたい。
僕は変わって、人に憧れる人に成りたい。
僕はヒーローに成りたい。
現実の冴えない僕ではムリかもしれない。
でもゲームの世界ではアバターに個体差がない。
誰だってヒーローになれる可能性がある。
僕はヒーローに成りたい。
誰もが成れる可能性があるゲームの世界でなら、僕だってヒーローに成れる可能性がある。
僕はヒーローに成りたい。
だから僕が憧れる人を見て、その先へ進みたい。
僕はサモナーを選ぼうと思う。
彼女と話をするならサモナーになるのが一番いいと思うから。
僕はヒーローに成りたい。
テン子ちゃんの話はこちらです。
「サモナーさんはギルドに入ってもボッチでした。」
http://ncode.syosetu.com/n7476cw/
この話は2016/07/10に完結しました。