13、夕食の時間
「今のところは特に何も不安になりませんでした」
「そっか、じゃあこれから頑張って!
ん~、それじゃ、これにて私は退散させてもらうよ! しーゆーっ!」
フォロさんはシュタッっていう擬音がたちそうな敬礼をするとドアを開けお店の外へと出ていった。
「……風みたいな人ですね」
『ボスですから』
テン子様が超然とした顔でおっしゃいました。
テン子様だからだな。
ちなみに超然の意味。
物事にこだわらず、平然としている様。世俗に関与しない様。
また他の動きには関知せず、自分の独自の立場から事を行う主義を超然主義という。
まさしくテン子様そのものである。
「これからまずどうしていきますか?」
『シフトを決めていきましょう』
「わかりました」
『今からファイルを送りますのでそこに入れそうな時間帯を書き込んでくれませんか?』
「わかりました」
テン子様は後ろ手にスマホを操作してファイルを送信しました。
……ずっと僕の方見ながら。
いや、なんでそれで操作できるの?!
目が虚ろっていうか、この世を見ていないというか、焦点が合ってないよ!
もしかしてテン子様には視覚を飛ばせる異能があるのかもしれない……
テン子様は見ていて話す内容に事欠かない人物だなぁ……。
フォロさんが初めにプロデュースした理由もテン子様が変じ……もとい個性的な人物だからかもしれない。
さてと送られてきたファイルを見るとスケジュールを書き込める欄がある。
ゲームできる時間帯を青、働きたい時間帯を赤で印をつけていけとのこと。
働く。この時間帯は自分だけの時間ではない。
ここでは誰かに影響するのかわからないけれど、もし遅刻すればその遅れた時間分その時シフトにいる人に余計な負担がかかる。
テレビでだろうか? 聞いた話ではコンビニ従業員が遅刻した挙句来なかった影響で本当は休めるはずだった中間管理職の人が休めなくなり過労状態に陥ったとか、本当だったらこの時間休みだったのに帰れなくなり彼女に怒られたとか。コンビニですらそうであり、他の職業であればこの時間に契約を結ぶはずだったのに取引相手が来ない。しかも次の契約を取りに行くアポイントメントの時間が迫っていて待つ時間がない。とかあるらしい。
つまりあまり確定できない時間帯はシフトで働きたい時間に組み込まないようにしないといけない。
確定で働ける時間。
……夕食後の2時間でいいだろうか?
他の時間は予定が入る可能性が高い。
ゲームにいるだろう時間は伝えられるわけだからその時その時で手は要りますか?と話せば仕事に入れる時間は増やせるだろう。
タイムシフトとしていえば平日の午後5時くらいから夕食の8時までが青。
夕食が午後9時までとしてぶれる可能性も考えて午後10時まで青。
午後10時から午前0時までが赤。
こんな感じでいいかな。
休日にログインできないのはやはり悲しいな。
でも仕方ないか。そこは父さんの時間だ。
いつも働いて疲れている父さんの休みだ。奪ってはいけない。
備考欄に「青の時間帯はシフトに入れるもののログイン時間が前後したりする可能性があります」と記入してファイル送信っと。
青の時間に仕事が入らなかったとして何をするかな。
他の人が何をしているのか、そういうところ見ていくのも面白いかも。
動画配信している人はともかく、そうじゃない人は割とたくさんいる。
日常生活を垣間見るような感じになるかもしれないけれどそれはそれで楽しいだろう。
武器を購入したら戦闘がメインになるかな。
『確認しました。今日はこれから時間大丈夫でしょうか?』
「すみません、午後8時からは夕食の時間になるので、よければ午後10時以降ではいけませんか?」
『大丈夫ですよ。午後8時というと……そろそろですね。それでは夕食をお楽しみください』
「すみません、お手数をおかけしまして」
『いえいえ。お気になさらないでください』
テン子様は左手を口元にやり目を細めていた。
なんだろう。このすごいお嬢様感。
頭の上で黒い直角三角形になっているケモミミがゆっくりと左右に揺れている。
この人、自称おっさんだという。
解体作業ができることから年齢に関しては成人していることを認めよう。
だがしかし。
この自然なお嬢様が男、ましておっさんであることを認められるだろうか?
いや、認められない。認められるはずがない。
黒いしっぽがゆらりゆらりと動いて空気を攪拌する。
ケモミミ幼女お嬢様のテン子様がおっさんであるわけがない!
『どうかしましたか?』
いつの間にか踏み台から降りて僕の足元にテン子様が来ていた。
服をちょいちょいとつまんで引っ張り僕の顔を見上げていた。
テン子様の上目遣い。
効果は抜群だーっ!
クリムの精神に410,241のダメージ。
……危ない。僕の精神力はまだある。
今の僕の最大精神力は53万です。
「いえ、少し考え事をしていただけですよ」
『そうですか。急に動きが停まってしまったので少々不安になりましたよ?』
テン子様の上目遣いそして天使の微笑み。
効果は抜群だーっ!
クリムの精神に72,038,410,241のダメージ!
クリムの精神は力尽きた。
「強い……」
その言葉を最後に僕はログアウトした。
『何が起きたんですか……?』
ログアウトする直前テン子様が呆気にとられた顔でそう吹き出しを出していたのが目に入った。
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ゲームからログアウトすると機体から体を起こし肌についている水滴を事前に用意してあったタオルでふき取った。
体の表面から水滴が消える度に気化熱で体が冷えて頭が冴えていく。
「やっぱりテン子様がおっさんだなんて思えないな」
僕はリビングに向かうと母さんが夕食の用意をしていた。
父さんは土鍋をダイニングテーブルに運んでいた。
僕も料理の皿を運んだりと母さんの手伝いをする。
「いただきます」
今日のご飯は鴨鍋のようだ。
鴨肉は食感としては鳥というより牛に近いと思う。
しっかりした噛み応え。野性味を感じる風味。醍醐味だ。
「ゲームの方はどんな感じ?」
「今、テン子様のところでウェイターになったところ。シフト決めとかしてるかな」
「シフト?」
「この時間働ける?っていう奴だよ。父さん」
「へ~、コンビニのバイトみたいな感じなのか?」
「近いかな」
「大分本格的な……」
「RSOはゲームであってゲームじゃないんだよ」
「あそこはもう1つの社会よね」
「なんだなんだ? その2人の分かり合っているんですよ? 的な雰囲気は」
「父さんも土日丸ごと使えるんだから楽しみにしてなさいよ」
「事前に調べたりした方がいいよ。じゃないと後悔すると思う」
「そうなのか?」
「私は戦闘中心にママ友とやっているの。
それでね、こう……たんっと跳ねて短剣を突き刺したり、モンスターを逃がさないように囲んだり、普段しないことをたくさんできるの!」
「はいはい、母さん落ち着いて。楽しいのは分かった。ほら、汁が肘についちゃうよ」
「あわわ」
「父さんってDIYとか好きだよね。ぶどう棚とかすごい頑丈」
「そうだね。でもこの頃はちょっと作るものがないかなぁ」
「だったらゲームの中で作ればいいよ。ゲームの中なら場所はいくらでもあるし、素材の入手も楽しみの1つになる。それに現実だったら作れない大きなものもゲームの中では作れるし、簡単に売り払うこともできる」
「それはいいね」
「ぬこ動とか見ればわかるけど実際にのこぎりを動かして木を切ったり、生木を木材に変える作業から始めたり、それが面倒ならほかのプレイヤーから木材を買ったり、自由度は際限ないから」
「……ゲームなのか?」
「ゲームであって」
「ゲームじゃない」