3.
さてはて、どうしてこうなったのかしら。
猜疑心ありありのイケメン二人と三者面談中です。伝説の勇者様は何か用事ができたらしく、イケメン騎士様に引っ張られていった。ちらちらと何度もわたしを振り返っていたけど、大丈夫よ逃げたりしない。どうせ騎士やら兵士やらでいっぱいの屋敷から、逃亡を図ったって無駄だもの。
目の前にいい香りのする紅茶が置かれたので、こくんと一口。
さすが貴族様、いい茶葉を使っていらっしゃる。
部屋一つだけで、今使っている自宅と同じくらいのスペースがあるだろう。派手すぎない装飾の施されたテーブルのこちら側にわたしが座り、背後にはいかつい騎士が二人。両開きの扉と天上から床まである大きなガラスにも騎士が配備され、真正面には神経質そうなインテリ眼鏡&一見して優しそうなナイスミドルが座っている。
わたしの記憶が確かならば、彼らが魔術師長と騎士団長だ。
「なんだ、ただの馬鹿か」
なんだとは失礼な。
じーっと睨みつけるように観察した挙句、出てきた台詞がそれですか。と文句を言いたいんだけど、焼き菓子を食べるので忙しい。なんだかんだで朝食を逃してしまったから、お腹がすいているのだ。
せっかくの高級菓子だから味わって食べよう。ばりばり、ごっくん。
続いて紅茶をまた一口。はー、美味しい。
「ほら見ろ、怒りもしない。ハルトは何か勘違いをしているんだ」
「エリク、本気でそう思っているのか? 魔術師団の長であるお前が」
「…………っ」
「ハルトは、物事の本質を見抜く目を持っている。ゆえに、今まで誰の手も許さなかった伝説の剣に選ばれたのだ。それを忘れたわけではあるまい」
はい、テンプレテンプレ。
異世界召喚された主人公が、超級アイテムをゲットして勇者の資格を得る。その経緯に多少の違いはあっても、お決まりの展開というやつだ。
いわゆる前世持ち、転生者であるわたしを見つけたこと以外は。
テンプレ展開に沿うならば、勇者に見つかった時点で何かしらのポジションを押し付けられていたりし…………嫌だ、そんなのは絶対嫌! あんな辛い目には二度とごめんだ。
わたしは無関係、ただの民間人。
それに、この紅茶やお菓子に毒が入っていたとしてもかまわない。死んで、この人生が終わるだけ。この先起きる事に関わらずに済むなら、そっちの方がいい。
「貴様、変態か? 毒入りと分かっていて、飲み食いしたというのか」
「ぶーっ」
「汚い! 何をするんだっ」
今、さらっと毒入りって言った!?
まじまじと紅茶のカップを見つめる。焼き菓子も紅茶も普通に美味しかったし、変な風味やおかしな感じはない。それに咽喉が焼けたり、腹が痛くなったりとかしないし、呼吸に違和感もない。
それとも遅行性の毒、というやつかしら。
ああ、死んでもいいと思っていたけど実際にそうだと分かったら未練が残る。真面目に家賃を払わず、小鹿亭で美味しい晩餐をたらふく食べておくんだった。せめて今生は楽しい記憶を作ってから死にたかったのに。
「ただの自白剤だ。安心するといい」
にやりと笑いながら、団長様。
そ、そういえば、さっきから思っていることの半分がぺろっと声に出ている気がする。
「さて、聞かせてもらおうか」
「貴様は一体、何者だ」
「テンプレ乙」
しばし沈黙。
どうせ声に出ちゃうのなら、意識して出してみようかと思ったのにこの反応。いっそ蔑んでくれた方がマシです。あ、魔術師長様が真剣に悩みだした。
「てんぷれおつ、とは君の名前か?」
「違います、団長様。今生の名前は、サーリアです」
「ディランでかまわんよ、サーリア嬢」
「ちなみに、生まれも育ちも王都です。お疑いなら、大通りで店を並べている人に片っ端から聞いてみてください。父も母も死にましたし、姉弟もいないので町の皆が家族みたいなものです」
「分かった。調べさせよう」
団長様ことディラン様が目配せをすると、騎士の一人が部屋から出て行った。
余計な仕事を増やしてしまって申し訳ありません、名も知らぬ騎士様。それもこれもあの馬鹿…………げふんごふん、魔術師長の睨み方が尋常じゃない。視線で焦げそう。
「マルクス」
「ハルトは私が認めざるを得なかった二人目の人間だ。侮辱は許さない」
「そうですか、ごめんなさい」
誠意の欠片も籠っていないって? 当然です、こめてないもん。
魔術師長ことマルクス様の視線が、青い焔みたいになっているけど気にしない。前世風に表現したらレーザー光線、あるいはレーザーポインター。前者はすでに攻撃されていて、後者はこれから攻撃しますよっていう違いがある。
ああ、もう家に帰れないかもしれない。
こういう時の予感はだいたい当たる。それは車に轢かれた時の「ああ、死んだな」っていう感覚や、背負うには重すぎる使命を一方的に課せられた時に似ていた。
「使命?」
「あ、単なる前世の話です。気にしないでください」
また声に出ていたらしい。もうどうでもいい。
「君はまだ若いのに、我々には想像もつかない経験をしてきたようだ。それでは一般的な庶民、などと言えないな」
「今はそうなんです。何も間違っていません」
「…………ふむ」
「自白剤の効き目を疑うのか? 私の調合した薬を疑うつもりか!」
「まだ何も言っていないから、そう怒ってくれるな」
「言っているも同然だ!!」
やめてー、わたしの前でけんかしないでー(棒読み)。
おっと、ゲフンゴフン。わざとらしい咳払いではイケメンを誤魔化せないらしい。面倒至極。