17、土曜日の朝
駅でいつもの電車に乗るとテルに会った。
いつも通りちょっと笑った快活そうな奴である。
「よっす」
「おっす」
「RSOの方どんな感じ?」
「テン子様とフレンド交換した」
「……は?」
「テン子様とフレンド交換した」
「……は?」
「テン子様と」
「いや、わけわからんっ! アカ! どうやったんだよ!」
「ふっ……。僕は従業員になったのだよっ!」
「おま……。上手いことやりやがったな! 羨ましいな?! この野郎っ!」
「いいだろ?」
「くぁ~! そのどや顔なぐりてぇ!」
ログインしてからの進行を僕は軽く話していった。
なぜフレンド交換できたのかも軽く。
「ったく。羨ましいな。この野郎」
「そういうテルはどういう状況?」
「うん? あぁ。俺の方は特に進展はないよ。アチーブメントはいくつか入手したがまだまだ忍者の道は遠いってね」
「ふむふむ」
「草原でモンスターを狩ろうにも見つけるのが大変、見つけられて不意をうたれるのもしばしば。
奇襲に備えて防御力をあげないと死に戻りとか頻発するっていうのは知っていたけれど、知っているのと実際に体験するのは本当に違うな」
「もしかして死に戻り経験した?」
「した」
「どんまい」
「モンスターのポップ地点が固定されているならポップした瞬間に倒すを繰り返すことできそうなんだけど、RSOってポップ地点固定していないんだよな……」
「ポップ地点が複数個所決められていてそのうちのどれかでポップする感じ?」
「そうそう。そのポップ地点同士がけっこう離れているから定点狩りとかできない感じ」
「どこかでポップする地点を見つけてもその地点を見張っていたら後ろからがぶりとか?」
「あ~、あったあった。それやった。それやって死に戻った」
「おい」
「デスペナはステータス6割、完全回復には1時間かかるみたいだ」
「重いな」
「30分も経てばステータスは9割くらいになっているし、そこまで大変なことにはならないかな。
だけどさ、それよりも死に戻りってどこ行くと思う?」
「街?」
「そう思うだろ? だけどな、実際は」
「実際は?」
「ベッドの中にな」
「ふむ」
「そんでな、ベッドの脇におばあちゃんのNPCがいるんだ。たぶんなんだがアバターにとってのおばあちゃんな」
「うん」
「んでな? このおばあちゃんに話しかけられたんだ」
「うん?」
「レンジャーになったのかい?って」
「それで?」
「でな。俺は言ったさ。忍者になりたいからねってそしたらばぁばがさ」
「ばぁばが?」
テル。お前は自分の顔が見えないよな。とても愉快なことになっているぞ。
そしてお前の後ろにナカとサキがいるんだ。気づいているか?
「それじゃあモンスターの性質をよく知らんとねって言うんだ」
「モンスターの性質?」
おばあちゃんの物まねをしているテルを後ろの2人がクスクス笑っているぞ?
「な。どういう意味だ? って聞くとばぁばが言うんだ。
モンスターじゃって生きてる。襲ったら手痛い目にあうなって思えば襲わんし、こいつなら襲っても大丈夫じゃって思えば襲い掛かってくる。襲い掛かってくるのがわかっているなら後は罠にでもかければいいんじゃってね」
「……おばあちゃん」
意地悪そうな顔した狼の老婆がいひひひって語尾につける姿を思い浮かべてしまった。
忍者系狼おばあちゃん。あれ? なんだろうこう書くと恐くない。
死ぬと出会えるNPCおばあちゃんか。
このおばあちゃんと話すことで死んだ理由と死なないようにする方策を見つけられるかもしれない。
動画などで出てこない理由は死なないと出会えないこと。
そして自分の死んだ理由が動画にすると晒されてしまうこと。
死んだ理由によってはプレイヤーとしての弱点を見せることになり危険だからかな?
AIの学習能力によってはプレイヤー毎におばあちゃんの姿が異なっていてもおかしくない。
おばあちゃんっていうところのポイントが高いかもしれない。
おばあちゃんの知恵袋っていう感じで何かを言われても年の功を感じるだろうから耳に入れやすいし、優しさでもって包まれたらたいていの人は落ち着くんじゃないだろうか?
それにこのおばあちゃんに出会えるのは死んだ時だ。
死んだ時は基本的に精神的に高ぶっていることが多いだろう。
そんな時に出会えばプレイヤーの心の内側に入りやすいに違いない。
下手に美人さんだったり幼い子だったりしたら落ち着くよりもより興奮させてしまうだろう。
死なないと会えないからって頻繁に死なれても困るわけだし、時たま会うからこそほっこりさせられるんじゃないだろうか?
ちょっとへましちゃってきちゃったよ、ハハハって言ってもおばあちゃんは懐で優しく受け入れてくれる……かもしれない。
くよくよしてたら檄を飛ばしてくれるかもしれない。
現実の話とかしたら応えてくれるのかな?
応えてくれるならおばあちゃん中毒がいてもおかしくないかも。
RSOって何の補助もなければすごく死にやすいゲームだと思うからなぁ……。
このおばあちゃんのアシストがなかったらきっと序盤で辞めてしまう人が多いんじゃないだろうか?
たぶん。きっと。たぶんね。
「ろ! おい話聞いてるか? アカっ!」
「っとごめんよ。で、なんだっけ?」
考え事したらテルの話をスルーしていたようだ。
「はいはい。2人ともおはよ~」
「おはよ」
「ナカ、サキ、おはよう」
「おはよう! なぁなぁ! アカの奴、テン子ちゃんとフレンド交換したんだってよ? どう思う? サキ奥様?」
「あらまぁ……それは本当かしら、テル奥様?」
「本当なのよ……なぁ、アカ」
「フレンド交換したよ。テン子様と」
「聞いたざますか?」テル
「聞いたざますよ?」サキ
「私も聞いたざますよ?」ナカ
「言ったざますよ?」僕
「「おいっ!」」
一瞬間が空き、テルが笑い始めるとサキも笑いつられてナカも笑い僕も笑った。
一頻り笑い合うと学校に着いてしまった。
「サキとナカはRSOの方どんな感じ?」
テルがナカとサキに話をふると2人は目をあわせて笑いあった。
「アタシ達の方は今、草原で遊んでるかな」
「安定している」
アイコンタクトがすごい楽しそうだ。らぶらぶか。
「アタシがスキルでヘイト集めてモンスターをあぶりだして」
「私が魔法でドカン」
「今のところ死んだりしてないし」
「たくさん狩れて楽しい」
見目麗しい2人がそんな真似をしているからクラスの視線が生温かい。
サキが包容力のあるお姉様で、ナカがちょっと感情表現が得意じゃない妹。
胸もサキの方が大きい。ナカは貧乳だ。
「アカ?」
「何?」
「今何考えたの?」
「2人がかわいいなって考えたよ」
「紅葉?」
「すみませんでしたっ!」
「よろしい」
一瞬修羅がいたよ……。あれは誤魔化しがきかない。
「まったく何してるんだかね。ね、サキ?」
「ナカはアカに対して厳しいね。さてなんでだろうね? ナカ?」
テルとサキはまなじりを下げて目を細めて笑っていた。
ナカの方を見ると顔を真っ赤にしながら恥じらっていた。
なんだかかわいいな。
かわいい子がからかわれて恥じらう姿はなんでこうもかわいいんだろうか?
なんで恥じらうかを想像すると楽しい。
もしかしたら僕のことが好きなのかもしれないって思えるから。
ま、たぶん自意識過剰だろうけど。
お姉様みたいな人にからかわれるから恥ずかしいだけだろう。
あまり社交性の高くない僕をナカのような美人が好きになるわけないのだから。
ヒーローみたいに何か人に憧れられるような特性がないと社交性の低さというデメリットをカバーできないだろう。
ゲームであってゲームじゃないRSOの世界なら悪の組織の怪人ならぬモンスターがいる。
あの世界なら僕でもヒーローのようになれるはずだ。なってやるのだ。
なぁなぁで生きていてもつまらない。それで平坦に生きたところでたぶん物足りないって感じるだろう。
やるからにはどこまでも本気でいこう。