武器屋の事情
クリスの夢は、一年に一つの店だけが選ばれる最高店ベストストアになることだった。そして、ルファード商会に泡をふかせたかった。
田舎で家族と暮らしていた彼女が、何故上京してきたのか。答えは、父の為、自分の為である。
彼女の父親は凄腕の鍛冶屋で元々はルファード商会で働いていた。王都で有名だった父の腕をルファード商会が買って、個人的に契約を結んだのだ。
しかし、その契約は酷い物だった。
彼はひたすら刃をうつように言われた。大量生産を俺一人に任せるようなものだったと母に嘆いていたのを覚えている。その上、給料はどんどん引かれていったらしい。上司の人柄も好きになれず、辛い日々を送ったという。
長期休みを断られ、とうとう堪忍袋の緒が切れた彼は、ズレ鬘の上司に破った契約書をぶちまけた。
そのまま王都を出て行き、辺境の村へと下った。いきなり現れた彼を優しく受け入れてくれた村人達に感動し、母と出会い恋に落ちた。そして、あの村で一生を遂げる決意をした。
つまり、これは復讐なのである。
「……あれ…?」
目を開くと、クリスの視界に見慣れた天井が現れた。体を起こし、薄暗い部屋の中で首をかしげる。窓の外を見ると日暮れ時だった。
「起きたか!」
扉が開き、現れたのはグレイさんだった。女性の寝室にノックも無しに現れた彼に、クリスは顔をひきつらせた。
それに気づいたグレイは慌てて弁解する。
「悪い…。まだ寝てると思ったんだ。」
それは何の言い訳にもならないのだが。思わず目が半目になる。寝ている女性の寝室に勝手に入るほど恐ろしいことは無いのだけれど。クリスはそう呆れたが、そのおかげで気を失う前のことを思い出した。
手を拘束され、体を触られた。気持ち悪かった。
それに比べれば、内心兄のように思っているグレイに入ってこられても全然気にならない。それどころか心の底からほっとした。
ほほえみを浮かべて、ベッドの脇に立ったグレイを見る。
「グレイさんが助けてくれたのね」
「…違うぞ」
「え?」
「俺じゃない。俺は全然知らなかったんだ。久しぶりに王都に来たら、嬢ちゃんの店が大変なことになってるって聞いて慌ててやってきたんだ。そしたら、嬢ちゃんは倒れてるって言われてな」
「誰に…?」
クリスは問いかけたが答えは分かっていた。あの声は、あの姿は、気のせいなどではなかったのだ。
彼女の答えを裏付けるように、端整な顔立ちの長身の優男が部屋の中に入ってきた。
「もう大丈夫ですか?」
「えぇ…」
にっこりと笑って問いかけられ、クリスは戸惑いつつ頷いた。気持ち悪さがピークを越えて倒れただけなので、体調は特に問題無い。
「ゼル、あんた」
「グレイさん、女性の寝室に居座るのはどうかと思いますが」
クリスが事の詳細を聞こうとしたとき、ゼルは紳士的な態度でグレイにそう言った。「てめぇにだけは言われたくねぇ」と言いつつもグレイは足を部屋の出口に向ける。
「あ、わ、私も起きるわ」
「無理しないでくださいよ」
クリスはベッドから出て、自分のブラウスのボタンが全て締まっているのに気づいた。誰がやったかなどとわかりきっている。恥ずかしいので出来るだけ考えないようにした。
階段を下りようとすると、ゼルが手を取って一緒に歩いてくれた。頼んでなどいないし、妙に過保護なその態度が気恥ずかしいが、同時に何だか嬉しい気もしたので黙って享受した。
「ま、もう嫌がらせされることはありませんよ。僕がとっちめときましたから!」
食事が出来る広いテーブルに三人つくと、ゼルが胸を張ってそう言った。
「何があったのよ。私が倒れたあと…」
「いやだからあ、僕がとっちめました! 反省したそうで、もう嫌がらせはしないって言ってました」
「……そう。ありがとう」
一体どんな力を使ったのだろう。金か、権力か。どちらにせよ助けて貰ったことには変わりないので、一応礼だけは言っておく。
不思議なのはグレイが何も言わないことだ。嘘をつくなとかぐらい言っても良さそうなのに。
そのグレイだが、クリスの視線が自分に来ているのに気づくと口の端を持ち上げるようにして笑った。
「俺、しばらく毎日ここに来るようにするわ」
「え、でも…」
「心配も遠慮もいらねえって。嬢ちゃんの剣にはいっつも助けて貰ってんだ。このくれぇ当たり前だろ」
「…ありがとうございます」
「僕もしばらく来られそうです」
忘れて溜まるかと口を出したゼルを、クリスは半目で見返した。
「この二週間一回も来なかった奴は信用なんないわ」
「ええ!? そんなのグレイさんだって同じじゃないですか!」
「たまにしか働かないてめえと一緒にすんな」
やっぱり全然働いてないのか。そう思いながらグレイに同調する。
「その通りね。一週間に二回は来ると思って、待ってたのに」
「…待ってたんですか?」
ゼルの笑みが固まる。グレイは眉を思い切り寄せたが口を閉じた。クリスはそんな二人に首をかしげつつ「そうよ」と答える。
「お客さんにもそう言ったからね、だから怒られたわよぉ?もちろん女の人にね。怖かったんだから」
「…それはすみません」
「……ハハハッ!」
クリスはあら、と首をかしげる。これでは自分は待っていなかったような言い方だ。だがまあ伝わっているだろう。多分。
「さて、じゃあ俺らは帰るな。怖いかもしれねぇけど、こいつが来ないって言ってる以上ホントに来ねぇから」
「大丈夫よ」
強がりでなく、本気でそう思っている。こんなことでずっと怖がるようでは、一人暮らしはやっていけない。
笑ってそう答えたクリスに、ゼルもほほえんで立ち上がった。
「じゃあ、おやすみなさい。クリストファさん」
「……何で! あんたは! そうなのよ!」