11、お店までの道すがら
とりあえず3人の動向は知れた。
僕はまだソロで行く。
従業員になれたならお客さんとしてこの3人は来てくれるんじゃないだろうか?
きっと来てくれる。
僕は家に帰りカプセルに入りログインすると一息ついた。
今日はどうなるだろうか。
従業員として働けるだろうか。
現在時刻は16時半。約束の時間まで30分ある。
少し周りを歩いてみようか。
何があるか案内してもらったはいいもののあまり印象が強くない。
いや、全部が全部、異質すぎて印象が強すぎて個別の印象が覚えられていないの方が正確か。
とりあえずこの近場だけでもちゃんと頭にいれておこう。
あそこに受付があって、その真正面にこの中央館の玄関があるんだ。
そして待ち合わせの場所は受付からほど近い場所にあるスペース。
机やソファもあるけれど前回はその場所を使わずに済ませていた。
今はそこで若い声が響いていた。高校生か中学生か。声変わり前の声も混じっている。小学生もいるかもしれない。
時間帯からして僕と同じように学校帰り直行で来たのかもしれない。
スマホを操作して視界に時計のアイコンを浮かばせる。これで時間には気を使うことができるだろう。
待ち合わせの5分前にはここに来ることにしようか。
僕はぷらっかぷらっか中央館を出るとその建物を見上げた。
でかい。建物の外周は何kmぐらいになるのだろうか。高校の校舎くらいはあるだろう。
紅いレンガで作られているような外装の建物はレトロで洋風の味がある。
例えばあそこの窓ガラスなんて開けばロミオとジュリエットごっこができそうな
「ロミオーッ!」
「ジュリエットーッ!」
……フラグに触れるべきじゃなかったな。ここには遊びたがりが多いんだから。
ちなみにどちらも男子高校生と思われる野太い声だった。南無三。
待ち合わせ場所に戻るか。
「こんばんは! クリム君!」
「早いですね。フォロさん」
「いや〜、君が来るのが待ち遠しくてね。早速だけど行く?」
「はい」
「じゃあ、まずは私の街へ行こうか」
街……。それはこのギルドが所有する歓楽街の話。
拡張に拡張を重ね、元々は街の一画に過ぎなかった土地が元の街よりも大きくなった規格外の象徴。
あの街にサモナーズカフェ【もふもふ】がある。
「クリム君にはどんな服が似合うかな~?」
「えぇと? それは僕が選べるんですか?」
「うん? あぁ、うん。選べるよ! ギルドの職人が送ってくれる服の中から選んでもらうからね!」
「そうなんですか」
「あ、でも本当にいい服が着たかったら職人さんと仲良くしないとムリだよ~?」
「はぁ……?」
「ここに送られてくるのはとりあえずの試作品だもの。一応人に見せてもいい出来だけど誰に着られるかわからない、そんな考えで来るものなんだよ」
「なるほど……」
「ここにあるのは自分たちはこういうデザインが好きです。できたらごひいきにしてくれるとありがたいです。っていう宣伝だからね。デザインは本気でも使っている素材は安物が多いし、だから性能も微妙。いい服になれば第一線で使われるくらいだからね」
尻尾を振りつつ前を歩いていたフォロさんが急に僕の方へと振り向いた。
「制服を着てるときはいつも人に見られていると思って行動しようね。そうしないといい服が手に入らないよ?」
「は、はいっ!」
軽く指を振ってウィンクしたら照れくさそうに笑いまたお店まで先導していく。
「今、送ったアドレスからサイトに飛ぶと在庫のある制服が見れるからそこから選ぼうか」
このやること1つ1つに意味があると念押しされる感覚。すごく怖い。
1つ間違えれば取り返しのつかないことになるんじゃないか? と思う。
今回の話は『制服を着る時はちゃんとしましょう』っていう話だ。
スマホを開きアドレスから飛ぶとカラフルな服が出てきた。
落ち着いたモノクロから派手なレッド、ゴールド、シルバーまで。
選びたい色をタップするとその色が基調の服がソートされる。
また服の形もシルエットで選択することができてタップすればソートされる。
服のシルエットでその他を見ると何とも言えない不思議な……服といっていいのか?というものが山のようにあった。
ちなみにビキニアーマーやエプロンといった品はその他ではなく普通に分類されている。
……エプロンだけ選択ってつまり……。うん、何も言えない。フレテハイケナイ。
「それにするの?」
「ウサギなんですよね、選んだ種族」
「うん」
「不思議の国のアリスで出てくるウサギってチョッキとかベストという類の服着ているじゃないですか」
「あぁ、そうだね」
「だからウサギに衣装を着せるとしたらそういう服をイメージしやすいんですよね」
「あぁ、確かにね」
「あとベストやチョッキからイメージできる職業って、バーテンダーやウェイターなんですよね」
「つまり……」
「この黒のベストとズボンに白いシャツをあわせようかななんて考えています」
「なるほど……いいんじゃない?」
「ではこの組み合わせで」
「オーケー、じゃあ、承認っと。インベントリを確認してくれるかな? 君の制服が届いているはずだよ」
「……早いですね……」
「認可権限は私にもあるし、服のサイズ調整はある程度ならシステムがしてくれるからね」
「認可権限?」
「倉庫から物を引き出す時に必要な制限ね。誰でも自由に出せるようにしていると問題が起きかねないから、引き出す時は様々なセキュリティをかけているんだけどその1つ」
「私のところは大所帯だからね。きちんと締めるところは締めないと問題が起きちゃうんだよ。私が自由に動き回れる存在だからって全部1人で見て回るっていうのはちょっとムリがあるしね」
「管理している部門ごとに連絡網がギルドの掲示板に貼ってあるから相談したいことがあったらログインしている人にDM使って確認とれば大丈夫だよ」
「必要な物があったらお金渡せばくれるし、それがギルドになかったらギルド内でクエストって形で発注されるんだ。できたらクエストのクリアやってくれると嬉しいな。公式よりも色がついた買取金額になるよ」
とてもかっちりした仕組みだ。柔軟性もあると思う。
トップが誰なのか、その案件を担当しているのが誰なのか、個人の裁量で任せられる部分はしっかりできているのだろう。
じゃなかったらここまでギルドが大きくなれないか。
人が集まれば集まるほどやるべきことが見えにくくなって動きづらくなるものだ。
下手に動いたら誰かに怒られるかもしれない。
そう考えれば考えるほど動きにくくなるし、動いて怒られたら続けたいとは思えない。
動ける範囲は個人単位ならどこまでも、許可が必要なのはギルドの資材にかかわる案件、許可をとる時に声をかけるのはその部門の上司に相談。
ギルドの掲示板を見て出来そうなクエストを見つける、そのクエストを達成して資金をゲット、その資金を元手にプレイヤー経営のお店で遊ぶ、生産活動のため素材購入、装備を整える。クエストを一緒にするメンバーを探すのはどうやるのかわからないけれどその辺りもきっと手を打っていることだろう。集団で行動するのが好きな人はそれで満足できるかもしれない。
こう見るだけでも普通にやることに困ることはなさそうだ。
さらにフォロさんプロデュースのアイドル化で現実でもお金稼ぎできるかもしれない。
現実では容姿だとか声だとか問われるかもしれない、だけどここはゲームの世界。
声を武器にする人もいるだろうけれど、テン子ちゃんという筆談系アイドルもいるくらいだ。
必要なのは注目を惹きつけるだけの行動。ただそれだけ。
可能性はどこまでもある。
いるだけでも遊びの幅が広いから楽しいだろうし、お金も稼げるかもしれない。
だから人が集まる。
誰かに特別大きな負担がかかる仕組みでもなく、現実と違って事務処理もほとんどない……? いや、ギルドの資産の出納はあるか。
でもそれだけじゃないかな? アイテムの移動はインベントリを介して出来るからギルドの出納帳に入りましたー、出ましたー、を記録するだけだ。
現実のお金を稼ぐとなると税金処理があるけどその辺りはどうしているんだろう? 税理士の人がいるのかな?
それにしてもこの仕組みを作り上げることができたフォロさんは神なのだろうか?
「ついたよー」
「けっこう歩いた気がしますね」
「人混みにもまれたからね。補正が高くなったら建物の上を跳ねていった方が手っ取り早くなるよ」
「あれはなんだか忍者っぽくていいですね」
「でしょー?」