1.
いつも賑やかな王都が、三割増しで賑やかだ。
というよりも騒がしい。
「よ、っと」
一抱えもある紙袋には、焼きたてのパンがたっぷり詰まっている。
ちょっと重くて熱いそれを抱えて戻るのが、わたしの日課。ついでに香ばしい誘惑に負けて、一つ拝借してしまうのもいつも通り。
ふわっとして、もちっとした食感がたまらない。
「やっとご出立だそうだ」
「またえらく時間がかかったものだねえ」
もぐもぐ。
「そりゃあ、王家の威信ってのがかかってる。念には念を、ってヤツさ」
「確か、この国で一番強いのを揃えたんだろう?」
「もちろん! 魔術師長様に騎士団長様、それから王女様の護衛に第一騎士もいるって話だ。何より、伝説の勇者様がいらっしゃる」
ふむふむ、オードソックスな5人PTね。
あれ? ピーティーってなんだっけ。思い出せないから別にいいか。
知らぬうちに二つ目へ手を伸ばそうとしたのを慌てて止める。夕ご飯がスープのみ、だなんて切ない。干し肉のストックもそろそろ心許ないし、贅沢は敵なのだ。
それはそうと、世間話をしていたのはよく見る顔だ。
とっくに日も高くなり、店を開けなければいけない時間帯なのに大通りから動こうとしない。彼らだけじゃなく、他にもぞろぞろと人が集まってきた。
お祭りの日じゃないはずだけど。
野次馬根性がうずいて、あたしも人の列に並ぶ。人々の顔が一様に城を向いているので、どうやら大通りに何かがやってくるらしい。王都の城といえば、王城だ。国王陛下とその家族はもちろん、国の中枢を担う人々が住んでいる。
彼らは滅多に外へ出てこないので、実物を拝めるのは貴重だ。
仮に城仕えになったとしても、遠目で顔を見ることすら難しいという。偉い人の周りにいるのは当然ながら身分の高い人と決まっているので、わたしたちみたいな平民が見られなくて当たり前。だからこそ、こんな風に外へ出てくる時にはこぞって見物に出る。
「そういえば、勇者様ってこの国の人じゃないんだろう?」
「伝説っていうくらいだからな!」
「馬鹿。伝説の剣を抜いたから、伝説の勇者様って呼ばれてんだよ」
「馬鹿ってなんだよ! ……伝説の剣なんて、どこにあったんだ?」
「伝説というくらいだから、伝説の地にあったんだろ。当たり前じゃないか」
「なるほどなー」
なんだろう、眩暈がする。
見渡す限りの人、人、人で誰が喋っていたのかも分からない。たぶん一番近いどこかだろうけど、伝説の地ってなんだよとツッコミたくなる。
とりあえず分かったのは、城から勇者が出て来るってことくらい。
さっきの偉そうな人たちの名前もきっと、勇者ご一行についていくのだろう。勇者といえば、魔王退治が浮かんでくる。たった五人で魔族の一番偉いのと戦うわけだ。
魔術師長やら団長やら第一騎士といっても、この国限定。
広い世界には他にも国があって、そこにも団長・師長に王女様もいる。伝説のナントカを手に入れた勇者様はともかく、大丈夫なんだろうかと心配になった。
まあ、他人事だけどね!
「獣王ってどんな奴なんだろうなあ。やっぱ強いのかなあ」
「当たり前じゃないか、獣の王と書いて獣王だぞ」
「おおー」
ズッコケそうになった。人混みに揉まれているから、コケなかったけど。
魔王じゃなくて、獣王かよ!
それに獣の王じゃなくて、獣人族の王が正しい。大昔に人族の一部が魔族にお願いして、魔改造してもらったのが獣人族。能力や姿かたちによって細かく分類されるけど、わたしが知っているのは他に亞人と魔人もいるっていうだけ。
獣耳や尻尾の他にも色々あるらしい。
それって何の萌要素。
「でも、なんで獣王を倒しに行くんだ?」
「獣王が、この国を狙っているからさ。獣人の地と一番近いからな。この国が獣人族にやられちまうと、人族全部が獣人たちの脅威に晒されるんだ」
「へえ」
「分かってないだろ! 獣人は野蛮なんだぞ。俺たちなんかあっという間に殺されるか、食われるか、家畜にされるに決まってる」
「家畜!?」
「いや、奴隷かも。とにかく獣人たちは、俺たちのことをすげー恨んでるって話だ」
なるほど。勇者ご一行の出立は「やられる前にやれ」理論ね。
熱くなってきた若者たちの会話を聞き流しながら、わたしは遠くへ目をやった。まだ御大層な行列はやってこない。他の人たちも今か今かと待ちかねているだろう。
考えてみれば、魔族はずっと昔に地下世界へ引っ込んでしまった。
どこに入り口があるか分からない世界へ行くよりは、海を渡って向こう側にある獣人の国へ行く方が現実的だ。そもそも魔族とか神族が実在するのかも、今はあやふやになりつつある。過去の大戦争だって、誰もが知っているお伽噺にすぎない。世界が一つだろうと、三つだろうと、そこを行き来する方法を知らないのだから。
勇者様も大変だ。
どこから来たか知らないけど、この国の都合で獣王退治を依頼されるなんて。
あ、でも王女様とラブラブになれるからいいのか。
あるいは途中の村で知り合った美しい娘とか、恐ろしい化け物の贄にされかけた薄幸の美少女とか、はたまた獣王の娘とか。エロエロしい展開でも、子供向けアニメみたいな王道ヒーロー物でも何でも好きにして。
そう思っていた。
勇者ご一行様が、やってくるまでは。